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176話 新情報


 アールバンナの冒険者ギルドで霧の巨影の目撃情報を聞いた後、テパルス湖森の霧の発生する理由に付いての推論を話してから、俺達はアールバンナを発った。

 ミロドさん達からは「一先ずの原因が判明した事で、混乱の大部分が解消されるでしょう」と感謝された。

 勿論、根本となっている霧の巨影自体の謎は継続中。新しい情報が有る事を願うしかない。



「新たに目撃されたムフルィ湿原って?」


「ノノワールド子爵領の領都ノノワットの東南東に有る岬に有る湿原の棲息域です」



 移動中、アンの質問にナユが答える。

 エクレでもナタリアでもない事は気にしない。何事も適材適所というのは有るのだから。


 そんなナユの説明によると。

 ムフルィ湿原はラルカフ湾に突き出した岬に有る。

 ムフルィ湿原の北側に港町のジュタが有り、冒険者の出入りも多いらしい。

 湿原の固有種の魔草のモンスターが薬材として高価な事も有り、実力の有る冒険者達の稼ぎ場なのだとか。

 但し、乱獲されて絶滅しては困る為、狩猟してもいい数に上限が有り、狩猟許可にもサイズ規定が有る。

 モンスターも大事な資源ですからね。ギルドは勿論、国や領主も管理するのは当然の事です。


 棲息域に入る為の推奨ランクとしてはC。

 冒険者は自己責任が基本ですから、棲息域に入る事に対する制限は有りません。

 だから、D以下でも入れますが……まあ、そんな自殺行為を遣る冒険者というのは居ません。

 居ても長生きは出来ませんからね。

 実力主義であるが故に、自重も大事な訳です。






「ノノワットのギルド長を務めます、レザンナです」



 ノノワットのギルドに着いたら、一室に案内されて、左目を長い前髪で隠している三十代半ば位の女性からの丁寧な挨拶を受ける俺達。


 そのレザンナさんですが、見た目は執事服の男装した美人という印象ですけど──かなりの実力者です。

 俺だけではなく、フォルテ達も警戒していますから。勿論、悪意や害意が有るという訳では有りませんけど。油断すると厄介事を押し付けられそうなので。

 ええ、“出来る女”という感じですから。


 あと、ナユが驚き、緊張しています。

 もしかしたら、顔見知りなのかもしれませんね。

 まあ、その辺りの事は後で訊く事にしましょう。



「アールバンナで聞いたのは目撃されたという事だけで詳しい事は何も聞いていません。説明を御願いします」


「はい、勿論です。此方等も目撃したという一報を出すだけで手一杯でしたので、御容赦下さい」


「事が事なだけに対応の難しさは理解していますから。どうか、御気に為さらず」


「有難う御座います」



 頭を下げた後、部屋の円卓を囲み着席。

 レザンナさんは俺達の前に地図を広げる。

 ムフルィ湿原の地図か。厳重に管理をしていればこそ把握する為にも作成されていますよね。



「ムフルィ湿原(此処)は普段から霧が掛かりますが、それなりに雨が降っていない限り、昼間には出ません」


「つまり、テパルス湖森と同様に昼間に(・・・)ですか……」


「はい、昨日の昼の事になります」



 俺達がテパルス湖森で一泊する為の準備中の時にか。間が悪いと言えば、間が悪い。

 尤も、どんなに急いでも一日は掛かる距離ですから、その一報を伝えるだけでも精一杯なのも仕方の無い事。その一報を出してくれただけでも良い判断です。

 ……ちょっと偉そうな考え方ですけどね。



「霧が掛かかっていた時間は?」


「聞き取りをした情報を纏めると、1時間程かと」


「その間、例の巨影はずっと?」


「いいえ、目撃されたのは1分程度です」


「想像していたよりも短いですね……現れたのは?」


「霧が出て、消えるまでの略中間です」


「足跡等の痕跡は?」


「皆無です」



 そう言って首を横に振るレザンナさん。

 痕跡は無し、しかし、テパルス湖森の時と同じなら、ムフルィ湿原の時にも足音がした筈。

 そう考えていると、レザンナさんが小さく頷いた。



「御考えの通りです。此方等でも足音と震動だけは確認されています。巨影の形等も同様です」


「つまり……目新しい情報は無いし、と」


「はい、残念ながら」



 う~ん……マジで困った。どうしよう?

 判っている事と言えば……南下(移動)した事だけ。

 それ以外の情報は何方等の場合も同じ、と。


 …………実は異空間に居て、何かしらの要因により姿が見えているとか?

 霧を歪んだ境界(・・・・・)と考えれば……でもなぁ……

 こんな仮説、聞いた事も見た事も無いんですけど?

