171話 氾濫
イーシャムさんの村を助ける為、俺達は急いだ。
どういった事情なのかは道中で聞く事にして。
イーシャムさんによると、彼の生まれ育ったイグ村は領境近くに有る農村。人口は500人程だが長閑で特に問題らしい問題も無い、何も珍しくもない村。
外に憧れ、村を出る者も居るが、それは個人の自由。戻ってくれば温かく迎えてくれる。
まあ、不遜な態度なら叩き出されるそうだ。
因みに、それはイグ村だけではなく、大抵の村では、同じ様な感じなんだそうだ。
村人からしたら、そうなるのも頷ける話です。
話を戻して。
そのイグ村ですが、地図で見れば領境に近くて立地が良さそうですが、実は山間に有る為、拡張は困難だし、街道からも外れているので今以上の発展は期待出来無いというのが実状なんだそうです。
ああ、別に、そういった理由で助けて欲しいという訳では有りません。
農村ですが、周囲には棲息域が有る為、村人は勿論、冒険者も狩りに入りに訪れます。
その冒険者相手の商売で村の収入は安定しているので村人としては現状維持で十分なんだそうです。
身の丈に合った生活水準って大事な事ですよね~。
──で、今回の問題というのはモンスターの氾濫。
水が器から溢れ出すかの様にモンスターが棲息域から出て来る為、そう形容される自然災害。
ええ、そうなんです。稀な事では有りますが棲息域が有る場所なら何処ででも起こり得る事なんです。
──とは言え、その予兆は有ります。
それを見逃したり、見落とさなければ早期に対処したり事前に準備する事は難しくは有りません。
それでは、今回のイグ村の氾濫の場合は?
突発的に起きる物であり、その原因や条件等は未だに解明されてはいません。
ただ、通常の氾濫とは違い、溢れ出すモンスター達の種類は多くても三種類まで。
その為、異常発生・異常繁殖説が最有力です。
「“マッドディグ”と“ラッツアント”?」
「マッドディグは体長50サニタから2ミード程ですが地面を掘り、泥沼を作ります
その泥沼に潜み、近付いた獲物を狩ります
成長する程に泥沼を拡張させる為、厄介です」
そう言いながら、簡単な姿を紙に描いてくれるナユ。ただ、どう見てもカバです。モグラの要素は?
……あ、脚先に巨大な爪が有るのか。
「ラッツアントは体長30サニタ前後です
初心者でも容易に狩れる程度ですが、非常に素早いので逃げられると追跡は困難……
地中を掘り進めて巣を作る為、地面が崩落する事が多々有るので棲息域では足元には要注意です」
そう言って見せられたのは……え? これ?
Gに……いや、蟻を潰して近付けた様な……
そんな姿をしている。ネズミの要素は?
……色が鼠色な訳ね。
…………状況が違えば、詰めたい所です。
イーシャムさんに聞いたモンスターの種類をナユから詳しく聞き、情報を共有する。
その上で、各々が頭の中で戦い方を構築。
一々俺が指示しなくても出来るから、いざという時も個々で即応する事が可能。
まあ、そういう風に指導しましたからね。
ただ、話を聞きながら、ふと考える。
魔蟲系や魔植物系等であれば異常繁殖・異常発生するというのは頷けます。
しかし、マッドディグみたいな魔獣系や魔鳥系等が、となると違和感しか有りません。
モンスターは生態系の有る生物ですからね。棲息域で突然増殖したりはしませんから。
ですが、氾濫が起きている事は事実なので、世界には俺達の知らない謎が有るのでしょうね。
「イ、イーシャム、此方等の方々は?」
「ナタリア・デュール・フォン・グリーナムです
巡礼中の身ですが、御話を聞き御力に成れればと思い、遣って参りました」
「そ、それは大変、あ、有難う御座います」
俺達を見て、戸惑う村人達を代表する形で声を発した村長さんにナタリアが丁寧に挨拶をする。
貴族の、それも聖職者を前にすれば下手な文句なんて言えませんからね。
村長さんの可笑しな言葉も仕方が有りません。
村人達も慌てて頭を下げたりしていますから。流石は貴族であり聖職者、といった所ですね。
まあ、俺達としては身バレさえしなければいいので。今回はナタリアに前に出て貰いました。
ナユに話し、ナタリアに。当然、イーシャムさんには聴こえない様に、です。
幸いな事に、イーシャムさんは俺達の事を確認したりはしませんでしたからね。ええ、訊かれてもいないのに自分達から名乗りはしませんよ。面倒臭いので。
ナユをナタリアに付け、俺達は分かれて行動。
先ずは村の状態等を直に確認したいからです。
フロイドさん達が居ない為、メアリー様達はティアが一緒に居る事に。帝国内ではエルフは珍しいので。
ざっとですが、一通りの確認を終えて、俺達が滞在で使う宿に戻ると、食堂を借りて話し合いをします。
「今回、氾濫が起きているのは村の南側の棲息域です」
「西南西と北北東にも有るんだっけ?」
「少し離れますが、東南東にも有るそうです」
「冒険者相手の商売をするのには良い場所な訳ね」
出鼻を挫くアンの質問にナユは丁寧に答える。
アンにしても妻同士だからだし、気にはしない。
「普段であれば冒険者も多く滞在しているそうですが、間が悪いと言いますうか……
何でも、帝国に国賓の方々が来訪中だそうです
それを目当てに、帝都に移動したばかりだそうです」
そうナユが苦笑しながら言った。
俺達が思わず黙ってしまうのは仕方が無い事です。
うん、どっから情報が漏れたのかな?
