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178話 採取


 キグゲソン沼原。

 見た目にはムフルィ湿原に近いが、湿原は浅い水場で、水棲生物が泳いだり、草木の間に隠れたりしている。


 それに対して、沼原は沼地。水の部分は10サニタ程で底無しかと思う様な泥沼が5ミード以上にもなる。

 誤って一歩でも沼に踏み込むと容易く足を取られる。

 深いのに底の底まで水分が行き渡り、その上、粘着質で泥自体も重く、汚れたら落ち難いし、乾くと物凄く臭う、という冒険者泣かせな場所。

 だから、不人気で、出入りする冒険者は少ない。

 ただ、棲息域の管理・調節の為、依頼は出る。

 不人気だから、報酬も高くなる。

 高くはなるけど──それでも依頼を引き受ける冒険者が居なければ、キグゲソン沼原を自領内に抱えている以上、ルパープル伯爵は自ら動く事になる。

 それが嫌なら、金額を上げるしかない。

 まあ、実際には天井知らず、という事は有りませんが。それなりに高額な依頼という事では有名だそうです。


 そんなキグゲソン沼原を前にして、メアリー様が疑問に思った事を訊ねてくる。



「それ程まで深いにも関わらず、底に有る泥が固まらないというのは棲息域だからなのでしょうか?」


「良い所に気付いたね、メアリー

此処には固有種の“マッディゴ・ワームム”が居る

マッディゴ・ワームムは泥を飲み込み、栄養分だけを吸収して体外に排出している

それによって常に十分な水分を含んだ柔らかい泥の状態を維持しているんだ」


「へぇ~……ん? ワームムって確か、ミミズよね?」


「え? あ、うん、そう、だったと思うよ?」



 警戒しながら沼を覗き込んでいたシルファは、俺の話を聞いたレベッカに急に話を振られた為、少し曖昧な返事をしてしまう。

 それにレベッカも文句を言ったりはしない。

 ──が、メアリー様と同様に気付いたみたいだ。

 此方を見ながら、眉根を顰めているから。



「それってつまり、此処の泥ってミミズのウ──」


「──はい、レベッカ、其処までにしような

今から此処で調査を遣るんだから」



 レベッカの小さな唇に人差し指を当て、口封じ。

 それが事実だとしても、言い方というものが有ります。あと、知らない方が良い事や言わない方が良い事もです。判ったかな?

 そう視線で言外に諭せばレベッカは小さく頷く。

 質問する事も、疑問を懐く事も、良い事なんだけどね。その際に言葉を選ぶ必要性(・・・・・・・・)って有りますから。

 社会って、そういう面倒臭い事の積み重ねですからね。でも、だからこそ、必要な配慮・思慮なんです。


 それはそれとして。

 ズゥマであるアンもシルファも嫌そうにはしていない。その事から判る様に、乾燥しなければ(・・・・・・・)臭いません。

 まあ、泥汚れの落ち難さは嫌という程、知っています。はい、何れだけ怒られてきた事でしょう……

 その経験から、俺は泥抜きの魔法を開発しましたから。ええ、我が家の古参メイドは気合で覚えましたとも。



「……あ! アルト様っ!」


「──っしっ! 捕まえた」



 シルファの声に反応し、即座に沼の一部を凍らせた。

 その中に、マッディゴ・ワームムが居ます。

 尚、死んではいません。仮死状態──いいえ、冬眠(・・)状態と言うべきでしょうね。

 この状態にする為には匙加減(・・・)が重要です。

 まあ、それが難しいので、高等技術とされる訳ですが。ナタリアさんや、そんなに目を輝かさないでくれます?

 何と言うか……ムズムズしますから。


 はい、気にせず、仕事に集中します。

 見付けてくれたシルファを褒めるのも忘れません。


 泥ごと凍らせたので、最小限のサイズにカットしてから風魔法で空中に引き上げる。

 其処から更に余分な泥を削り落とします。

 ……まあ、一瞬の作業なんですけどね。


 完成したのは薄皮一枚、というマッディゴ・ワームムの冬眠状態の彫刻。実はコレ、魔法の道具袋に収納が可能。うん、初めて知ると吃驚しますよね~。


 全てのモンスターで、同じ遣り方が可能、という訳では有りませんけど。

 熊等の動物の冬眠とは違い、植物の種の性質に近い方の状態での冬眠の場合ならば、という事になります。

 主に虫や微生物の冬眠──休眠、或いは活動停止状態が今回の条件としては近いでしょう。


 ──という話をナユがナタリアにしています。

 でも、俺を装飾する様な表現は要らないのでは?

