180話 経験
俺達が居る所は円形のエントランスホールを思わせる。ホテルというよりかは美術館や博物館の様なタイプの。
広さは半径5ミード程で、高さは3ミード程の円筒状。正方形の白と黒のタイルの床に大理石っぽい見た目の壁。黄色掛かった白い天井は淡い光を放っている。
所々に置かれた観葉植物らしき緑が程好いアクセントになっていて、上品で落ち着いた雰囲気が有る。
それだけに、ダンジョンらしくはない。
「アルト様、これは……」
「ああ、油断しない様にな」
メアリー様の事をフォルテに任せながら、エクレの声に肯定の意思を返す。全てを聞かずとも判ります。
エントランスの様な場所なのに、先に続く通路や扉等が此処には存在していませんからね。
何かしらの仕掛けが有る事は確実です。
問題は、それが何か、という事です。
この場所に隠されたスイッチ等が有り、それを操作する事によって通路や扉が現れる、という仕掛けなら楽です。ちょっとしたゲーム感覚で楽しめますからね。
あと、余程悪辣な場合を除いては安全なので。
悪辣な場合? 考えるだけ無駄な位にですよ。
「……──っ、やっぱり、そう来るよなぁ……」
──で、案の定、外れて欲しかった可能性が当たる。
中央に居る俺達を包囲する様に幾つも集束する魔素。
モンスターが実体化し、襲い掛かってくる。
まあ、歓迎役ですからね。楽勝でした。
数も五十体と少なかったですからね。
──で、俺達の居た中央の床──ジグソーパズルの様な形に刳り抜いた格好で、ゆっくりと下がる。
そして、3ミード程下がった所で停止。
地下に隠れた通路が姿を見せる。
服の裾を軽く引っ張られたので見れば、ナタリアが目を輝かせながら訊ねてくる。
「あの、ダンジョンというのは何処も、この様な?」
「いや、こういった仕掛けは少ない
仕掛け自体は攻略された後も残る遺跡型には見られるけど内容としては易しかったり、安全度が高いかな」
先ず、入り口で殺そうとはしない。
知恵や閃きを試す様な内容が多いですから。
殺意が高いのは、一度限りのダンジョン。
つまり、此処も、そうだという事です。
ただ、それを知らないナタリアは残念そうにする。
ちょっと楽しくなる気持ちは判るんだけど、攻略出来る実力が無いなら死亡が確定しますからね。
この手のダンジョンは無い方が良いと思います。
俺達みたいに強さを求める理由が有れば違いますけど。普通は一攫千金が目的ですからね。安全第一です。
俺を先頭にして隊列を組んで通路を進む。
通路は横幅は3ミード程で高さは2ミード程。
子供とは言え、狭く、戦闘はし難い。
そして、そんな思考を読んだ様に「ですよね~」と姿を現すモンスター達が鬱陶しい。
脅威にはならないけれど、鬱陶しいものは鬱陶しい。
しかも、スライム系や魔草系、魔蟲系が多いし。
行く手を阻む、というよりも嫌がらせに思えます。
──あ、アンがキレた。消火っ、消火ーっ!
1時間程、真っ直ぐな通路を進んだ先には大きな空間。直径100ミード程の球形の場所に出た。
まん中だろう高さに有るテラスの様な出っ張り。
全員が通路を抜けた為、通ってきた通路は消失。
アン、壁を殴らない。
……え? ナタリアに無駄な事を実演して見せた?
そう言われるとなぁ……
「此処もモンスターを倒せば進めるのでしょうか?」
「どうだろうな。それっぽくは見えるけど……」
球形の空間に先へ進めそうな通路や扉は見当たらない。だから、此処にも仕掛けは有るのだろう。
ただ、モンスターを倒すタイプとは限らない。
「……何て言うか、この足場って変な形ね」
「レベッカちゃん、それ、今、気にする所?」
「気になったんだから仕方無いじゃない」
──というレベッカとシルファの何気無い会話。
だが、それに耳を傾け、一応、確認してみる。
俺達が居る足場は……何と言うか……展望台?
いや、それっぽいけど、しっくり来ないな。
見張り台……違うな。遠くを眺める高い足場……
…………高い足場? ──あっ!
そうか、飛び込み台だ。
いや~、何処かで見た様な気はしてたんだよな~。
でも、飛び込み台なんて実際に使う機会なんて無いし、何処にでも有るって物でもないからね~。直ぐにピン!と来なくても仕方が無いよね~、はははっ……
──って笑えるかっ!
ああ糞っ、本当に腹が立つタイミングだなっ!
