177話 先回り
アスタラの月、26日。
特に問題も起きず、予定通りに朝、ナタリアと合流してノノワットを発ち、ムフルィ湿原へと向かった。
──とは言え、直行するのではなく、先ずはジュタに。地元の情報というのは収集されていない事も多いので。
「目新しい情報は有りませんでしたね……」
「まあ、過度な期待は出来無いからな……」
貴族達も、冒険者ギルドも、冒険者達も優秀だからね。ちゃんと組織として機能していれば、末端の些細な情報も拾えている事は珍しくはない事なので。
気を取り直して、俺達はムフルィ湿原に。
普段とは違い、今回に限り特別な許可を貰っている為、棲息域でもメアリー様達も一緒です。
四人のテンションが高い。
うん。何故、ナタリアが興奮しているのかな?
メアリー様達は単純に好奇心からだとは判りますけど、ナタリアの理由が判りません。
「アルト様を始め、私達の戦いを間近で見られるので」
「あー……って、え? そんな事で?」
「詳しく、御説明させて頂きましょうか?」
「いえ、遠慮させて頂きます」
そう丁寧に言った笑顔のナユの圧力に屈する。
言外に「言わないと判りませんか?」的な声がね……
侍女長が居なくても俺は叱られる様です。
ムフルィ湿原。
固有種の多い魔草系モンスターの宝庫という事も有り、俺達は本来の目的を見失いそうになります。
うん、固有種の調査がメインじゃないから。
まあ、俺も他人の事は言えませんけどね。
だって、珍しいモンスターが沢山居るんだもんっ!
「アンさん、シルファ、どうですか?」
「ん~…………駄目ね
それらしい匂いはしないわ」
ナユの質問にアンが答え、シルファも首を横に振る。
必ず、何かしらの手掛かりを掴めるという確信が有った訳ではないのだけれど、僅かには期待もしていた。
本の僅かだろうと、期待が有っただけに落胆してしまう気持ちが生じるのは仕方が無い事。
勿論、アンやシルファの所為では有りませんしね。
「アルト様、どうなさいますか?」
そう俺に訊ねるナユ。
正直、「え? 俺に訊く?」と言いたい。
しかし、行動の判断と決定権は俺に有りますからね~。ナユがそうする事は当然だと言えます。
はい、こんな思考は一時の現実逃避です。
「このまま此処に居たとしても、手掛かりや新しい情報は得られそうにはないから移動する事は確定として、問題は何処に向かうのか、だよなぁ……」
はい、原因の調査は勿論、謎の巨影の正体を突き止める事でさえ、現状では不可能に等しい訳です。無理ゲー状態という訳ですね、判りますとも。
しかし、これはバグにより、解決が不可能なゲームでは有りません。現実なんです。
現実であるからこそ、必ず、事象には摂理が有ります。
まあ、その糸口が見えないから悩んでいる訳ですが。
当初の予想──印象が強い事も有り、海が怪しいという考え方は否定し切れません。
ですが、足音という手掛かりから見えてくる可能性にも一考するだけの価値は有ります。
現状、有力なのは、その二つになりますが。
何方等にしても、決め手に欠けています。
正確に言えば──範囲が広過ぎっ!
せめて、何方等かに絞り込めればなぁ……
「…………エクレ、確か、南東にも岬が有ったよね?」
「はい、ツゥプソ岬ですね
ムフルィ湿原とはヤカ湾を挟んだ対岸になります」
そう訊ねるとエクレは答えながら魔法の道具袋から俺が自作している地図を取り出して広げ、指差してくれる。
これは俺以外の皆が情報を共有・認識する為のもの。
俺は脳裏に地図が浮かんでいますから。
ヤカ湾は陸地を菱形に切り取った様な形をしている湾で沿岸部には港町も小さな村も無い。
地形的に、何処も30ミード以上の断崖絶壁だから。
しかし、ヤカ湾内自体は海棲モンスターが棲み易い上に成長にも適している為、優れた漁場となっています。
その為、北のジュタ、南のハヴリから漁船が出ていて、海専門の冒険者達が活躍しています。
……それはもう、冒険者ではなくて漁師なのでは?
そう思っていた時期が昔の俺にも有りましたが、相手がモンスターなので冒険者になります。
漁師はモンスターを相手にはしませんから。
──ややこしいっ!
