173話 巨影
イグ村を発って、昼前にはアールビーノ子爵領の町の一つであるギャランに到着。
イグ村の村長からの書状を町長に。村の警備隊長からギャランの町の警備隊長への書状を届け、話をする。
何方等も書状を読んで、顔を青くしていました。
結論から言うと、バズパズハズは道中では見掛けず。俺達が予測した棲息域を掠めるルート上に痕跡は無し。まあ、そうだからと言っても移動はしていましたが。
ただ、ドゥーラッドゥー山脈に入ってからは別です。しっかりと痕跡が残っていました。
しかし、範囲としては極狭い一部にのみ。
ええ、一応は南北にも足を伸ばして調べていますよ。その分、到着するのに時間が掛かったので。
それでも、常人離れしている事は判っていますとも。だから、そんな視線は気にしません。慣れました。
「そ、それでは本当に拡氾が……」
「はい、起きています
。ですから、その調査の為に北の棲息域に向かいます。その間、一時的に立ち入り禁止にして頂けますか?」
「は、はい、それは勿論です!」
「宜しく御願いします」
「で、ですが、その……」
「判っています。既に入っている冒険者には遭遇すれば即時離脱する様に伝えますので書状を御願いします」
「す、直ぐに用意致します!」
町長さんが書状を準備してくれている間にギルドとは情報の交換と共有を行います。
町に居る冒険者と、離れた冒険者を除けば入っている冒険者の人数を推定ではありますが絞り込めます。
指標となる数字が有るのと無いのとでは大違いなので地味に大事な作業に為ります。
尚、今回の調査──北の棲息域には、メアリー様達は連れては行きません。ナタリアもです。
今回はナユを護衛として残します。町の方で対応する必要が出来た時の事を考えての人選です。
エクレを残すと違う意味で厄介事が出来そうなので。考えられる問題は避けるべきですからね。
あとは単純に効率と速度を重視したからです。
ギャランの北に有る棲息域“キビテの舌原”。
地形としては緩やかな起伏が波打つ様に広がる平原。しかし、固有種のキビテシダという幅1~3サニタ程で長さが1~3ミード程の細長い葉を垂れさせている木で葉が風に揺れて絡み合い、布を織るかの様に重なって、まるで傘を開いた様に覆っている為、見通しが悪い。
遠目には普通の木に見える為、油断していると実際に現地に入って驚くという話も少なくはない。
加えて、起伏の窪地には泉や泥沼が有り、芝生の様に見える群生草ターフィアが絡み合っていて覆い隠す事も有る為、要注意。
更に、地中に棲むモンスターも複数居て、この場所の足場は安全性の確保が難しいんだそうです。
つまり、棲息域全体が天然の罠といった状態。
まあ、俺達にとっては気にも為りませんけどね。
「アルト様、バズパズハズの数だけが過剰になっている様子は見られません」
「拡氾が起きる要因は増えずによるものではないか」
ティアの言葉を聞き、可能性を一つ消す。
勿論、拡氾の要因としては有り得る事なのだけれど、少なくとも今回は違う、という事です。
拡氾そのものの発生するメカニズムは不明ですから。それはそれ、これはこれと分けて考えます。
キビテの舌原に入ってからの印象から、棲息しているモンスター達が凶暴化しているといった事も無いので、棲息域そのものに要因が有るとも考え難いです。
…………あれ? これって、手詰まってない?