俺が飛び込み台から連想した直後、天井の中央から水が勢い良く吹き出し、球形の空間に広がる。
宛ら、此処は“金魚鉢”みたいなもの。
そして、其処に飛び込み台が有るのであれば──
「皆、飛び込む準備をっ!」
「エエッ!? と、飛び込むって……下にですかっ?!」
「ナタリア、私達を信じなさい」
俺の指示に唯一の部外者──不馴れなナタリアが驚くがナユが一言で黙らせ、従わせる。
今は問答している場合ではないし、説明している時間も無いので多少強引になっても仕方有りません。
生きていればこそ、この経験と知識を活かせるので。
下を覗き見れば、既に一割近く溜まっている。
見た目よりも早い注水に胸中で舌打ちする。
指で俺、フォルテ、ナユ、エクレ、クリス、オリビア、ティア、アンと順番を示し──飛び降りる。
普通に考えれば自殺行為。
水も質量を持つ物質。流体だろうと関係無い。
少なからず、硬度というものが存在する。
……硬水・軟水という意味ではなくてね。
半分とは言え、約50ミードの高さ。
其処から飛び降りて水面に当たれば衝撃で死ねる。
だから、自殺志願者が飛び降りるんです。
俺達は自殺志願者では有りませんけどね。
通常であれば、皆で固まって防御して飛び降りる所。
それを、防御も無しで飛び降りる。
その理由は?
「…………ダンジョンというのは何処も、この様に?」
「こういうのは滅多に無いよ」
ナユの傍で背中を擦られながら、両方の手と膝を着き、嘔吐きながら訊ねるナタリアに答える。
無理はしなくてもいいんだけどね。
今回の仕掛けはダンジョンに入った時と同種の物。
つまり、流れ込む水に飛び込む事で転移する。
度胸試しの様な仕掛けです。
「因みに、多分だけど、水位が一定以上になった時点で、違う仕掛けに切り替わる様になっていたと思う
そうじゃないと、待ってから飛び込めば楽だからね」
「あー……確かに」
「では、その場合には、どの様な内容に?」
「水中にモンスターが出現して、全滅させる
或いは、破壊不可能オブジェクトに追い回され、何処かに隠されているスイッチの類いを探す事になる、とか?」
そう言えば、過去に似た経験をした面子が渋い顔をして黙り込んだのを見て、他の皆が苦笑する。
それを、こうして笑えている、笑い話に出来ているのも生きていればこそですからね。頑張りましょう。
尚、今のは本の一部に過ぎません。もっと悪辣な場合も有り得ますし、貯水量によっても変わるでしょうしね。
本当にね……攻略させる気が有るんでしょうか。
さて、俺達が居るのは一転して見晴らしの良い場所。
──と言うか、見回す限りの青。
青い空、青い海。
──で、直径5ミード程の円形の白い砂浜の小島。
草一本生えていないので陽射しが直です。
持っていて良かった、大きな日傘~!
秘密でも何でもなく、備え有れば、です。
「……アルト様~、釣れる気配がしませ~ん」
「だから言っただろ……」
海を見るや、「釣ってみてもいいですか?」と訊くから許可はしたけど、無駄な可能性が高い事も言った。
まあ、何かしら釣れたら儲け物、という感じだったし、期待もしていなかったので。
それよりも、どう遣って先に進むかが問題です。
「見渡す限りの海と空……海中でしょうか?」
「それなら、アンが何かしら釣り上げてるかな
あと、海中を示す目印が有ると思う
海中に向かって続いているのだとしたら、指標が無ければ探索する範囲が広大に為り過ぎるから」
「それでは……まさか、空ですか?」
そう言いながらエクレが頭上──パラソルの向こうへと視線を向けるが……雲一つ無い。
此方等も指標になる様な物が無い。
──と言うか、まだ海中の方が可能性は高い。
「此処の鍵はコレだ」
そう言いながら、足下を右の爪先で軽く叩く。
ザジャリッ、と音を立てたのは真っ白な玉砂利。
砂浜なのに、サラサラとした砂浜ではなく、玉砂利。
流石にね、これに違和感を感じないなんて無いです。
「綺麗ですが……こういう物なのだとばかり……」
「玉砂利っていうのは加工物なんだけど……
流石に、こんなにも綺麗な統一規格なのは不自然だ
だから、玉砂利が先へ進む為の鍵だ」
「…………この中から色違いを探す訳ですか……」
うんざりした様にエクレが言う気持ちも判る。
表面に乗っているだけではなく、軽く爪先で掘ってみた感じでも積み重なった厚みは数十サニタは有るから。
玉砂利は一つが直径1サニタ程。綺麗な真球ではなく、角を丸めた賽子の様な形。
普通なら、何れだけ時間が掛かるか判りません。
しかし、こんな事も有ろうかと──という訳ではなく、様々な状況や用途で持っていただけですが。
御菓子作り等で使う目の細かい篩を取り出します。
コレに掬って色違いを探して無かったら魔法の道具袋に入れてしまえば確実に減らせるので。
あとは人海戦術と根気です。
地味な作業でも、これが最も確実な方法なので。