まあ、そんな話は置いておくとして。
「そのツゥプソ岬に棲息域は?」
「“キグゲソン沼原”が有ります」
「水源有りね、丁度良さそうだ」
「……次はキグゲソン沼原に現れると?」
俺の意図を直ぐに読み取ったナユが、そう訊ねてくる。フォルテやエクレも察しているが、こういう時に質問する役目というのは年長ナユが担っていますが、それは他者のフォルテに対する印象を操作する意味も含まれています。注目されるとフォルテも動き難くなりますからね。
だから、俺もフォルテもナユには感謝しています。
「確信が有る訳じゃないから、飽く迄も可能性だけどね
テパルス湖森とムフルィ湿原の唯一の共通点は水源が有る棲息域だという事」
そう人差し指を立てながら言い、続けて中指を立てる。
「まだ2例しかないから何とも言えないけど……
一応、南下している可能性は考えられる
それと、これも偶然かもしれないけど、ラルカフ湾に近い棲息域というのも可能性の一つとして挙げられる」
「現状で出揃う条件としては三つ、ですか……」
ナユが口許に指を持って行って、推理ポーズ。名探偵が誕生してくれたら助かるんですけどね~。
世の中、そうそう名探偵なんて居はしませんから。
まあ、名探偵が沢山居る世の中なら、犯罪は起き難いのかもしれませんけどね。直ぐに怪しまれるので。
「先回り、という程、確実な訳ではないけど……
現状では他に打てそうな先手は思い付かない」
「そう、ですね……」
ナユは直ぐには納得──同意を示さない。
こうする事で、俺に従うだけに成らない様にしていて、各々が考える時間──機会を与えている。
最終的な判断・決定権は俺に有っても、俺の言いなり、俺に任せきりにする様な妻達を求めてはいませんから。
寧ろ、引っ張って行って欲しい位なので。
こうして、思考面も常に鍛えている訳です。
その成果として、ティアが意見を出します。
「……アルト様、あの足音に付いては、どの様に?」
「巨影だけなら、蜃気楼で説明が出来る
でも、足音に加えて震動までが、となるとね……
それなのに足跡等は一切無し、意味不明だ
しかし、複数の目撃者が何方等でも居る以上、事実なのも間違い無い事だから……
考えられる可能性としては、特殊性かな」
「特殊性、ですか?」
「足音がして、震動が有るのに、足跡は無い
それを可能にするとしたら、空気を踏む、とかね」
「空気を……あっ!」
風属性の魔法は風圧を利用する使い方も出来ます。
それを知っているから、ティアも直ぐに察した。
ただ、それも正体を突き止めるまでには到らない。
「──とは言え、その場に実体が無いのなら、やはり説明不可能になってしまうけどね」
「空気を踏むにしても、其処に居れば、ですか……」
「その場には存在せず、足音と震動だけを、なんて普通に考えても出来る事には思えないからね」
如何に魔法やスキルが有る世界であっても、どんな事も可能だという訳では有りませんから。
そして、自然界に定められた秩序というのも無視出来る事では有りませんので。
今回の件は謎が謎過ぎて意味不明な訳です。
でもまあ、取り敢えずは、キグゲソン沼原に向かう事にしましょうか。
此処に居ても仕方有りませんから。
さて、キグゲソン沼原に向かう方法なんですが。
陸路と海路が有ります。
ええ、そうです。ヤカ湾を突っ切るという道がです。
現状、情報不足なのは否めませんから、此処は少しでも情報を得る為に二手に分かれる事にしました。
ヤカ湾沿いに進む陸路にはエクレ・ティア・オリビア・クリスにメアリー様達とナタリア。
ヤカ湾を突っ切る海路は俺とフォルテ・アン・ナユ。
戦力的な意味ではフォルテも陸路側に配置したい所では有りますけど、陸地であれば、ティアが万が一の場合には無双出来ますからね。今回はこのメンバーで。
──とは言っても、天艇アーヴァイルは使用しません。万が一にも目撃されたら面倒臭いですから。
何より、その所為で遭遇率を逃す事は避けたいので。
今回は、こういった時の為に用意していた小型の帆舟。風魔法を使ったりして操作して目指します。
これまでの目撃時には俺達は居らず、俺達の様に特殊な力を持った者も居合わせていません。
其処に天艇の様な物を放り込むと、本来は見られる物も見られなくなる可能性が考えられますからね。
出来るだけ、条件は合わせたいと思います。
……今、「いや、手遅れじゃね?」と思った奴。
喧嘩を売りたいなら買いますけど?