「アルト様、戻りました!」
「御帰り。どうだった?」
「棲息種は一通り狩ってきました!」
「コレと言って違和感は有りませんでしたね」
狩りを終えて生き生きとしたアンとオリビアから話を聞きながら二人が狩った獲物をチェックする。
実は、今では魔法の道具袋に収納したままでも状態を確認する事が出来る様になっています。地味な事ですが意外と便利だったりする技術なんですよ。
一回りして確認しましたけど、特に異常は見られず。新たにバズパズハズを始め、他のモンスターが棲息域外へと移動しようとする様子も見られず。
結論としては、拡氾は起きてはいたけど、影響が出る前に失敗した、と。そういう事になるのかな。
まあ、大事に成らずに済んで良かったと言えます。
「──ん? 何か町の雰囲気が違わないか?」
「確かに……騒付いているみたいですね」
元々、拡氾の件で騒付いてはいましたが、その時とは様子が違う様に思えるのは俺だけではなかった。
取り敢えず、調査の報告も有るので冒険者ギルドに。
「アルト様」
入った瞬間にナユが此方等に足早に遣って来た。
その顔に「面倒な事になりました」と書いてある様に思ったのは俺だけではなかったみたいです。後ろに居るフォルテ達からも「またですか?」と言いた気な気配が漂ってきていますからね。
でも、訊かない訳にはいかないので訊きます。
本当は訊きたくはないんですけどね。
「何か有った?」
「皆様が調査に向かわれている間にマヤングンの街から使者が遣って来ました」
マヤングンはギャランから南東に有る要所。
アールビーノ子爵領の北部の交通・物流の拠点となる領内第三の規模を誇る街。
其処からの使者となると、相応の厄介事の予感。
やっぱり、訊きたくないなぁ……
「南のノノワールド子爵領との領境付近で未確認の巨大モンスターが目撃されたそうです」
そうナユが言うとフォルテ達は驚き──息を飲む。
知っているからこそ、その可能性を思い浮かべる。
まあ、皆が心配している、ソレがメナスである可能性は無いんですけどね。
俺が知っている範囲では、ですけど。
「未確認なのは兎も角として、巨大というのなら、今も存在は捕捉し続けているのか?」
「いいえ、見失ったそうです」
「見失った?」
確か、アールビーノ子爵領とノノワールド子爵領との領境は西から東へと緩やかに下る丘陵地。下った東側は緩やかに上り下りを繰り返しながら海に向け下る。
その為、見失うという事は考え難い。
──となると、西側か。
ダルタルモア帝国の南東部は半島になっている。その半島の中央に南北に横たわり、東西を分断しているのがペールドラシカン連峰群。
百を越える聳え立つ険しい山々は人が容易に立ち入る事は出来ず、地元では古くから信仰の対象にもなる程、見た目にも存在感を放っている。
「アルト様、残念ですがペールドラシカン連峰群の方に向かった訳ではないそうです」
「……まさか、消えた?」
「はい。深い霧が出た後に忽然として、だそうです」
俺が考えている事を的確に読み取って話すナユ。
まあ、既にナユ自身が通った思考だからでしょう。
この話を聞いて、どう考えるのか。
経験しているから、思考の流れも読める訳です。
だから、ナユも無駄な遣り取りは省いてくれます。
「目撃されたのは領境に跨がる“テパルス湖森”です」
テパルス湖森。大小二十三の湖・泉が有りる巨大森。一年中、様々な草木が花を咲かせる美しい場所だけど、棲息域なので観光地にはなってはいません。外部からは普通の広大な森にしか見えないそうですから。
つまり、その美しさは入らなければ見られない。
その為、護衛を兼ねた案内役を生業にしている在住の冒険者達も居るそうです。
観光地ではないけど、その珍しさ故に訪れる旅行客は絶えないんだそうです。
観光地と言わないのは自己責任だからです。
巨大な木々で出来ているという事も無く、高い物でも15ミード程だそうです。
そんなテパルス湖森なので、巨大とされるサイズなら見失うという事は考え難い訳です。
しかし、現実には見失った訳ですから……ねぇ?
