174話 霧中
俺達は最短距離で馬車を走らせて急いだ為、日没前にアールビーノ子爵領の領都であるアールバンナに到着。宿の確保をアン達に。アールビーノ子爵への面会と話をエクレとナタリアに任せて、俺達はギルドに。
予想はしていたけれど、ギルド内は人で溢れていて、ギルド職員の人達は走り回っています。
冒険者達は大人しくしていますが、何をするという訳でもないので居心地は悪そうです。ただ、必要と有って集められている為、勝手な行動も出来ません。
暇だからと酒を飲んだりする様な馬鹿な愚者の類いが一人も居ない辺りは社会性でしょうね。
異世界物の冒険者ギルドや酒場のイメージって絶対に西部開拓時代の作品の影響だと思うんです。
現実的には、その手の輩が放置されている社会の方が可笑しい訳ですから。モンスターの前に駆除されるのが社会的な流れとしては自然だと言えます。
それは兎も角として。誰かに話して、ギルド長に話を繋いで貰わないといけない状況なので偶々近くを通った職員の女性に声を掛けます。
忙しい所、申し訳無くは思いますけどね。
「少し宜しいですか?」
「申し訳御座いません、只今緊急事態により──え? えェエSランクっ!?」
今回の一件で何れだけ繰り返したか判りませんけど、不満や苛立ちを一切出す事無く笑顔を浮かべると姿勢を正して短期間で言い慣れたのだろう定型文での謝罪。
そんな丁寧な仕事振りを一撃で破壊したのが提示した俺の冒険者証でした。うん、いい表情です。
名前とかは見えなくても冒険者証の色でランクは判る仕様ですからね。流石はギルドの職員さん。
「た、直ちにギルド長の所に御案内致します!」
「忙しい所、済みません。御願いします」
「はいっ!」
ギルド職員なのに敬礼する女性。
その反応から、俺達が誰なのかも察したのでしょう。俺達が各国を経由して回っているという事は公ですし、帝国側にも訪問する意向は伝えて有りますから。
俺達に近い年齢でSランクの冒険者って、他には居るという話は聞きませんしね。該当者が少なければ直ぐに絞り込めるでしょう。
アンやティアが一緒だったら声を掛ける前に気付いたかもしれませんからね。
ただまあ、同時にギルド内の冒険者達からの視線にも晒されてしまう訳ですが。仕方が有りません。
ギルド長の所──応接室に案内されるでしょうから、気にしない方が精神衛生上は良いので。
「アールバンナのギルド長をしています、ミロドです。ウィンスワード卿、奥様方、御協力頂き感謝致します」
嘗ての厳しい経験を物語る傷が顔に残る四十代だろう少し強面の男性が丁寧に頭を下げる。
案内してきた女性を含めて同席する数名が倣う。
「いや、畏まらなくても……」とは言えない。
俺が貴族だから、ではなくて。
今回は両子爵からの要請によるものだからです。
まあ、貴族や国が絡まないとギルドも緊急依頼なんて出しませんからね。ギルドの独断で、とは行かないのが現実であり、一組織でしかない所です。
「ギャランで聞いた情報しか有りませんが、新しい事は何か判りましたか?」
「いいえ、消えた巨影の行方も不明なままです」
「テパルス湖森に霧が掛かる事は稀だと聞いています。その後も霧は出ているのですか?」
「はい、巨影こそ目撃されてはいませんが、今朝も霧は掛かっていました」
「朝に? 夜から朝に掛けてで、昼間にではなく?」
「そうです。昼間に霧が掛かったのは巨影が目撃された最初の一度だけで、その後は夜から朝に掛けてです」
「そうですか……まあ、それでも珍しい事でしたね?」
「ギルドの記録等を含めて調べましたが、少なくとも、この時期に霧が掛かったという記録は有りません」
「──となると、その霧も無関係とは言えないか……」
俺がミロドさんと話している間に職員さん達によって並べられた資料をフォルテ達が手分けをして目を通し、情報の要・不要を選り分けてくれます。
事前に欲しい情報、確認したい情報については一通り説明して有りますからね。
「実質的な被害や影響は?」
そう訊ねるとミロドさんは顔を顰める。
その反応だけで予想は付きます。だから聞きたくないという気持ちが一気に膨らみます。
訊いた以上は拒否も出来ませんけど。
「それが……全く出ていません」
「目撃された後、立ち入りを制限しているでしょうから冒険者の方に被害は無いにしても、棲息域である以上、モンスターに全く影響が無いというのは、正直、考え難い事ですが……成る程、混乱もする訳ですね」