 いやまあ、この世界では(・・・・・・)の話にはなりますけどね。



「……痕跡が無いのであれば、被害の方も?」


「はい、皆無です」


「被害が無い事は良い事なんですけどね……」


「はい、私共も困っています」



 そう言うレザンナさんの視線が痛い。

 少なからず、俺達に対する期待は有るでしょうから。それを無視してまでは流石に……ねぇ……



「……今回の目撃者──ムフルィ湿原に居た冒険者の中にズゥマの人は居ませんでしたか?」


「……っ! 匂い(・・)ですか。少々御待ち下さい」



 レザンナさんは一礼すると退室。確認しに行った。

 テパルス湖森での目撃者にズゥマは居なかったけど、ムフルィ湿原の方に居たら……と思っての事。

 俺達が目撃者に成れるのなら確実なんですけどね。

 そう都合良くは行きません。



「…………ナユ、其処に帝国南部の地図が有る?」


「え~と……ああ、はい、此方等です」



 円卓に広げられたままのムフルィ湿原の地図を見て、ふと気になった事が有る。

 それを確認する為に円卓の上に置かれた箱の側に居るナユに声を掛けた。その箱から、レザンナさんが地図を取り出していたから。

 ナユは箱の中を見て南部域の地図を見付けてくれると手渡してくれた。有難う。


 その地図を広げて見る。

 テパルス湖森の南東にムフルィ湿原は有る。

 ただ、二ヶ所の距離はそれ程離れてはいないし、同じノノワールド子爵領内。テパルス湖森は領境上に股がる形で存在していますからね。


 でも、確認したかったのは、それではないんです。

 各々の位置に人指し指を置いたら、同じ様に地図上を滑らせる。

 テパルス湖森の東、ムフルィ湿原の東。

 その先にはラルカフ湾が有る。

 それを見てナユが眉根を顰める。



「ラルカフ湾……海が怪しいと?」


「“霧が出て”という条件に意識が行き易いけど……」


「霧は海の上(・・・)にも発生しますね」



 俺が態と(・・)途中で言葉を切ってフォルテを見ると直ぐに意図を察して、後を引き継いでくれる。

 今はナタリアが一緒だから天艇(前例)の事は言えません。

 だから、知識として知っている体を装います。

 俺が言わずにフォルテに任せたのは、俺に対する評価対策みたいなものです。



「テパルス湖森に出た霧が東側の海まで覆う程に広範囲だったのかは判らないが、もしも、ムフルィ湿原の方も海まで覆う程に広範囲だったとしたら……」


「巨影が直上に見えていた(・・・・・・・・)のは屈折(・・)ですか?」


「有り得ない事ではないと思う」



 俺の考えを汲み、エクレが仕組み(タネ)を口にする。

 勿論、飽く迄も可能性の一つでしかないのだけれど。考えられる可能性としては有り得ると言える。


 ──とは言え、それが正解だなんて事は俺自身が全く思ってもいないんですけどね。

 だってほら、海の上、或いは海の中に居るとしたら、足音が“ズシーン”って可笑しいですから。

 水音も混じっていないと話が合いません。


 ……ああ、そうか。霧が関わるから無意識に水辺だと思い込んでいたのかもしれない。

 足音を軸に考えると、平野(・・)かもしれない。

 水音が無いのなら水辺ではない。

 枝葉が揺れたり、木々が折れたりする音が無いのなら森林の近くでもない。

 岩の類いが砕けたり、崩れたりする音が無いのなら、岩が多い場所でもなくなる。

 残るのは、平野の様な地形。砂漠等も含まれるけど、帝国内には有るという話は聞いた事が有りません。


 ──という感じの話をレザンナさんが戻って来たから話してみました。驚き、納得し、感心されています。

 うん、ちょっとしくじったかもしれません。




 ナタリアはノノワールド子爵に挨拶に行ったので夜は俺達だけになります。

 はい、誰が好き好んで自ら近寄りますか。



「アルト様、ズゥマの方の言っていた匂いの事ですが、どの様に思われましたか?」


「あー……“甘い蜜(・・・)の様な匂い”ね」



 そう俺が答えるとナユは小さく頷く。

 ムフルィ湿原の目撃者の中にズゥマの女性が居た為、俺達は直に話を訊く事にした。

 アンを見て、顔を青くして緊張していたけど。

 俺達と出逢う前の以前のアンが色々と遣らかしていた名残が思い出した様に時々顔を見せてくれます。

 アンにすれば「見せなくていいから!」案件ですが。照れているアンが可愛いので俺達的には有りです。


 話を戻して。

 彼女の話によると、例の昼間に出る霧の中に居た時、微かにではあるけれど、蜜の様な匂いがしたらしい。

 “蜜の様な“という表現なのは仕方が無い事。

 少なくとも、彼女自身は嗅いだ事の無い匂い。

 しかし、ズゥマの嗅覚を侮ってはいけません。

 ある程度であれば、系統(・・)を絞り込めます。


 先ず、ムフルィ湿原のモンスターや植物の匂いは除外しました。彼女は半年以上、ノノワットで生活しながら周辺の棲息域で活動しています。当然、一通りの匂いは嗅いだ事が有ると考えたからです。

