179話 正体
異世界だから何でも有り、という事は稀で。
また、論理的に説明の出来無い事象というのは起きず。やはり、あらゆる事象は須らく理に基づくものである。
そして、この世界の事象は、前世の世界に近い。
その為、以前の世界での知識の多くを活かせる。
まあ、転生にしろ、転移にしろ、異世界物の定番ネタと言えますけどね。別に文句は有りません。
読み手の時には、「御都合主義だな~」と思うもの。
ある意味、其処までがワンセットみたいなものです。
他意も悪意も有りません。所謂、あるあるです。
さて、キグゲソン沼原に先回りをしてみた結果。
俺達は賭けに勝った──という訳では有りませんけど、目的である件の現象に遭遇出来そうです。
──とは言え、実際に目の当たりにすると驚きます。
「……アルト様、これは……」
「ああ、これは思っていた以上だな」
皆が目の前の状況に言葉を失う中、真っ先に我に返ったフォルテが警戒しながら訊ねてくる。
それに対して、俺は軽く冷や汗を掻きながらも、強がる様に口角を上げて、自分の思考と意識を逸らす。
彼是と考察するのは後回し。今は目の前の事に全集中。些細な情報も見落とさない様にする。
──が、やはり驚きは禁じ得ない。
霧が出始めてから辺りを白く染め上げるまでに掛かった時間は10分と経ってはいない。
その異常な早さは、此処までに得た情報による仮説より段違いに早いものだった。
勿論、それはそれで自然環境下での事象としては凄い事なんですけどね。
けれど、それ以上に驚くべき事実が。
この霧、本当に微量ですが、魔力を帯びています。
しかし、あまりに微量なので痕跡として残るという事は無いでしょう。
そして、その微量な魔力に気付いたのは俺達だからで。これ、俺達じゃなかったら無理です。
ただ、今はナタリアが一緒に居る為、その辺りの事には気付いても誰も口にはせず。
メアリー様達も含めて理解し、厳守してくれています。本当にね、つい自慢したくなる良い妻達です。
まあ、それはそれとして。
一通りの調査を終えた後とは言え、状況が変わったなら警戒するのが当然の反応。
メアリー様達を中心にして四方八方を睨む様に円陣にて周囲の様子を探る事に。
ただ、ずっと、このままで、となると疲れます。
勿論、俺達にとっては大して疲れもしませんけど。
メアリー様達は兎も角として、ナタリアは違いますから一番気遣う必要が有ります。
こういう時、自分達の素の身体能力が如何に高いのかを認識させられるんですよね~。
「ナタリア、メアリー達と無理をしない様にな
この状況を望んでいたとは言え、未知は未知だ
何が起きるか判らないし、先の二例の目撃された時と同じ条件や状況になるとは限らないからな
長丁場になる可能性も有る
だから、そういう意識で構えていて欲しい」
「判りました」
ちゃんと、状況や自分の実力を理解しているみたいで、ナタリアは素直に指示に従ってくれる。
まあ、ナユを怒らせたくはないだけかもしれませんが。どんな理由であれ、手間が省ける事は助かります。
正直な話、出来るだけ無駄な事はしたくないので。
四人だけではなく、俺達も交替で休憩を取ります。
最新情報であるムフルィ湿原で目撃された際には、霧が立ち込めていた間の中間辺りで、だった。
但し、それは結果論として見た場合の話。
実際には、霧が立ち込めているのが何れ位になるのかも定かではないし、必ずしも中間で、とも限らない。
だから、常に四人は周囲に意識を向け続ける必要が有る状況である事は間違い無い。
「…………──っ! アルト様」
「ああ、そろそろかもしれないな」
ティアが声を掛けたのと同時に他の皆が臨戦態勢に。
ナユ達はメアリー様達の安全確保が最優先。
そして、これは飽く迄も調査です。
無理に戦闘の必要は有りません。
昼間なのに陽光を遮る程に濃く深く立ち込めている霧。しかし、その中に感じる魔力に変化は見られなかった。
それが、此処に来て変化を見せた。
濃度等ではなく、その魔力が振動している。
例えるなら、魔力という微粒子が、何かしらに反応し、それだけが振動──共振している、といった感じ。
まあ、こんな現象自体が初めての事なので、例え自体も適切かどうかは判りませんけど。
兎に角、その変化は予兆でしょう。
『──────っ!!!!????』
──と、唐突に発生した足音。
同時に、地面も空気も、辺り全体が揺れる。
話には聞いていたけど──パニックも起きる筈です。
俺達は立っていられますけど、普通は揺れに耐えられず転けたり倒れたりする程の強烈な揺れ。ナイス判断ですがナユ達がメアリー様達を反射的に抱き寄せた位なので。
これを体験した冒険者達が騒ぐのも仕方が無い事かと。俺達でも驚いてはいますからね。
冷静で居られるのは日々の鍛練と、経験からです。
何だかんだ、色々と経験していますからね~。
心構え・身構えが出来ていたとは言え、メアリー様達が悲鳴の一つも上げてはいませんから。
良い事ですが、同時に自分の責任の重大さも再認識。
因みに、ナタリアは単純に驚き過ぎて声が出ず、直ぐに傍に居たメアリー様とナユに抱き寄せたられていますから動けてもいません。
うん。メアリー様が逞しく成長しています。
メレアさんが居たら睨まれている事でしょう。
「…………──っ! 其方かっ!」
