170話 魔犬
ナタリアを助けた後、無事に街に到着し、一泊。
領境の街という事でブルルブーラ伯爵が出て来るという展開にはなりませんでしたが……まあ、当然ですよね。
目指すカレッツが伯爵領の領都ですから。はい、問題を先送りにしただけです。
なので、カレッツに着いたら、しっかりと御出迎え。
そのまま伯爵家に御案内、という流れでしたとも。
到着したのが夕方だったという事も有って、会食だけで済んだのは不幸──いえ、面倒臭い中では楽だった方だと思います。パーティーではないですからね。
尚、フィエラビからカレッツまでは街道が整備されて、移動し易いとは言え、通常は三~四日は掛かります。
この人数で丸二日と掛からずに移動出来る方が異常だと誰に言われなくても判っています。
尤も、早馬の類いであれば一日で着くんですけどね。
当然ですが、俺達が走れば半日と掛かりません。まあ、そんな真似は流石に遣りませんけどね。
因みに、カレッツに行かずに、という選択肢も脳裏には思い浮かびましたが、ナタリアの事が有りましたからね。彼女を放り出す真似は出来ませんでした。
ナユは「その厳しさを知る為の巡礼ですので」と敢えて突き放す様に言ってはいましたが、心配はしていました。何だかんだと言ってはいても気に掛けている辺りはナユの面倒見の良さでしょう。
そんなこんなで──アスタラの月、22日。
俺達はカレッツを発って、東に向かって街道を進む。
ただ、フロイドさん達は一緒では有りません。
先触れとしてフロイドさん達は別行動。
一足先に帝都ダルタニアに入って、俺達が訪問する事を帝国に伝える為です。本当にね、王公貴族の慣習や作法は面倒臭いばかりです。誰か撤廃してくれないかな?
──とまあ、そんな訳で、分かれての行動に。
カレッツから北に向かう街道の方が早い為、其方等へ。本来であれば、俺達も其方等を進む予定でした。
予定を変更した理由はナタリア。
彼女の巡礼は今、俺達が進む東回りの街道で道中に通る三ヶ所の領都の教会を訪れ、帝都に戻れば終了。
先日の様な危険は滅多に起きません。
起きませんが──まあ、保険の為の同行です。
万が一にも何か有れば悔やんでも悔やみ切れないので。何事も無ければ、それでいいだけですから。
「へぇ~、帝国でも味噌や醤油が流行ってるんだ」
「流行っている、という所では有りません!
アレ等は食文化に革命を齎しましたしたっ!
立地の関係上、帝国はライガオン獣王国とは直接の貿易が不可能なので、国内に入ってくる量が少ない為、市井には流通していませんが、口にする者が増えれば増える程に、その影響力は大きなものだと言えます!」
「ふんすっ!」といった擬音が聞こえそうな程の熱量と鼻息の荒さで語られて、ちょっと引く。
いやまあ、気持ちは判りますけどね。
俺にとっては懐かしい味で「コレだよ、コレ……」と。
感動する様な感じだったんだけど。
フォルテ達は吃驚していた。
一番、激しく反応したのはメレアさんだったっけ。
無言で両肩を掴まれた時はキレられたのかと思ったし。うん、アレは滅っ茶恐かった。
最近は俺の手を離れて──と思っていたのは気の所為で気を遣われていただけみたいです。
今のナタリアの様に近い身内なら、こうなる。
まあ、その……俺の偉業を讃えられる訳です。
フォルテ達は誇らしそうに笑顔で聞いていますけどね。俺の精神はガリガリと削れています。
アアァ……この感じ、久しく忘れてたなぁ……
さて、ナタリアの行っている巡礼に関してですが。
帝国の様に領土が広いと全ての貴族の領都に教会が有るという訳では有りません。
……ああいえ、それでは正しくは有りませんね。
教会は小さな村にも有ります。しかし、それは形だけの教会でしかなくて、洗礼を執り行える聖職者は居ません。ええ、居ないんですよ。
大多数の教会は一種の相談所の様な感じです。住民達の生活に密着した困り事や悩み事の話を聞き、アドバイスをしたりするのが教会と教会職員の役目。