もうね、【直感】が「来たよ来たね来ましたよ!」とテンション爆上げしているのが……帰りたい。
──という俺の胸中を察してか、ナユが手を握る。
はい、その目が「逃がしません」と言っています。
「未確認という事ですが、正確には姿を目視したという訳ではなく、霧の中に巨影を見たそうです」
「ああ、成る程。つまり、正しく未確認な訳だ」
新発見の、という意味ではなくて、どんな姿なのかも確認する事が出来てはいない、と。
霧の中の巨影、ねぇ……
何処ぞの幽霊船騒動を思い出す話です。
「目撃されたのは真っ昼間だそうです」
「昼間? テパルス湖森って普段から霧が出るの?」
「いいえ、そんな話は有りません。霧が出ても夜から朝に掛けてですし、風向きの関係で長く掛かるという事も滅多に無いそうです」
「稀になら有るのね」
「ですが、その条件は今回は当て填まらないそうです」
ナユの説明に疑問を持ったアンが割り込む。
ただ、それは俺や他の皆にしても懐いた疑問なので。ナユも邪険にしたりはせずに答える。
「昼間という事なら周囲の高い山等から霧に映り込んだ影という可能性も無いという訳か……」
「はい。ですが、目撃された巨影は少なく見積もっても30ミード以上は有ったそうです」
「目撃者は多数?」
「テパルス湖森、その周辺は勿論、遠目にも目撃をした人達は居るそうです」
「角度とかは関係無しか……で、足跡は?」
「有りません。足音と振動は有ったそうですが」
「……どういう事?」
「それが解れば誰も苦労はしていません」
眉根を顰めるアンの問いにナユが溜め息で返す。
その通り。解れば苦労はしないよな~。
「それで両子爵から緊急の依頼が出ました。依頼対象は近隣全てのBランク以上の冒険者にです」
「──って事は受けない訳にはいかないな」
そう俺が言うとギルド内から歓声が上がった。
まあ、事情を聞いてもナユの一存では引き受けるとは言えませんからね。今はメアリー様達やナタリアの事も有りますから。俺達を待っていたのも納得です。
そして、妻として俺に丸投げしたと。
因みに、俺達はSランクです。まあ、実力や実績的に考えたとしたら、それ以上でも可笑しくは有りませんが面倒事を避ける為に昇級申請をしていません。Sランク以上になると自主申請制なので有り難いです。
仕事を滞り無く、終わらせる為に必要は事は?
取り敢えず、一つ一つ片付ける事です。
──という訳で、先ずはキビテ舌原の調査報告から。現状、直ぐには再び拡氾は起きないと思います。
その事をラブラック子爵とイグ村にも伝えて貰う様に手配をしたら直ぐにギャランを発ちます。
目指すはテパルス湖森です。
「悪いな、ナタリア。付き合わせてしまう事になって」
「御兄様、御気に為さらずに。寧ろ、光栄な事です!」
気を遣って……ではない事は目を見れば判る。
判るから、「その方が良かったなぁ……」と思う。
俺達が去った後、ナタリアが何を語るのか。
考えただけで億劫になりますからねぇ……
だから、考えない様にします。精神衛生上ね。
「ナユ、目撃された影の形は?」
「明確な情報では有りませんが、二腕、或いは、前脚は二脚という事だけです」
「頭部に関しては? 目が光っていたとか」
「いいえ、有りません。肩から上は霧の中に隠れていて確認出来無かった様なので」
「だから、30ミード以上なのか」
「それから尾や翼の有無も判りません。体型は丸形とも山形だったとも言われているみたいですが……」
「霧の中だからなぁ……足音の方は?」
「一定の間隔で、ズシーン……ズシーン……と」
「その間隔は?」
「10秒には満たない間隔だそうです」
「……随分と緩慢な動きだな。亀か?」
「腕に見えたのは頭だったと?」
「いや、普通の亀の甲羅を山形にして、其処から二腕を生やしてしまえば、それっぽくなるかなと……」
そうナユとの会話の流れで言うと皆が「あー……」と納得した反応を見せる。
うん、冗談だからね? そんな奴、俺は知らない。
まあ、俺が知らないだけで、居ないとも言えない。
だから、ある意味では現実ならではの面白さだと思う事だったりもします。
不安な人々の気持ちを考えると不謹慎なんですけど。命懸けだから楽しむ位は許容して欲しい所です。
「それにしても……やはり、アルト様ですね」
「訊きたくないけど、それはどういう意味で?」
「このままズルズルと長引きそうだなぁ……と」
「それな。正直、俺も嫌な予感がしてる」
「……メレアさんが怒りますね……」
「もし、テパルス湖森で問題が片付きそうになかったら向こうに連絡しないとなぁ……」
「予定は未定だから」なんて言えません。
そんな愚勇、俺には有りませんよ。
ある意味、俺達にとっては未確認の巨大モンスターを相手にするよりも難敵が我が家には居ますからね。
勿論、口にはしません。全員一致だとしてもです。
“口は災いの門”と言いますからね。




