172話 拡氾
アスタラの月、24日。
朝一で村を出て残っていた南の棲息域の奥を調査し、昼前には村へと戻ってきた。
氾濫に関しては、異常に増加していたマッドディグとラッツアントを狩り、減らした事で解決した。
──が、やはり、俺達は引きが強い様です。
「森の奥に、ダッ、ダンジョンがですかっ!?」
話を聞いた村長さんの第一声は驚愕と歓喜。
まあ、単なる棲息域よりもダンジョンが有る方が人は集まり易いですからね。
報告に立ち合っている村人達や冒険者達からも同様の反応が見られます。盛り上がりますよね~。
ダンジョンはナユ達の見立てでは、Dランクとの事。攻略しても良かったんですけど、そうも行かない事情が有ったので放置しました。
ああ、因みにですが、今回の氾濫の原因です。
何故、判るのか?
それはダンジョンからマッドディグとラッツアントが少しずつですが出て来ていたからです。
恐らくはですが、ダンジョンが出入口を開けた際に、一気に溢れ出したのでしょうね。
現在の様子では氾濫の可能性は低いと思います。
冒険者達も攻略に入るでしょうから。
だから、喜んでいる所に水を差す様ですが悪い報告もしなければ為りません。
「それと森の奥で“バズパズハズ”を確認しました」
そう言うと、ピタリと静まり返りました。
皆さん、石化したかの様に。
一部の変な格好の人達は見ない事にします。見たら、思わず吹き出しそうですから。
バズパズハズは帝国の一部のみに棲息する固有種で、見た目は兎の頭に手長猿の身体を付けた様な姿。
成体の体長は1~2ミード程。ですが、手足や背筋を伸ばせば三倍近くになります。つまり、リーチが長く、森の中だと機動力も高い訳です。
ああ、それと腕と胴体の間に皮膜が有り、滑空が可能だったりします。小さいと可愛いんでしょうけど、子供サイズが、となるとねぇ……
まあ、群れの場合の危険度を考慮された上での評価がCランクなので、単体としてならDランクの中でも下位といった感じでしょうか。
それでも一般人には十分な脅威では有りますからね。決して侮っていい相手ではないです。
だから、村長さん達の反応は当然と言えば当然。
しかし、それだけではないんですよね~。
「……ァ、あの、それはつまり……」
「ええ、拡氾が起きている、という事です」
そう言った途端に場は騒がしくなる。
まあ、そうなるのも無理も無いのでしょうね。俺達は当事者ではないので客観的に考えていますが、彼等には生活を──今後の人生を左右する事なので。
”拡氾“とは、氾濫に継ぐ厄介な事象。
多くのモンスターは棲息域を出ません。出ても近場で発見されて駆除されます。
海が特殊なだけで、魔鳥類でさえ、棲息域から離れるという事は稀な事だったりします。
そんなモンスターの規則性──本能から外れる行動が拡氾と呼ばれる、棲息域外への移住です。
生まれ育った地を離れる。
人の価値観や感覚とすれば可笑しくはない事ですが、モンスターにとっては有り得ない事だったりします。
何故なら、他の棲息域までの移動中のリスクは勿論、移動した先の棲息域が良いかは判りませんし、生存競争という意味では新参者ですから過酷な状況に。
そこまでする価値は無いというのが学術的な見解。
それでも、拡氾は起きます。
嘗ては、「氾濫の様に過剰・過密となった事が原因で外に出るのでは?」と云われていましたが、それは調査された事で今では否定されています。
原因は定かでは有りませんが、モンスターの本能で、棲息域の、種族的な多様性を保つ為の特性だというのが現在の主流の考え方です。
はい、まだ解明されてはいません。
──で、この拡氾が起きると、一時的にですが当該の棲息域は荒れます。ああいえ、正確に言えば棲息域内のモンスター達が狂暴化します。
そうです。暢気にダンジョンの出現を喜んでいる場合ではないんですよ、これが。
「確認されたバズパズハズは1体だけですが、先駆けの可能性も考えられます。ですから、私達は東南東に有る棲息域を経由してギャランに向かいます」
「わ、判りました。宜しく御願いします」
近隣に存在するバズパズハズの棲息域はイグ村の有るラブラック子爵領とドゥーラッドゥー山脈を挟んだ東、アールビーノ子爵領のギャランの北の棲息域だけ。
何処から来たのかが直ぐに判るモンスターだった事は不幸中の幸いと言うべきなんですかね。
それはそれとして。
東南東の棲息域にも遣って来ている可能性が有るし、近場だからこそ有無を確認しなくてはならない。それも出来る限り迅速に。可能なら狩ってしまう方が良い。
それを村長さん達も判ってくれているので俺の言葉に意見はせず、頭を下げて頼み込む。
個人的には、「これ位、あっさりと納得してくれると助かるんだけどなぁ……」と。
俺を悩ませる事に対して思う。
直ぐに動きたい所ですが、遣るべき事は遣っておく。そうしないと逆に手間が掛かりますからね。
「それでは其方等は宜しく御願いします」
「はい、皆様も御気を付けて」
村長に手紙を渡し、俺達は村を発つ。
手紙はラブラック子爵に宛てた物。簡単に今回の件に関しての概要と経緯が書いて有ります。
ナタリアの書いた物と、俺とエクレの連名入りの物。念の為に、二通用意しました。
これでラブラック子爵も直ぐに動いてくれる事でしょう。動かなかったら、色々と言われますからね。
別に脅したりはしていませんからね?