 ……要るの? そうですか。

 妻達の無言の笑顔に大人しく引き下がります。

 ……レベッカ、有難う。俺、強く生きるよ。



「アルト様ーっ! アレ、狩っても良いですかーっ?!」



 そう叫ぶアンの声に顔を向けると、アンが指差す先には巨体を揺らして歩いている魔亀が居た。

 名を“キグゲソン・アーマード・リザーデス”。

 魔亀なのに、鎧蜥蜴とは、コレ如何に。

 体長10ミード以上、体高5ミード以上の巨体で動きは緩慢だが、鎧──甲羅に閉じ籠もると鉄壁。

 その名の通り、キグゲソン沼原の固有種で、見た目にも蜥蜴寄りなのだが──生物学的には亀なのだから不思議。まあ、異世界で、モンスターですからね。


 甲羅に閉じ籠もられると先ず倒せない。

 何故なら、そのまま自重で沼に沈み、姿を隠すから。

 沼の外──陸上に居る時には、四脚の足裏に有る浮毛に油分の多い体液を含ませ、沈まない様に浮かせている。

 甲羅に閉じ籠もると、その効果が無くなるので、と。

 まあ、そういう理由で倒せなくなる訳です。


 その為、稀少種扱いであり、長生きし易く、巨大化する個体も多いが……

 実は、マッディゴ・ワームムが天敵だったりする。

 実は、マッディゴ・ワームムの唾液には、キグゲソン・アーマード・リザーデスにピンポイントで効く溶解成分が含まれており、甲羅にも無意味となる。

 だが、そのマッディゴ・ワームムを捕食する種も居て、その種を捕食する種が更に……

 そうした先に、キグゲソン・アーマード・リザーデスも捕食する側になる。自然って凄いですよね。


 そうした理由から、個体数も多くは有りません。

 なので、狩れる実力者も限られてくる訳です。

 また、此処に棲息しているモンスターの中では温厚で、積極的に人を攻撃したりはしないのも狩られ難い理由。

 挑戦者は、それなりに居るみたいですけどね。



「足元に気を付けてなーっ!」


「はーいっ!」



 元気に返事をしたアンは、沼地という事を忘れてしまう程に軽快に跳ねながら一気に肉薄。自慢の攻撃力で甲羅に閉じ籠もる前に頭を殴り──打倒。

 一目で、「あ、終わった」と思う綺麗なテンプルヒットでした。相手が可哀想になります。

 一撃死の為、見せ場も何も無かったですからね。


 ただ、キグゲソン・アーマード・リザーデスは殺したら自重で沈みます。浮いていられなくなりますからね。

 その為、巨体である程、回収が難しくなります。

 魔法で足元──沼を凍らせたり、巨体を浮かせなければ苦労が水の泡となります。

 魔法の道具袋も本来は貴重品です。誰もが所有しているという訳では有りません。


 はい、判っています。我が家(ウチ)が特殊なんです。

 軽く凍らせて鮮度を維持し、魔法の道具袋に回収。

 アンは次の獲物を探しています。


 ──とまあ、そんな感じで各々に行動中なんですけど、此処に来た目的を忘れてはいません。

 ええ、忘れてはいませんとも。


 ただ、何もせずに待っているのも時間の無駄ですから。現地の調査を兼ねて、一通りの採取を遣っている訳です。はい、其処、「狩猟を採取とは言わない」とか言わない。空気を読んで下さい。