 勿論、ちゃんと抜けが無いかは確認しましたよ。


 それから、俺達の所有する品から幾つかを取り出して匂いを嗅いで貰いました。

 そう遣って類似する方向性の匂いを探した訳です。


 ──で、その結果、俺達にも未知の何かの匂いであるという事が判りました。

 要は所持品の中には該当する匂いは無かった訳です。

 しかし、方向性は絞れました。ただ、それが──



「まさか、あのホーンヴェノネクトの緋蜜(・・)とはね」



 ホーンヴェノネクトは俺達と倒した唯一のメナス。

 その戦利品である魔道具の“真蜂の蜜壺”。

 高さ30サニタ、最大直径20サニタの白磁っぽい、専用の蓋付きの壺型の魔道具。複製不可能な神造品。

 その中に有るのが“緋蜜”。文字通り緋色の蜂蜜。

 他の蜂蜜とは各が違う芳醇な香りと極上の甘さを持つ規格外品であり、無限に満ちる(・・・・・・)ので要注意品。

 まあ、御褒美的に時々使ってはいますけどね。


 そんなホーンヴェノネクトの緋蜜に近いんだそうで。勿論、緋蜜の方が上だと言われましたけどね。

 口止め料として彼女とレザンナさんには少量を譲渡。ナタリアにも後日──帝都に着いたら渡す予定です。



「アンさんとシルファに確認しましたが、同系の匂いを嗅いだ事は一度も無いそうです。ですが……」


「まあ、ホーンヴェノネクト(アレ)はメナス(特殊)だった訳だしね」



 あんなのが大量──ではないにしても、何体も居たら流石に俺達でも困────らないかもしれない。

 うん、フォルテ達は勿論、フロイドさん達も喜んでる姿しか思い浮かびません。文句は言うんですけどね。


 そんな事を、話していたナユも思い浮かべたみたいで目が合うと苦笑しました。



「私達は不参加でしたが……どうなのでしょうか?」


「1つでも格落ち(・・・)した存在なら大丈夫かな」


「……まだメナス(同格)は厳しいですか」


「まあ、相手にも因るけどね」



 ホーンヴェノネクトは超攻撃型だったから危険だけど防御型や耐久型のメナスとなら参戦は可能。

 流石に倒し切る事は現状では(・・・・)厳しいでしょうけど。

 原作(ゲーム)の後半時期には……可能になるかと。

 うん、改めて遣ってるなぁ……と思いました。

 今更、自重なんてしませんけどね。妻達なので。


 溜め息と共に逸れた思考(雑念)を吐き出す。



「それで、巨影の正体もメナス(同格)だと思いますか?」


「流石に情報が無さ過ぎるから何とも言えないかな」


「まあ、そうですよね……」



 そう言うと判っているから、ナユも苦笑する。

 まだそんなに経ってはいませんからね。


 しかし、本音を言えば、原作通り(俺の知る限りで)なら、居ない。

 だから、メナスである可能性は無い。

 ──と思いはしますが、現実は未知数ですからね。

 俺の知らない存在が居る可能性は十分に有ります。

 正直、「いや、まさか……」とは思いましたけどね。



「──とは言え、手掛かりが出来た事は大きい」


「二人の鼻(・)が指針に為りますね」



 そう思うけど、「フロイドさん達も一緒なら……」と言いはしません。どうなるかは判りませんから。


 しかも、巨影の目撃情報とホーンヴェノネクトとでは姿が違い過ぎますから蜂型(同種)とは限りません。

 ホーンヴェノネクトは歩きません。腕は有ったけど、脚は有りませんでしたから。

 だから、足音(・・)は無かった。

 その一点だけを見ても違うでしょうから。


 巨影の動きは、目撃情報の通りなら重量級。見た目が巨大だからという訳ではなくて、動きが、です。

 飛翔・浮遊し続けるホーンヴェノネクトとは真逆。

 ただ、甲虫の類いであれば、収納された翅が有る事も考えられますから、魔蟲系なのかもしれません。



「取り敢えず、明日の朝、ナタリアと合流したら実際にムフルィ湿原に行ってみよう。運が良ければ、更に何か手掛かりが見付かるかもしれないしね」


「フロイドさん達は頭を抱えられるでしょうね」


「俺達が悪い訳じゃないんだから不可抗力で」



 そう言いながら手紙を読んだフロイドさん達の反応を思い浮かべてナユと笑う。

 だってほら、これも人助けだし、冒険者の仕事だし、貴族の役目でも有りますからね。

 まあ、実際には言いはしませんけど。何しろ、そんな事をしたら“火に爆薬”なので。はい、燃える程度では済みたせんよ。だから絶対に言いません。

 俺は迂闊ではあっても、愚かではありませんから。



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