いやまあ、それは当然、あの船に乗っていた人達からなんでしょうけどね。伝わるのが早過ぎですって。
そんな俺達の気持ちを察し、ナユが咳払い。
俺達も切り替えます。
「──という訳で、滞在していた冒険者は31人
その全員が時間稼ぎの為に入りましたが……」
「……一人も戻って来ては居ない、か」
「はい、現時点では生死は不明です
ただ、私個人の意見としては生存している可能性自体は高いとは思っています
当該の棲息域のモンスターは毒性等は低いので」
「なら、負傷してか、数に押されて動けないって所か」
「はい、ですから、掃討と同時に救助も必要です」
「……フォルテとティアは冒険者の救助を最優先に
俺、アン、エクレは単独で棲息域の奥まで攻める
ナユとオリビアは村に違い場所で待ち構えて防衛
クリスはメアリー達と一緒にナタリアを補佐してくれ
ナタリアは救助した冒険者達の治療を頼む」
「御任せ下さい、御兄様」
「……それ、村人の前では言わない様にね?」
「出来るだけの努力は致します」
ナユの夫だから、という理由で、そう呼ばれる。
いやまあ、悪い気はしませんけどね。目立つので。
手早く話し合いを終えて行動に移ります。
取り敢えず、今日は日没までになります。
あと、3時間ちょっとですかね。それでも、少しでも数を減らし、冒険者を救助したい所です。
「──っと、三人か……」
ラッツアントの群れ──三十匹程を片付けていた時、離れた場所に人の気配を捕捉する。
フォルテ達に連絡し、その場に向かう。
……え? 何で? 急に移動し始めた?
…………──あっ! 地下からか!
三人の後方に突如現れた魔力反応──ラッツアントの反応に驚きつつも納得。
勿論、急ぎますけどね。
「──っと、生きてますね?」
「……え? あっ、はいっ、生きてますっ!」
ラッツアントを一掃して声を掛けると涙目の女性から少し気の抜ける様な反応が返ってきた。
まあ、一緒に居た男性──特に女性が肩を貸している足を負傷した男性は「俺を置いて行け!」という台詞を女性と、もう一人の男性に言っていたので、恥ずかしい気持ちも有るのでしょうね。顔が赤いです。
そして、そんな切羽詰まった状況で絶体絶命──から一転して助かったら……思考も狂いますよね。
でもまあ、死にそうにはないというだけで十分です。生きてさえいれば、助けられますから。
男性の足を治療──応急処置なので失血した分までは補えないので戦えはしませんし、許可もしません。
救助が向かっている事を伝え、村の方に歩いて貰い、モンスター避けの匂袋を渡します。
俺の特製品なので効果は確かです。人の嗅覚では先ず判りませんから嗅いでも無駄ですよ。
そう言ったら、女性が顔を真っ赤にしていました。
気持ちは判りますけどね。俺達も遣りますから。
そんなこんなで俺は三人と別れ、奥へと向かいます。
日没──と言うか、村に戻ってきた時には既に夜空に月が輝いていました。
そして、俺が一番最後でした。
勿論、それには理由が有ります。
「これはまた立派な“エブォーラ”ですね……」
村の広場──では目立つので、宿の裏手で取り出した遅くなった理由を見てナユが感嘆の声を漏らす。
エブォーラは帝国南部域の固有種の魔草のモンスターであり、その見た目は椰子の木。
先端──頭部に葉の鬣と巨口を持つ。目は無く、幹に見える部分が首に当たる。そして、地中に本体──胴が埋まっている。だからまあ、動けませんけどね。
──で、このエブォーラの胴は根菜の様な物で可食。帝国では高級食材として知られています。
但し、普通のエブォーラは地上部分が2~3ミード。胴は長さ50サニタ程、太さ10サニタ程です。
しかし、俺の獲ってきたエブォーラは地上10ミード超えであり、胴は長さ3ミード、太さ1ミードを超える過去最大となる物です。
ですが、時間が掛かったのは大きさでは有りません。その倒し方で可食が決まるからです。
エブォーラは身体に傷が付くと体液──まあ、樹液と思って貰えばいいです。それが流れ出します。当然だと言えば当然なんですけど、そうすると途端に毒素が出て食べられなくなります。モンスターあるあるですね。
そんなエブォーラを食べる為には、傷付けずに根元の土を掘り、本体を剥き出しにして、塩水を掛ける。
それだけで死にます。まあ、サイズが大きいと掛ける程度では無理でしたけどね。
……簡単? エブォーラも攻撃はしてきますよ?
