169話 遭遇
アスタラの月、19日。
襲撃は有ったものの、船は予定通りに到着。
昼前には下船し、入国手続きを済ませました。
ダルタルモア帝国の西の海の玄関口となる港が有るのが此処フィエラビです。
セントランディ王国との海路での貿易拠点でも有る為、その規模は言うまでもなく巨大。
異国情緒溢れる街並みが──といった事は有りません。ええ、御隣さんですからね。
勿論、違いは有りますが、それは隣り合う家で、各々の趣味が違う程度のもの。
──とは言え、メルーディア等とは違いますけどね。
飽く迄も、御隣同士だから、という前提の話です。
まあ、何処も他国との国境近くというのは文化・風習が入り交じっている場所が多いですからね。
リタロパ聖法国の様な島国でもない限りは人々の往来と交流によって自然と混在してゆくものです。
逆に、他国の文化等が距離を越えて混在し易いのは島国だったりもします。陸続きではないが故に、戦争等にまで発展する事は稀な事ですからね。他国への嫌悪感や敵愾心というのが生まれ難いので。
そんなフィエラビですが、当然、大規模な街だけ有ってとても賑やかです。貿易船を持つ商会が多い為、御店等も様々な種類が並んでいます。はい、一日では回り切れない事は間違い有りません。
一説にはセンテリュオンを意識し、見劣りしない様にと張り合った結果、という話も有る位です。
その真偽は兎も角として、今では両国にとっても重要な場所となっている事だけは確かです。
尚、このフィエラビを含む一帯は帝国の直轄地ですが、飛び地だったりします。また、帝家のではなく、帝国の、という所が面白い所です。
つまり、如何に国主である帝王でも好きには出来無い、という場所になっています。
この辺りには帝国が戦争によって吸収・併合して出来た国である事の背景が窺い知れる気がします。
御隣のセントランディのセンテリュオンは王家の直轄地ですからね。
因みに、ですが。
メルーディア王国最大の港町ラプワナロとは比較する事自体が間違いだと言えますからね。
まあ、メルーディア王国の港町は輸出品が増えますから今後、大きく発展していくので構いませんけどね。
さて、そんなフィエラビで、ゆっくりと観光──なんて出来ません。さっさと離れます。
ええ、そんな重要なフィエラビを、船と共に襲撃される可能性から救った訳なので。どうなるのかは考えなくても判ります。経験も多々有りますから。
しかし、此処はメルーディアでは有りません。
それなりには、気を遣ってくれるかもしれませんけど、貴族は貴族、商人は商人です。
自分にとって利益となるなら、踏み込んで来ようとするというのは容易に想像が出来る事です。
だから、逃げたい。
でも、逃げられないというのが現実なんです。
逃げたら逃げたで、エクレ自身の、エクレの実家であるパーゼイル伯爵家の悪評にも繋がりますからね。
本当、貴族って面倒臭い……
ただまあ、取り敢えず顔を出せば、必要最低限の勤めは果たしたと言えますからね。我慢です、我慢。
──という訳で、翌朝にはフィエラビを発ちます。
ゆっくりしていたら、何だかんだと声を掛けられた末、逃げられなくなりますからね。
それに、ダルタルモアでの用事は少ないですから。
エクレの力探しがメインで、後は帝都とパーゼイル家に挨拶に行く程度ですから。
初めてくる為、この両者への挨拶は欠かせません。
本音を言えば、俺もエクレも行きたくは有りませんが。其処はメルーディアの貴族としての責務なので。
さっさと子供に当主を譲って気楽に暮らしたいです。
話を戻して。
目的地は三ヶ所。
先ずは帝都ダルタニア。帝国領の中央より少し南という位置に有り、東西南北の全てに繋がる文字通りの中心地。帝国の四方には高い山脈も有り、天然の防壁として機能。攻め難く守り易い立地です。遣りませんけど。
次にパーゼイル伯爵領。帝都を経由し、北部域の中央に位置するエクレの故郷を目指します。
ああ、あと、これは余談になりますが、例のパーティー参加時にはエクレの両親はフィエラビに滞在していた為、パーゼイル領まで行かなくて済み、早かった訳です。