三歩。時間にして20秒に満たない間隔。
それでも、これまでの経験が位置を教えてくれる。
足音と震動が有った後、左斜め後ろを見上げる。
俺に倣う様に皆も顔を、身体を向け──固まる。
「…………え?」となってしまうのも仕方が無い。
でも、それは恐怖や脅威によるものではない。
あまりにも巨大で圧倒されての事。
巨影の大きさは30ミード以上という話だったけど……
実際に目の当たりにしてみると、それ以上に感じる。
まあ、それも無理も無い事だと思う。
何故なら、その巨影は俺達の直ぐ近くに存在するから。多分、10ミードと離れてはいないでしょう。
その為、首が疲れる角度で見上げる格好になる。
近過ぎて全体像が掴めませんけど、概ね目撃情報通り。違いが有るとすれば、目撃した距離でしょう。
俺達と同等、或いは、それよりも近い距離からの目撃はされてはいないのだから。
警戒しつつ、観察する。
ムフルィ湿原で出現──姿が確認されたのは僅かだった事からも悠長にはしていられないが、無謀な真似は愚策。だからと言って、費やせる時間は僅か。その間に、方針を決めて行動しなければならない。
この遣り直し無しの一発勝負の緊張感が現実。
架空では味わえないものです。
まあ、ゲームは気楽に遣りたいですからね~。
(…………ん? 何か……違和感が……)
巨影を見詰めていて不意に感じる違和感。
既存の情報とは合致しているけど、新しい情報は無し。そんな状況で違和感を覚えるというのも……
「……──っ! ナユっ!」
説明する時間も無い為、即座に行動に移す。
手を伸ばしながら振り向き様に叫べば、直ぐに察して、抱えていたメアリー様を離すナユ。
メアリー様も察して自ら動き、俺の腕を掴んでくれる。その御陰で無駄無く動ける。
俺がメアリー様を抱くのに合わせてナユがナタリアを、オリビアがレベッカ、クリスがシルファを抱える。
事前に──と言うか常日頃から準備している行動だから皆も迷う事無く反応出来る。
因みに、ナユがナタリアの担当なのは、俺が抱き上げた場合には色々と面倒臭い事になる可能性が有るからです。何処の王公貴族も隙を狙っていますからね。
勿論、人命優先。有事には躊躇いませんけど。
配慮出来る時には、面倒臭がらずに遣るだけです。
──なんて事を考えながらも、俺は空いている手を出し傍に居たフォルテに向けて伸ばし、繋ぐ。
ナユとアン、オリビアとエクレ、クリスとティア。
万が一の時の戦力の均等配分です。
俺の所は、俺が居るだけで過剰なんですけどね。
「遅れず、離れずで続けっ!」
メアリー様を抱え、フォルテと並走しながら、巨影へと向かって最短距離を駆け──飛び込むっ!
視界が──鼻先ですら見えない純白の闇の中。
抱える温もりと繋いだ温もりを離さない様に意識する。
同時に感じる慣れた感覚に予想が正しかった事を確信。胸中で「こんなの判るかーっ!」と叫ぶ。
霧が薄れて白い世界が色付けば、キグゲソン沼原だった景色は一変して見た事も無い神工物となっていた。
「…………此処は?」
「ダンジョンの中だ」
「──え?」
独り言に近かったのだろうナタリアの呟きに答えると、ナユに下ろされながら此方等に振り向く。
俺の方は既にメアリー様を下ろした後で、フォルテ達も当たり前の様に装備等の確認を始めています。
ええ、本当に頼もしい限りです。
「ダンジョンは神々が創造した物、という話は?」
「勿論、聞いた事は有りますが……」
「人の身では、技では不可能な事がダンジョンには多い
それ故に、神々が創造した物だと云われる訳だが……
そんなダンジョンの中には特殊な物も有る
一度、攻略してしまうと消失する物とかな」
「……此処も、そうなのですか?」
「それは攻略してみたいと判らない事なんだけど……
これまでに、その手のダンジョンを俺達は幾つか攻略した経験が有るから、小さな違和感に気付けた」
「違和感?」
「んー……言葉にするのが難しいんだけど……
簡単に言うと、生命力の気配かな
どんなモンスターでも生物であれば有しているものだよ」
「……つまり、それが無かった訳ですね?
ですが、ズゥマの方もいらっしゃったのでは?」
「あー……匂いとはまた違うからなぁ……」
そう言いながらアンの方に視線を誘導。
ナタリアと目が合うと、アンは肩を竦めて見せる。
つまり、「普通は判らないわよ」と。
ナタリアも小さく頷き、納得する。
その辺りの事は一々説明するのも大変なんですよ。
──という訳で話題を逸らしましょう。
「まあ、そうでなくても普通は気付けなくて当然かな」
「そうですね、特殊過ぎますから」
「それも有るんだけど……」
「他にも気付けなかった理由が?」
「普通は初見の、しかも巨体の未知のモンスターが相手となったら先ずは遠距離攻撃で様子見をする
だから、ダンジョンだとは気付かない」
「──あっ……」
そう。ダンジョンの可能性に気付いたから俺達は此処に居る訳なんだけど。普通は気付かないからね。
それなりに長い間、姿を見せていれば直接攻撃や接触を試みる者が現れるのでしょうけど、限られた時間の中で、それも1分程ですからね。普通は無理です。
俺達みたいに偶々、近距離で遭遇したのなら、そうする可能性は有るかもしれませんけど。
初見で無謀な真似をする冒険者は居ません。
短絡的・浅慮な冒険者は長生き出来ませんから。