「アルト様、もう直ぐ中間地点です」
「もうか……これと言って何も無かったなぁ……」
帆に当てていた風魔法を緩め、船脚を落とす。
減速し、自然に停止──波に揺られ、潮の流れに乗った所で、暫くは行き先を委ねる。
その間、釣り竿を取り出し、束の間の休息。
……決して、遊んでいる訳では有りませんからね?
これだって、立派な調査の一つなんです。
ヤカ湾の食材の調査ではなくて。
そう思っていたら、アンの竿が大きく撓った。
一気に引っこ抜く様な豪快な一本釣り。
体長4ミードは有る魔魚が宙に舞った。
それを初見なのに的確に急所を突いて一撃で仕留める。驚かないのは俺達は誰もが出来る事だからです。
きちんとした生物だから、急所も似ていますからね。
急所を幾つか覚えれば、何れかは当たります。
ハズレていたら、食ざ──素材が余計に傷むだけです。売却用でなければ気にもしません。
尚、稀少種の情報だけは事前に頭に入れています。
だって、失敗したら勿体無いじゃないですか!
「──っしっ! ナユ、これって何?」
「それは“ポイダラトゥーナス”ですね」
その仕留めた魔魚をアンが片手で軽々と担ぎ上げながらナユに正体を訊ねる。
知らない、という事は稀少種ではない。
──と言うか、その見た目は微妙。
姿形は鮪と鱈を混ぜた様なものだが、色が紫。黒の地に紫の斑点の豹柄。「え? 何処出身?」な案件。
異世界だから居ても可笑しくはないけど、その見た目が毒々し過ぎて警戒しますが……そういう物は美味い。
まあ、ヤバいのもヤバいんですけどね~。
「美味しいの?」
「雷に打たれたかの様な旨さで食べた者は死ぬそうです」
「え? そんなに?」
「アン、違うからな?
それ、毒持ちだから、きちんと処理しないで食べたら死ぬヤバい奴だから」
「ナユ!」
「私は食べた事が有るとは言っていませんよ?
そう、云われている事を言っただけです」
「むぅ~~~…………アルト様~っ!」
「きちんと処理をすれば、本当に旨いから大丈夫だ」
ナユが揶揄うからアンが拗ねる。
姉妹の様に仲が良いのは構わないが、船上でドタバタと暴れない様にはして欲しい。マジで危ないから。
あと、俺は【鑑定】と【アナライズ】を欠かしません。
この二つが俺を支えてくれている生命線ですからね。
いつも有難う。助かってます。今後とも宜しく。
そんなこんなで俺達はツゥプソ岬に到着。
帆舟を収納したら、キグゲソン沼原を目指します。
本当なら、ハヴリの港町に先に行きたい所なんですが、そのハヴリはヤカ湾側ではなく、ラルカフ湾側に有る為、キグゲソン沼原への直行ルートでは寄れません。
どの道、行く事にはなりますから、先ずは皆との合流が優先されるという訳です。
「陸路──ヤカ湾周辺って、途中に棲息域は有るの?」
「今回のルート上には有りませんね
少し外れれば有りますが、態々寄りはしない筈です」
「それじゃあ、モンスターも無し?」
「いいえ、アロハントサウルスの様に棲息域を出る種類が幾つか居ますし、ヤカ湾周辺には魔海鳥種も多いので……
道中で遭遇する可能性は高いと思います」
勿論、それは考慮してある事。
船上と違い、陸上だから戦い易いので。
四人でも十分に戦えると思っての事です。
因み、今、話に出た魔海鳥種というのは、その棲息域が海の周辺という事で、海棲モンスターと同様に何処にでも出現する可能性が有ります。
実際には、ある程度の活動範囲や縄張りが有りますから遠くに移動する事は少ないと言えます。
しかし、様々な理由で離れたり、群れの大移動が起きる場合も稀にでは有りますが、記録が残っています。
何より、相手はモンスター。油断大敵です。
尚、俺達も、その魔海鳥種を狩っています。
魔海鳥は魔鳥と棲息域──主食となる物が違う事も有り肉質や味わいも別物です。
ただ、独特の癖の有る種類も多い為、好みで好き嫌いは分かれます。
それと、羽根や羽毛の質も違い、用途も変わります。
まあ、魔海鳥の素材は海辺でしか使われませんけどね。地産地消では有りませんが、要不要も地域性が有るので。物によっては片寄る事も仕方の無い事です。