……裏を返せば、「帰ってくるな」とも取れますが。
まあ、その辺りは王公貴族ならば何処にでもある類いの柵だと言えますからね。仕方有りません。
そして、帝国を訪れる大本命の旧ムーヴァリア王国領は最後に向かう事になります。
取り敢えず、帝国内をぐるっと回る様に動こうかなと。ええ、どうせなら、同じ場所を通るよりは、です。
フィエラビを出て向かう先は、カレッツの街。
カレッツは北東にロケコツ山脈も背負い、北と東と南の主要街道の基点となっている街です。
帝国の直轄領を出て隣接するレッヂェン子爵領を抜け、カレッツの有るブルルブーラ伯爵領へ。
カレッツは伯爵領の領都になります。
「んんーーーーっ…………っはぁ~……
やっぱ、馴れてると、馬車の方が気楽でいいな」
「同感ですけど、睨まれてますよ?」
「判ってるから、態々言わないでくれ」
手綱を膝で鋏むと、両手を真上に突き上げながら大きく背伸びをしたフロイドさん。
その一言に同意しながらも後ろからの視線に屈する。
「きちんと注意して下さい」という催促です。
まあ、今更なので口煩く言ったりはしませんけどね。
それは視線の主も判っている事です。
だから、「俺は言ったからね」という体裁です。
フロイドさんも、一応は言われた訳なので。
メレアさんにしてみても愛夫に「気を抜かない様に」と注意したいだけですからね。必要以上には言いません。
さて、改めて周囲に視線を向けてみる。
前世の事を考えれば、この世界は交通網が未発達の為、人が住む場所から離れると自然が広がる。
「長閑だな~」と思う一方、自然の脅威も伴う。
まあ、俺達にとっては何と言う事も有りませんけどね。一般的には決して気を抜ける環境では有りません。
予定としては今日の夕方にはレッヂェン子爵領を抜け、ブルルブーラ伯爵領に入って、街で宿泊。
流石に冬場の野営は避けます。俺達なら問題無くても、そんな真似をすれば嫌でも目立ちますからね。
だから、其処までは必要最低限での休憩を鋏みながら、一気に移動します。
「やっぱ、アルト様はアルト様なんだな」
「それ、皮肉にしか聞こえませんよ?」
緩やかだけれど、上っている山道を進み、下りに入った直後に、それは俺達の視界に入った。
「領境までは、後もう少しだから、このまま何事も無く進めれば……」と思っていた矢先の事です。
レッヂェン子爵領とブルルブーラ伯爵領の領境に近い峠の道で馬車が襲われているのを目にしたのは。
暢気な会話をしている様に思えますが、それは既に動き始めてからのものです。
ええ、俺とフロイドさんが真っ先に動きましたからね。これも信頼出来る妻達が居ればこそです。
馬車を襲っているのは賊徒等ではなく、モンスター。
“オレンジヘッド・キャッティッシュ・グリズリー”。
見た目は体長1ミード以上の灰色熊。但し、名前の通り頭は鮮やかなオレンジ色の毛で、雄は襟巻きみたいな鬣を持っている。この鬣が金に近付く程、上位個体となる。
しかし、厄介なのは熊なのに猫の様に素早く柔軟な事。そう、熊のパワーとタフネスに猫のスピードとバネという脅威的な身体能力を持つ。
そんなのが群れで行動する訳です。
はい、それ故にAランクのモンスターです。
ただ、この辺りには普通は居ない筈なんですけどね。
──と考えている間にも目前に迫っています。
「馬車の方は任せます」
「応っ!」
フロイドさんの返事を聞き、風魔法で匂いを流す。
魔熊には好みの匂いが有り、それを嗅ぎ付けると大体は意識を匂いの方に向けます。
強烈な殺意や憤怒、或いは執着が無い限りは本能に従い匂いのする方へと群がってきます。
今回は“蜂蜜”系の匂いでしたが……3体は残ったか。
まあ、フロイドさんなら楽勝でしょう。
そう判断しながら、魔熊達を引き寄せ、馬車から離れて戦い易い場所に──着いたら、俺よりも先にアンが先制。うん、一撃で魔熊の首が逝ったね。
「アルト様ーっ、極力血を流さずに倒して下さーいっ!