「数人、或いは一つ二つのパーティーが目撃したのなら調査後に「何かの見間違い」と言えますが……」
「目撃者の数が多く、目撃された範囲が広い。見間違いという可能性は無いに等しい為、無視は出来ず、と」
「正直な所、皆様が来て下さって心強く思っています。何分、この様な事は私自身、冒険者の時にも無かった事。何をどうすればいいのかも判りませんので……」
「誰が貴男の立場であっても同じだと思います。これはそれだけ判らない事が多いですから」
肩を持つ訳でも、励ましている訳でも有りませんよ。本当にそう思っていますから。
勿論、それは両子爵にしても同じ事が言えますから。ミロドさんの責任を問う事は無いでしょう。
被害も影響も無いのであれば、それは良い事ですし、考えるべき事も減って動き易く為りますからね。
「テパルス湖森で目撃された巨影はその後は?」
「今の所は一切目撃されてはいません」
「巨影が目撃される前にテパルス湖森、その周辺一帯で何かしらの異変や違和感を感じたといった話は?」
「聞き取りをした限りでは有りません」
うーん……見事なまでに手掛かりが無いですね。
これがゲームのイベントだったら製作したメーカーにクレームが入りまくってる所でしょうね。
でも、現実では、こういった事は少なくはないので。今回は偶々モンスターや棲息域が関係していただけで。そうでないなら、何処ででも有り得る事です。
そういう事なら俺達も幾つか経験していますからね。焦りはしません。被害も影響も無ければ尚更です。
──という訳で俺もミロドさんとの会話を終わらせて資料を見る事にします。
まあ、確信に迫る様な情報は無いでしょうけどね。
ギルドに来たアンに案内されて宿に。
エクレ達もギルドに来ていたので一緒です。
アールビーノ子爵の話では、ノノワールド子爵の方も今回の事には頭を抱えているそうです。
ああ、この辺りはエクレ達からの情報です。今は直接会うと面倒臭くなりますからね。避けますとも。
「ペールドラシカン連峰群の方に調査は?」
「出してはいるそうですが、場所が場所なので……」
「まだ情報は入ってはいないか……」
ギルドが冒険者を集めているのは万が一に備えてで。冒険者を遣って調査をする為ではない。
勿論、調査はしているけれど、情報不足で動き方さえ決めかねているから、という理由が大きいと言えます。何も判らないままだと何が最善かも判りませんからね。ギルドはギルドで大変だと思います。
一方で、立ち入り禁止にした場所への調査ですから、主体・主導は領主である貴族の仕事になります。
テパルス湖森の場合は両子爵領に股がる為、何方等も動かなくてはいけないので連携もしています。
それは逆側となるペールドラシカン連峰群の調査でも同じだという事です。
まあ、テパルス湖森での目撃から今日までの間に両方の調査を終わらせる事は難しいでしょうね。
それが出来てしまう俺達が特別なだけです。
「今の所、ペールドラシカン連峰群の方は関係している可能性が低いから後回しにして。今夜、テパルス湖森に入って明日の昼間まで滞在して様子を見る」
そう方針を決め、メンバーの決め。
「先ずは俺一人で」と言う前に「アルト様?」と皆の無言の視線で飲み込みました。
うん。流石は我が妻達です。よく判ってます。
メレアさんが居たら説教付きになっていましたね。
話を戻して。
行くのは俺、アン、ティア、ナユの四人。
本当はアンは残したかったんですけどね。確認作業にズゥマの鼻は欠かせませんから。
待機組の数が多いのはメアリー様達の護衛という意味ではなくて、万が一に備えてです。
何が起きるのか判りませんからね。
そんな訳で遣って来ましたテパルス湖森。
うん、日が暮れていますし、今夜は雲が掛かっている事も有って夜景を楽しむ事も出来ません。残念。
1時間程、狩りをしながら軽く一回り。
アンとティアは兎も角、ナユも慣れたものです。
そんな妻達に誰がした? はい、俺ですね。
“魔除け”の効果を持った独自の結界魔法を展開。
その中に組み立て済み、床付きのテントを置く。
ええ、人目が無いのなら、一々テントを張るのは面倒ですからね。置くだけになる訳です。
そして、慣れてしまうと便利ですから──気付けば、一軒家も活用する様になります。流石に今の所は出番は無いんですけどね。
そのテントの中で温かいミルクティーとサンドイッチを口にしながら長い夜に向けて準備をする。