暴れられたら、それで傷が付きますしね。
しかも、眠りや麻痺は効かないというから厄介です。それでも、目の前にしたら欲が出ますからね。
はい、1時間程の苦闘の成果が、コレです。
「アルト様、調理致しましょうか?」
「俺達だけで食べると恨まれるからね~」
「ふふっ、それもそうですね」
そう言うとナユがクスクスと笑う。他の皆もね。
見せたのは遅くなった理由──証拠品としてなので、楽しみは後に取って置きましょう。
御風呂と食事を済ませ、宿の食堂で報告を聞きます。
結果から言えば、冒険者は全員を救助し、治療済み。重傷者が6人居ましたが、命に別状は無く、後遺症等も無いので暫しの休養で冒険者として復帰可能と。
また、ティアの調査でも村から近い範囲に氾濫対象のモンスター二種の姿は確認出来無いそうです。
「一先ずは落ち着いたと思っていいのかな?」
何処でも起こり得る事だとは言え、俺は初めてで、フォルテ達も未経験。
氾濫の唯一の経験者がナユなので、ナユに訊ねる。
「そうですね
明日、今日は行けなかった奥まで調査をしてからですが村への危険は無くなったかと」
村に有る冒険者ギルドの支部から借りてきた棲息域の地図を写した地図上に赤のインクで線を引いた所よりも奥を指差しながらナユが俺を見る。
はい、判ってます。明日は皆で行きましょう。
そう言えば、狩りが出来無かった面々が喜ぶ。
うん、見事に肉食系だね。
「結局の所、氾濫の原因って何だったの?」
状況が落ち着いたという事も有って、肩の力を抜いたアンが頭の上で腕を組んで伸ばしながら訊く。
ナユが視線で「一応、人目に付く場所ですからね」と注意をしながら、それに答える。
「それを特定するのには情報が足りませんね
私達は此処の事は一般的な程度でしか知りません
ですから、比較も出来ません」
「比較が出来無いと違いは判らないからな
流石に原因究明の為に留まる訳には行かないしな」
「あー……」
ナユの補足をする様に言えば、アンが察した。
氾濫の研究は何処の国でも進んではいない。
遣っていないという訳ではなくて、殆ど進んでいないというのが正しい。
それだけ、氾濫というのは謎が多い現象だからだ。
だから、研究をするならメルーディアに戻ってから。帝国の、小さな村に留まって遣る事ではない。
尤も、それは一般論ではなく、“俺が”と付くから。
一般的な研究者なら実際に氾濫が起きた場所で研究を遣るべきなんですけどね。
少なくとも、氾濫の研究は急を要する事ではないので俺達が滞在する理由には為りません。
個人的にはパーティーなんかで滞在を強いられる方が意味が判りませんけどね。
「今回は縁が無かったという事で」で済ませて!
──と言うか、察して欲しい! マジで!
──なんて事を、思う自分の姿が、近い未来の事だと思えるから、マジで憂鬱です。
そんな事にはさせない為のナタリアという盾なので。しっかりと受け止めて欲しいものです。
尚、ナタリアとメアリー様達は一足先に就寝。
四人共、頑張ってくれましたからね。
はい、ちゃんと判っていますとも。
頑張ってくれたのはフォルテ達もです。だから、俺も夫として妻達を労います。
妻達も俺を労ってくれますからね。
夫婦円満なのは良い事です。