それは高級食材だそうですからーっ!」
──と声を掛けてきたのはオリビア。
まあ、情報源はナユでしょうけどね。冒険者として旅をしながら食べ歩きをしていたから色々と知っていますし、食への拘りも強いですからね。
オリビアに手を挙げて「了解」と示しながらアンに続き徒手空拳にて魔熊を狩ってゆく。
オリビアも昔と比べて随分と格闘技術も上がったね。
「怖かったです、御姉様ーっ!」
「ちょっ?! 止めなさい、ナタリアっ!
旦那様が誤解するでしょうっ!?」
戦闘と後片付けが終わり、フロイドさんの方に合流した俺達──と言うか、ナユを見て抱き付いた一人の少女。
馬車の中に居た人物である事は魔力を感知していたので間違いは無いのだけれど……御姉様ねぇ……
まあ、ナユは面倒見も良いし、慕われ易くは有る。
女子校とかなら、間違い無くモテるタイプだろう。
それはオリビアやメレアさんもなんだけどね。
──と思って、チラッと見たら睨まれた。
うーん、メイドの勘、恐るべし。
「ナタリア・デュール・フォン・グリーナムと申します
危ない所を助けて頂き、有難う御座います」
そう言って丁寧に挨拶をする少女──ナタリア。
漫画やアニメなら、その頭には大きな瘤が有るだろう。さっき、ナユに拳骨を落とされていたから。
まあ、それも自業自得なんだけどね。夫の目の前で胸に頬擦りなんてするから。
それが悪巫山戯なのは見ていても判ったんだけどね。
ナユとしては無視出来無かった様です。
尚、俺が誤解する事は有りません。ナユが俺一途な事は俺自身が一番知っていますから。
「ナタリアは私の父の上の妹──クレア叔母様の上になるキャサリン叔母様の娘になります
歳はアルト様達の一つ下になります
叔母様は帝都の教会で洗礼式を含めた祭儀の責任者です
現在は帝国のグリーナム侯爵家に嫁いでいます」
「つまり、ナユの従妹って事か」
「私が帝国に居た頃には叔母様の所で御世話になっていた事も有って遊んだりしていたので……」
「懐かれた、と」
そう言うと苦笑するナユ。
決して嫌ってはいない。しかし、先程の悪巫山戯だけは結婚している身としては看過出来無い、と。
まあ、それはそうだろうな。俺でもそう思うんだから。
それはそうと、何故、そんな重要人物が護衛も少数で移動している訳? 帝国の文化?
「いいえ、ナタリアが巡礼中だからです」
「……? 巡礼って?」
「聖名を授かった者が、出生国の各教会を巡ります
正式な聖職者になる為の最初の修行ですね
私はリタロパで生まれ育った為、直ぐに終わりましたが、帝国等の様に大国となると……」
「それなら尚更に護衛が必要そうだけど?」
「苦難を乗り越えてこその修行ですから
恐怖に打ち克つ事も修行の一部という事です」
言われてみると納得。
しかし、リスクは否めない。
まあ、慣例としての遣り方であって、今回みたいな危険というのは滅多に無い事なんだろうな。
だから、ナタリアがナユに甘えるのも判る。
母親やナユの様に成りたいと思う気持ちと、死の恐怖に怯えている子供らしい感情が入り交じったから。
それが、強がりと甘えの混在で悪巫山戯の様に。
取り敢えず、ナユはナタリアを気に掛けてあげて。
もう直ぐ街に着くけど、今が一番辛いだろうから。
「新しく側室に迎えられますか?」
「フロイドさんの?」
「──っ?!」
「「冗談です」」
そうナユと言えば、フロイドさんが安堵する。
──で、慌ててナユに言い訳をする。
「ナタリアに魅力が無い訳ではない」と。
因みに、ナタリアには婚約者が居ます。
聖職者は一人前に成らないと結婚は出来無い為、相手に不幸でも無い限りは婚約破棄は有りません。
また、ナユの従妹で、俺との繋がりを望む王公貴族から大注目となった為、選び放題だったとか。
そんな事を、こっそりとナユが教えてくれました。
まあ、良い方向に影響したのなら、良かったです。