「普段の状態を知らないけど、これと言って特段異常が有る様には感じなかったな」
「草木にも異変は見られませんでしたし……」
「テパルス湖森に違和感を覚える臭いも有りません」
「……通常なら、見間違いと判断されている所ですね」
「だな」
こうして現場で調査をしてみても可笑しな所は無い。しかし、この状況こそが異常である事を示している。
テパルス湖森周辺で多数の目撃証言が出ている以上、何も無いという事だけは有り得ませんからね。
それなのに、何の手掛かりも無い。
これを異常と言わずに何と言うのか、という訳です。
「しかし、霧が関わっているとなると、幽霊船の一件を思い浮かべずには居られませんね」
「まあ、それ位しか共通点は無いしな……」
ナユの言葉に苦笑しながら同意する。
ただ、テパルス湖森は霧が発生し易い場所ではある。寧ろ、あまり霧が掛からないという方が不思議な位だ。勿論、その理由も地形に関係しているのだけれど。
「──とは言え、幽霊船の時とは違って、モンスターが関わっているんだから流石に違うのだろうけど」
「……アルト様、実はそう見えただけという事は?」
「…………アン、それは言わないで欲しかった」
ポロッとアンが言った一言に俺達は苦笑する。
正直、その可能性も有るとは考えていたから。
ただ、そうなると本当に幽霊船の時の様になる可能性というのが高まってきますからね。
考えたくはなかったんです。
それに気付いたアンが申し訳無さそうにするので頭を優しく撫でながら「気にするな」と励ます。
考えたくはなくても可能性自体は変わりませんから。アンの所為でも責任でも有りません。
……振りだった、というのは否めませんが。
「まあ、そうなった場合、どう説明をするのか、だな」
「そのままで、というのも難しいでしょうね……」
「“特殊なダンジョン”という説明はなぁ……」
有りか無しかで言えば、有りだとは思いますけどね。ダンジョン自体、謎が多い存在なので。
極論、「そういう物か」で納得して貰えます。
幽霊船の時も、そうでしたからね。
ただ、幽霊船の時の様に戦利品如何では面倒な話に。攻略をしたのが俺達なので文句は言われないにしても、物に因っては国家間の政治的な火種に成り得る可能性も十分に考えられますからね。
出来れば、何か有っても装備品だと楽なんですけど。装備品なら使わなければ判りませんから。
天艇アーヴァイルの類いだと死蔵は勿体無いので。
「──っ、アルト様」
「ん、漸く出たみたいだな」
森の様子を見てくれていたティアの反応で察した。
今回の鍵である、待っていた霧が出たという事を。
外に出てみると、煙る様に周囲が白く霞んでいる。
魔道具のランタンの明かりが届く範囲は10ミードも無いだろうか。思っていたよりも濃いみたいだ。
「アン、どんな感じだ?」
「んー……これと言って可笑しな臭いはしません」
「ティア、視界の方は?」
「霧が邪魔をしていますが……問題は無いかと」
「──となると、霧自体は自然の物なのか……」
ティアの視界が潰されたりしてはいないのであれば、この霧に特別な効果は無い事になる。
勿論、だからと言って無関係だとは限らないが。
少なくとも、この霧が巨影の存在を消したというのは考え難くなったかな。
まあ、視界を遮っているのは確かなんだけど。
「……アルト様、霧が深くなっていませんか?」
「ああ、そうみたいだな」
ナユの言う様に霧が濃く、深くなっている。
視界が既に5ミード先も見難くなっている。
それ自体は可笑しくはない。
可笑しいのは、その進行速度だ。
俺達が外に出てから、まだ5分と経っていないのに。霧は一気に濃さを増し、森を深く包み込む。
それはまるで、何等かの方法で意図しているかの様に思える程に急速に、だ。
「自然には無いとは言えないけど……」
「風も無く、急激に冷え込んでもいませんね」
そう寒がりのティアが言う様に、少しひんやりとする様に感じる程度で寒くはない。
だから、この霧の変化には引っ掛かりを覚える。
「それじゃあ、予定通りの順番で夜番をしよう」
「判りました。それでは私達は休みますね」
おやすみのキスをして三人はテントの中に戻る。
変化を見たい為、最初は俺が夜番に着く。
今回は一人ずつの為、イチャつく事はしません。
待機組となったフォルテ達に悪いですからね。
さて、それはそれとして。
明日の夜明けまでに何かしらの手掛かりを得られれば良いんですけど……どうなる事やら。