その為、それらの教会はリタロパ聖法国とは無関係で、政治面でも経営面でも影響は受けません。
──で、聖職者の巡礼は聖職者の居る教会を巡る事で、当然の事ながら場所は限られています。
聖職者の居る教会──つまり、洗礼等を行える教会自体多くは有りませんから。
まあ、それでも領土が広いと相対的に広範囲に移動する事になるのは仕方が有りませんけどね。
因みに、クライスト伯爵領の領都にも聖職者の居る教会は有りますが、貴族の魔力持ちの子供は王都や帝国の方で洗礼を受けるというのが慣習です。
面倒臭い慣習ですけど、王公貴族の担う役目を考えると仕方が無い事でも有ります。
そうする事で、一種の情報交換や共有を行っている為、無視すると色々と面倒事が増えるので。
ええ、ただただ面倒だっただけなのに、何かを隠したと疑われたり詮索されたりする、といった感じで。
過去に、そうした苦労をした先人が胸中を綴った手記が残されている位に、面倒な訳です。
だから、俺達も無視はしませんでした。
話を戻して。
聖職者となれる者は限られていますし、その血筋自体が付加価値を持っています。
だから、聖職者であるナユやナタリアは勿論、その上で現法王の直系の孫娘ですからね。引く手数多だった事は、言うまでも有りません。
尤も、ナユは持ち前の好奇心で国を出て自由にしていた訳ですが。その結果、今が有りますからね。
以前とは打って変わって、小言も言われなくなった、と言っていましたから。
同類である俺は何も言えませんでした。
──とまあ、そんな訳で、ナタリアの巡礼には各地での交流という側面も含まれています。
聖職者であり、帝国貴族──侯爵家の御令嬢ですから、彼女と繋がりが出来る事は有益。
その為の機会を与えるのも彼女の役目です。
つまり、何が言いたいのか、というと……
そのナタリアに同行するという事は、必然的に貴族等に自分達から近付く事になる、という事です。
はい、ナタリアが主役の筈なのに俺に群がろうと集まる人の多い事多い事。
静かにキレたエクレが笑顔で威嚇してくれてはいるので助かっていますが、世の中には居る訳ですよ。それすらも物ともしない猛者が……
ただ、そうなるとナユが鋭い一刺しを。
今、この場の主役はナタリアですからね。それを蔑ろにする様な態度は聖職者に対する侮蔑にも等しい行為なのでリタロパを敵に回す様なものです。
その事を遠回しにチラつかせれば……
はい、俺達の視界からは綺麗に消えました。御見事。
非礼と無礼をナタリアと俺達に謝罪するのは四十代前半位だろうリグリーン子爵。
貴族というのは気苦労も多い為なのか、疲れている様に見えるので疲労回復に効果の有る栄養ドリンクを贈る。
俺が独自に調合した品ですけど、身内には好評です。
クライスト家やメルーディア王家からは一定量の定期的納品を求められましたから。
責任の有る立場なので仕方が無いとは思いますけどね。個人的には、その前に仕事量を考えるべきではないかと。はい、働き過ぎるのも問題ですからね。
──といった感じで、俺達が居るのはリグリーン子爵邸だったりします。
リグリーン子爵領の領都ハッカムに夕方には到着して、ナタリアは直ぐに教会へ。
彼女の巡礼が主目的なので待っている間、俺達は観光。じっくりと、ではなく、さらっとですけど。
その後、このリグリーン子爵主催の歓待を受ける。
ええ、主役はナタリアです。俺達はオマケですとも。
だから、参加者の遣らかした責任は子爵に。
まあ、ナタリアも俺達も大事にはしませんから、責任を問う様な真似はしません。
退場させてくれただけで十分ですから。
その後は特に問題も起きず、無事に終了。
ナタリアは慣習により、教会で宿泊。俺達は取っていた宿に入って一息吐きます。
「ナユ、ナタリアの巡礼に俺達が同行するのは良いけど、このペースで遣っても大丈夫なの?」
「大丈夫です、問題は有りません
……まあ、本来は時間を掛けるべきなのですが……」
そう言って苦笑するナユ。
聖職者としての先輩としては厳しくするべきなのだが、従姉妹としては心配してしまう。