「“キグゲソン・フェイキー・パピヨネア”?」


「はい、見た目は蝶ですが、魔蟲種ではなく、魔草種です

本体──胴体部分ですね、其処が種子になります

成熟した種子は蝶の様な葉翅を広げて自分で動きながら、自らが芽吹く場所を探します

途中で食べられても良いそうです」


「そう遣って魔鳥等に運んで貰う訳か……」


「植物の生存戦略ですね」



 10サニタ程の緑のレースの様な淡く半透明な葉翅を、ゆっくりと動かす蝶に見えるソレを指先に留まらせているオリビアがティアと話している。

 モンスターではあるけれど、実害が無い為、あんな風に子供出来るのは珍しい事。


 まあ、此処は棲息域なので安全では有りません。

 何しろ、その蝶──種子が好物で狙っているモンスターが居ますからね。

 ──ああ、ほら、飛び出して来ました。

 “ブラウブリッツ・スクワール”です。

 見た目は体長20サニタ程の灰色の栗鼠。丸まった尾は伸ばすと1ミード近く、拳の様に硬くして殴ってくる。

 固有種という訳ではなく、メルーディアにも他の国にも存在している低ランクのモンスター。

 植物系モンスターの木の実や種子が大好物で、命懸けで喰らおうとする挑戦者です。


 はい、キグゲソン・フェイキー・パピヨネアが固有種に留まっている理由が、此奴等です。

 弱さを繁殖力の高さで補い、生態系の一端を担う。

 その存在が居なければ、世の棲息域は混沌とした状態に成っているかもしれません。

 でも、弱いので──うん、あっさり狩られましたね。



「アルト様、霧の巨影は現れるでしょうか?」


「んー……一応、南下をしている事はしているんだけど、移動時間までは判らないからね……

現れる可能性は有っても、今か(・・)は判らないかな」



 フォルテの質問に空を見上げながら、そう答える。


 ゲームであれば、その場所に行きさえすれば、自動的にイベントが進行するのだけれど、現実ではそうは行かず、様々な要因や条件が揃わなければならない。

 特に今回の様な場合には、焦れったく思えます。

 そんな風に思うのは、転生者だからでも有るのかと。

 何も知らなければ、これが当たり前な訳ですからね。


 ──とは言え、二度の目撃は共に日中の出来事。

 夜間で待つよりかは遭遇する可能性は高い筈です。

 確実に、という訳では有りませんけどね。



「その正体や仕組みまでは掴めなくても、直に見られれば得られる情報は確実に有る筈だからね」


「そうですね」



 視線をアンやティアに向け、そう言う。

 勿論、その真意をフォルテは判っています。

 【鑑定】と【アナライズ】の事を伏せる為であり。

 ズゥマやエルフの特性で誤魔化す、という事もね。


 今更ですけど、ナタリアとはイグ村に向かう時に別れて帝都に向かって貰った方が良かったかな?

 ……いや、ナタリアが居る御陰で、面倒な貴族関連事に関わらなくて済んでいる訳ですからねぇ……

 う~ん……悩ましい所です。




 一通りの採取──現地調査と、昼食を終えて、一息吐きながら、のんびりと寛ぐ。

 予定としては夕方までは此処に留まり、様子を見ます。その後、日没前にはハヴリに入り、情報収集をして一泊。明日以降は状況を見ながら、という事になります。



「いつも皆様はこの様にしていらっしゃるのですか?」


「いや、流石に普段は棲息域で寛いだりはしないよ

調査の為に滞在する場合にはメアリー達は不参加だしね

今回は移動や別行動等、諸々を考慮しての同行だから」


「如何に守れるだけの実力が有っても、それはそれです

まだ洗礼前のメアリー様達を棲息域に連れて入るという事自体が本来は避けるべき事ですからね」



 ナタリアの質問に俺が答えると直ぐにナユが然り気無くフォローしてくれる。

 俺の説明だけでは、認識に齟齬が出る事も有りますから助かります。

 貴族社会から距離を置いているが故の弊害です。

 まあ、だからと言って今後改めて積極的に関わろうとは思いませんけどね。面倒臭いだけですから。


 あと、そんなナタリア自身も寛いでいますからね。

 それだけ俺達を信頼してくれているのだとは思いますが慣れたら駄目だと思いますよ?

 一番の原因である俺が言うのも何ですけどね。



「あの……少し気になった事が有るのですが……」


「ん? 何かな、シルファ」


「ラルカフ湾の周辺には、こういった場所が多いのには、何かしらの理由が有るんですか?」


「そう言われてみれば……」



 シルファの言葉に、ナユが思案顔をする。

 この件で一番、地図を見ているのはナユです。

 帝国出身のエクレよりも土地勘が有りますからね。

 それ故に自分の視点からでは気付かなかった事を知り、その情報に意味が有るのかを考える。

 些細な一言が状況を打開する糸口になる事は、よく有る話ですからね。



「地形としては、西にペールドラシカン連峰群が有って、東のラルカフ湾に向かって緩やかに傾斜している

だから、形は違っても水源を持った棲息域が有る事自体は自然な事だと言えば、何も可笑しくはないよ」


「下流域の為、水が溜まり易いのですね」


「そういう事になるね、メアリー」



 直ぐに察したメアリー様の頭を撫でる。

 勿論、疑問を提示したシルファの事もです。


 水は高い所から低い所に流れる。

 それが自然な事であり、それを理解していれば、自然の動きというのが見えてくる様になります。

 これは地上の話に限らず、地下にも言える事です。


 ──とは言え、シルファの一言は引っ掛かります。


 自然な形だと言えば、自然な訳ですが。

 メルーディアや他の国を見ても、同じ様な条件の地形で類似する棲息域が固まっているというのは記憶に無い。

 ナユが引っ掛かったのも、其処でしょう。

 俺達の中では、最も各地を旅して知っているからこそ、その違和感が気になったのでしょう。


 勿論、今回の件と繋がるのかは、別の話ですけど。



「……──っ、アルト様!」


「ああ、運が良い(・・・・)みたいだな

全員、いつでも動ける様に」



 ひっそりと広域を監視していたティアが変化を捉えて、声を上げて報せてくれる。

 俺の方でも、その変化を捉えたので間違い有りません。


 真っ昼間なのに、景色が霞み、白く煙り始めている。

 今の所は、自然現象の様にも思えますが、どうなるか。その答えが、もう直ぐ出る筈です。



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