因みに手紙を届けてくれるのは俺達が助けた冒険者で最も馬の扱いに長けている人。村に駐在するラブラック子爵の騎士達よりも上手いそうです。
ああ、その騎士達ですが冒険者達が棲息域に入る前に氾濫の調査に入って負傷していました。
別に彼等が弱いという訳ではなく、氾濫では死傷する可能性が高いというだけ。
それと彼等にしても村長さん達にしても氾濫の規模が想定していた以上だった、という事です。
寧ろ、死者を出さなかっただけでも上出来ですから。その対処が間違っていたとは思いません。
「……此方等にはバズパズハズの姿は有りませんね」
「──となると、移動経路は迂回しているのか」
棲息域の調査を終えたティアの言葉を聞き、考える。
バズパズハズを発見した棲息域から、ギャランの北の棲息域を直線で結べば、この棲息域が真ん中に有る。
真っ直ぐに移動して来たのなら、此処に何体か居ても可笑しくはない。居る方が自然なのだから。
しかし、実際にはティアが探索して見付けられないのだから居ない訳です。
勿論、此処のモンスター達に敗れ、全滅した可能性も考えられはする訳ですが……低いでしょう。
拡氾により、一度外から別の種のモンスターが入れば棲息域のモンスター達は狂暴化します。それは暫くの間継続する事が知られています。
ですが、それらしい様子は見られません。
バズパズハズを発見した棲息域は氾濫と重なった事も有って、判別が難しい所でしたけど。
此処に限れば落ち着いていると思います。
「…………あの、アルト様……」
「ああうん、判ってる」
言い難そうなティアの言葉の続きを察し、汲み取る。
バズパズハズは居なかったけど、別行動中のアン達がテンション高めで狩っていますからねぇ……
耳を澄まさなくても静かな筈の棲息域が賑やかです。まあ、派手な攻撃音や破壊音がしない辺りは流石です。そういう風に魔改造していますからね。
尚、ナタリアが一緒なので三組に分かれて行動中。
ティアの力を見られたら面倒ですからね。
皆と合流し、昼食を取りながら話し合います。
「迂回しているとなると、北の棲息域にも行っていると考えた方がいいのでしょうか?」
「いや、それなら発見したのが南の棲息域だったという事が可笑しくなる」
「拡氾の性質上、外に出て行くモンスター達が移住先の棲息域を選ぶという事は無い様ですよ」
「──という事は、南に迂回しているって事?」
「そうなるな」
アンの言葉を肯定し、地図の上を指でなぞる。
ギャランの北の棲息域から、ドゥーラッドゥー山脈を南下して、この棲息域を避ける様にして西へ。
其処から北に向かうと発見した棲息域となる。
──が、正直、地図上で見ても顔を顰めたくなる。
棲息域の外に出たモンスターというのは無駄な行動を取らない傾向が強い。
例えば、ウィンスワード領のアロハントサウルス。
開拓する過程での調査によって、アレは冬に棲息域のアロハイワ山脈を降りる事が判明しました。
それはモンスターの生態研究学界では驚きの事実で、新たに色々な調査が各地で始まりました。
付随して氾濫や拡氾に関する研究──新情報も増え、停滞していた学界が活性化しました。
──話を戻して。
アロハントサウルスは棲息域を出ますが、出てからは山を降る以外の行動は殆ど見られません。
それは他のモンスターにしても同様。
棲息域を出ると、一様に同じ行動をするんです。
その辺りの研究・解明は今後になりますが。
ドゥーラッドゥー山脈を南下しているのなら、只管に南下して行くだけになる筈です。
こんな風な動き方はしない、と考えられています。
まだ未確認なだけで新発見かもしれませんが。
個人的にも違和感が否めません。
「……どう思われますか?」
「……棲息域同士を結ぶと、確かに此処を経由する」
ギャランの北の棲息域から、発見した棲息域へと指を動かせば、確かに通る事になる。
避けるのであれば、迂回する事になるが、その行動をモンスターが取るとは考え難い。
しかし、実際には発見した訳だ。それも俺達自身が。
「だが、真っ直ぐに──棲息域の北端から北端を結ぶとギリギリだが、此処を掠める様に避ける」
そう、地図上に線を一本引いたとしたなら。
此処に入らずに発見した棲息域に辿り着く。
ただ、それは本当に奇跡にも等しい可能性だ。
何しろ、目の前の棲息域を無視するのだから。
果たして、そんな事が本当に起きるのか?
そんな疑問を俺達は懐かずには居られなかった。
──とは言え、その辺りの事は今考えても仕方無い。考えた所で、何かが変わる訳ではないのだから。
「北の棲息域はラブラック子爵が対処してくれる筈だ。だから、俺達はこのままギャランを目指す」
「では、念の為に、この進路上を?」
「ドゥーラッドゥー山脈を抜けるまではな。その道中でバズパズハズと遭遇すれば確定、しなければ要調査だ」
「……何事も無ければ良いのですが……」
ナユ、そういう振りは要らないから。
多分、ナタリア以外は全員が思っている事だけどね。言ったら、実際にそうなりそうだから。
──とは言え、杞憂で済みそうにもない事をドヤ顔で告げている【直感】が恨めしい。
どうせなら、どうなるのかまで教えて欲しい。
まあ、【予知】や【予言】の類いのスキルは未確認。有ったとしても個人的には要らない。
だって、それは可能性であって、確定ではないから。
そうだと思い込む事の方が恐いですからね。
何より、自分自身で考える力を養う事。
これが何よりも可能性を切り開く手段だと思うので。そうしなくなるスキルは要りません。
消耗品型の魔道具だったら、有りかもしれませんね。それなら情報の一つに過ぎませんから。