その為、何方等かを選ぶなら──という事で後者を。
前者を蔑ろにしている訳でも有りませんからね。
俺達がナタリアを助けた時、彼女は乗り合い馬車を使い移動していました。
聖職者の巡礼では、特別待遇はされません。
乗り合い馬車や商隊に同行、或いは徒歩が基本だそうで侯爵令嬢だろうとも例外ではない。
なので、本来であれば、ナタリアが帝都に到着するのは十五日後位にはなっていた筈です。
しかし、ナタリアに合わせていては俺達の予定が厳しい事は言うまでも有りません。
──という訳で、俺達の方にナタリアが同行するという形に成りました。屁理屈ですね。
そんな訳で、ナタリアの移動は大幅に短縮されていて、本来の予定よりも早い日程に。
カレッツからハッカムには移動で最低でも二日を要し、二日程度の滞在は当たり前。
それらが一日で済む訳ですから……反則ですよね~。
当然ですけど、その影響は多方面に及びます。
だからこそ、フロイドさん達にナユとナタリアの手紙をグリーナム侯爵家に届けて貰ってもいます。
はい、ちゃんと向こうにも報せる事は怠りません。
翌朝、ナタリアと合流してハッカムを発ちます。
次の目的地はヴィエロー伯爵領の領都ビェツカ。
通常であれば、三日は掛かりますけど、今日の夕方には到着する予定なのは言うまでも有りません。
「──なんて思ったのがフラグだったかなぁ……」
馬車の御者席から飛び出して駆けながら、そう呟く。
はい、襲われている人を見れば無視は出来ませんから。彼是と考えるのは先ずは助けてからです。
「──御願い致しますっ!
どうか、私共の村を御救い下さいっ!!」
そう言って俺達の前で土下座をする若者。
まあ、若者と言っても二十代半ばの青年ですけどね。
彼の名前はイーシャム。
帝国では珍しくない体長2ミード前後の四つ目・垂れ耳の焦げ茶色の魔犬“ヴァイエイトレトリバー”の群れに襲われていた訳ですが。
襲われていた理由は馬に乗って最短距離を進んだ結果、縄張りを横切ってしまったから。
うん、事情を知ると倒した事を申し訳無く思います。
殺ってしまったものは仕方が有りませんが。
それに、俺達にとっては雑魚でも一般人にとっては脅威ですから不可抗力──いや、正当防衛という事で。
それはそれとして。
彼の言う村というのはラブラック子爵領の北西部、今居るファブラウン子爵領との領境から遠くない場所に有ります。
予定では、このまま街道を北上し、ズアズーロ子爵領を抜けてビェツカに、という筈でした。
はい、流石に「いや、忙しいので……」とは言えず。
彼の村を助ける為に向かう事に為りました。
まあ、フロイドさん達に伝えて貰うのは、飽く迄も現在国内に来ていて、挨拶に伺う、という事だけ。
細かい日時の指定をしている訳では有りません。
だから、一日二日のズレが生じた所で問題無し。
勿論、何事も無い方が良いんですけどね。
こうして関わった以上、見捨てる事も出来ませんから。まあ、仕方が無いでしょう。
余談ですが──
「──え? あの魔犬、食べられるんですか?」
「ナユでも知らなかった?」
「はい、毛皮は素材としては一般的ですが……」
「あー……まあ、態々捌いて食べるには少ないか……」
そう、ヴァイエイトレトリバーは食用にするには痩せ型であり、身が少ない。
正確には筋肉が多く、筋張っていて食べ難い。
だから、態々食べ方を研究しようとはしない。
──が、実は調理方法──と言うか下処理の仕方は実は以外な程に簡単だったりする。
“ソルベクラ”という魔草の葉を乾燥させて砕いた粉末と塩で揉み、無味無臭の酒に小一時間漬け込むだけ。
たったコレだけで、その肉質は劇的に柔らかくなる。
──という説明文が有る。
うん、実際には初めて遣る訳ですが、これまでの経験で間違った情報ではない事は確かですからね。
ナユは勿論、話を聞いていた皆の表情にも好奇心と期待による笑みが浮かんでいます。
尤も、先ずは向かっているイーシャムさんの村の問題を片付けてからですけどね。




