17.隠せない涙
楽器と楽譜を手にし再び誘導されて進むと、写真撮影の場所へ到着した。パーカッションパートも楽器の仮積み込みをし、合流する。
この移動中はほかの団体が演奏しているため、部員たちは何も喋らず歩いていたが、互いに目が合ったりすると泣きそうな笑顔を交わした。
ミスをした記憶はない。だが、まだ喜べない。結果を言い渡されるまでこの状況が続き、なかなか解放されない。
「大三東高校さーん! お疲れ様でーす! こちらお願いしますねー! 台乗る時、気をつけてくださーい!」
声を張って指示を出すカメラマンに従い、楽器ごとに固まってまずは集合写真を撮ってもらう。しかし、部員たちは疲労と不安で表情がぎこちない。そんな状況に慣れているカメラマンは、会話で和ませていく。
「クラリネットのお嬢ちゃん、背伸びできる?」
「え、誰のこと?」
「ひーちゃんだと思うよ」
「小さくて見えないんですって」
「もえちゃん!?」
「そこの、えっと……ヘイ、イケメン!」
「あ、プリンスのことだ」
「プリンスしかおらんねー」
「ボクですか?」
「そう、君! ユー! もっとライト、オーケー?」
「あの、ボク日本人なんで日本語で大丈夫です」
「あ、そうなの? ごめんねー」
全員の顔がきちんと見えるように調整しているこの時間、一列目にいるチューバパートを中心に、別のカメラでは今の心境を質問されていた。
「ぼ、僕たち、あんなにいいホールで演奏できたなんて、本当に、えっとその、夢のようだなって思います。みんなであの舞台に立てたことは、一生忘れません。はい」
「私も同じです。大変なことも多かったですけど、このパートで続けてきてよかったです」
写真も動画も、購入すれば後日部員の元に届く。高性能の録音技術を使っており、CDやDVDなどでいつでも今日の演奏を高音質で聴くことができる。関係者であっても、決められた業者以外の撮影は認められていない。絶対に失敗できない中、カメラを持つプロフェッショナルたちは最高の表情を捉えていく。
立ち位置が決まるとシャッターが切られた。テストで写真を一枚撮った後は、真面目バージョンや笑顔や楽器を構えたポーズなどを撮られる。楽器の見せ方は、前に突き出したりベル向けたり頭に乗せるのが多い。迷っている時間はなく、どんどん要求に応えていった。
カメラマンはほかにもおり、ここでメインで撮っていた者とは別の者が手を挙げる。
「こっちもお願いしまーす! バンド◯ャーナルです!」
「マジか!」
「え、載るの!?」
「髪型変じゃなか?」
「イェーイ!」
愛読雑誌のコンクール特集で載る用と知り、部員たちはキメ顔を作った。出場した団体が紹介されるが、初出場だと別に大きく載せてもらえる。創部以来初めて重い扉を突破した代だからこそ得られる特権だ。
全体の写真の次は、三年生と顧問の文のみの撮影となる。全員が努力した結果であることは間違いなくとも、やはり三年生は特別だ。長い時間一緒に過ごし、苦楽を共にしてきた。最後の大会で最高の仲間たちと輝いている瞬間を、プロに撮ってもらった。
最後はパートごとの撮影となる。実音はフルートパートに入れてもらった。それぞれ身体全体でユニークなポーズを考える。こうしていると、いつの間にか不安も薄れていく。
楽器を片し積み込み作業が終わると、また部員たちに不安が襲ってきた。表彰式までの時間がとても長く感じる。この時たまたま方南の話が耳に入ってしまい、大三東でも動揺が見られた。
実音と海と文の三人は、代表としてステージに立つためここから別行動となる。舞台袖へと向かうと、ほかの団体の代表者たちに軽く会釈をした。これがコンクールでなければ、同じ年代の吹奏楽仲間として交流したり、全国常連の有名指導者たちを生で見て興奮をするところだ。しかし、そんな気分にはなれない。
海の手は今冷たい。両手で揉んで温めるが、身体も寒いと感じた。これは冷房だけのせいでなく緊張だ。演奏する前にこれが起きなくてよかった。
「僕、お腹痛くなってきたかも」
「もう少しやけん、ブンブン我慢して」
顧問の情けない声に呆れるが、海はおかげで少し体温が戻った。
「実音。……一緒に全国来たね。本当に来たんだよね。あそこで吹いたんだよね」
「……うん」
小さく返事をした実音の顔は青白い。震えて息も乱れている。海はその手を握ってあげた。
そして運営の案内でステージへと出て、決められた位置に立ちその時を待つ。
現在、表彰式では以前行われていた指揮者賞の時間が省かれている。この指揮者賞は全国大会まで導いた指揮者に贈られるのだが、ひとりずつ呼ばれていた頃は客席に座る部員から「〇〇先生、ありがとう!」などと叫ぶのがお約束だった。今は代表の部員ふたりと共にステージの中央に行き、同時に記念品を受け取る。声がけはない。部員の方には、表彰状とトロフィーがそれぞれ渡される。
賞は「ゴールド金賞」と「銀賞」と「銅賞」のいずれか。この場にいる時点で、失格ではなかったことだけはわかる。一番光る色を言い渡された団体があると、客席からは悲鳴に近い喜びの声が聞こえる。そうでなかった時には、代表者が必死に唇を噛んで耐えながら大人の笑顔をする。どの賞を告げられても、全ての団体に対してリスペクトの拍手が会場に響き渡る。
演奏順に移動するのだが、一度下手側で待機をする。そこで前の団体の結果を後ろから聞く形になる。実音はギリギリの状態だ。過呼吸になりかけで、それでも前の団体に拍手をした。海に支えてもらいながらマイクの前まで進み、読み上げられる言葉を聞き漏らさぬように、目に涙を溜めながら視線を上げた。
「プログラム八番。長崎県立大三東高等学校。……ゴールド金賞!」
客席から複数の喜びの悲鳴が短く響いた。
慌てて口を手で塞いだのは大三東の部員たちだ。
ステージでは、文が驚きで大きく口を開けて隣を見た。海は飛び跳ねたくなるのを我慢して、泣きながら笑顔で偉い人と握手をした。そして、実音も大粒の涙を流す。
仲間がいる客席を向き、三人は深く一礼をした。文はそのまま上手へ。実音と海はステージの後方へ戻り、ほかの団体の結果を見守った。その間、実音は拍手はするが涙が止まらなかった。恩師の春里均に叱られて以降、彼女はどんなに辛いことがあっても部活で泣くことだけは堪えてきた。これを破ったのは春里夫婦が亡くなった時くらいだ。今回も泣かないつもりだったが、彼女は抑えることができなかった。何度も訪れたことのある全国大会。しかし、ここまで感情が爆発したのは初めてのことだ。納得できない賞をもらって悔しい気持ちの団体もいる。彼らのことを考えると喜びをあまり表に出したくはないが、声を抑えるのが限界である。張っていた糸が切れ、実音はずっと泣き続けた。




