167話 船旅
アスタラの月、15日。
シブェラ村を発ってから三日。
最低でも五日は掛かる道程を三日で移動して、目的地のツィグバの港街へと到着。
先行したフロイドさんの手配で直ぐに乗船。
乗り継ぎのロスを最小限に抑えた。
勿論、皆の情報提供が有っての事。有難う。
船尾に立ち、小さくなってゆくツィグバの姿を見詰め、自然と小さく手を握ってしまう。
「──勝った」
そう呟き、俺は不敵な笑みを浮かべる。
「いや、後が面倒になっただけだろ……」
そう言って溜め息を吐くのは、右斜め後方に立っているフロイドさん。
しかし、何を言おうとも共犯である事には変わらない。今更、裏切る様な台詞は格好悪いだけですよ?
「くっ……正論過ぎて何も言えねぇ……」
項垂れているだろう気配を感じながらも、視線は正面のツィグバを見詰めたまま。
其処に居る存在に視線──意識を向ける。
スキルや魔法、魔道具無しでは視認は出来無いけれど、港に此方等を見詰めるマーヴィラン男爵が居るという事は気配を探知する事で判る。
危なかった。本の1時間程の差だった。
乗船前に──いや、出港前に追い付かれていたら、無理矢理にでも滞在させられていた事でしょう。
向かうも俺達の扱い方に慣れてきていますから。
正当な理由が有る時に強引に行かれると弱いので。
「それにしても、世の中は思う以上に狭いなぁ……」
シブェラ村で色々と調べていた時に判った事ですけど、マーヴィラン男爵の奥さんの母親がね、オーヤニゥさんの腹違いの妹さん。つまり、ツゥタンカク子爵家の出身で、縁戚関係に有るんですよねー。
マーヴィラン男爵の奥さんは男爵の長女なので、両家は間接的な繋がりにはなりますが、王公貴族同士の家の間の繋がりというのは血縁・婚姻関係が主になりますからね。油断していると足下を掬われます。
事件解決後、さっさとシブェラ村を離れた一番の理由は両家の繋がりが判っていたからです。
間接的にだろうと、マーヴィラン男爵にとってみれば、俺達は大恩人になりますからね。簡単には解放されないと容易に想像が出来ます。
ええ、伊達に経験値は稼いでいませんから。
──という訳で、ツィグバの港から、この船を見詰めて頭を抱えているだろうマーヴィラン男爵に一礼。
この戦いは“逃げるが勝ち”ですから。
「メルーディアに帰る時には大歓待されるだろうな……」
「セントランディに入れば、ですけどね」
「入ればって、入らずには…………あー……」
「自分の船が有りますし、デクラヴィス大山脈を越えて、ノーザィラス経由で帰る事も出来ますからね」
「…………苦情の手紙が来そうなんだが?」
「友人であればこその繋がりでしょう。大切にね」
「マジかぁ……」
振り返れば、「面倒な事を押し付けるなぁ……」という顔をしながら右手で顔を覆うフロイドさん。
予想出来た事でしょう?
その上で、自分もパーティー等が面倒臭いから反対せず協力した訳ですからね。何を言っても駄目です。
まあ、この件に関してはメレアさん達も共犯者ですから煩く言ったりはしませんよ。
マーヴィラン男爵からの苦情等の対応を手伝ってくれもしないでしょうけどね。頑張って下さい。
さて、それはそれとして。
ツィグバから出ている定期船は二種類。一つは北に有るカダンイに向かう船。
カダンイはセントランディ王国とダルタルモア帝国との国境に近い王国最東端の港街。その為、北と南側とを繋ぐツィグバとの航路は重要な海路となっています。
当然ですが、この定期船に乗ってはいません。先回りをされたら容易く捕まりますからね。
つまり、もう一つの定期船に俺達は乗っています。
この定期船はダルタルモア帝国に向かう船です。
行き先はダルタルモアの南端の港街フィエラビ。
四日間の船旅になりますが、途中で何処かに寄港したりはしませんから、ある意味では安全です。
マーヴィラン男爵もダルタルモアにまで追って来る事は流石にしないでしょうしね。
……変なフラグが立っても困るので今のは無しで。
ツィグバを出港した船はラコトショーガ大山脈の東端とリゲドア山脈に囲まれたヤインキーデ湾を南東に進んで、リゲドア山脈の南端から北東に回り込む。
定期船とは言え、二国間を往き来する為、大型。
また、航路上での衝突等を避ける為、常に一隻のみ。
定期船が入港した港から次の定期船が出港。
これを交互に繰り返しているそうです。
積み荷の搬入・搬出に加え、船体等の点検・整備も必ず行われているので、両国が各々三隻の船を運用している形なんだそうです。ちゃんと考えられているので安心です。船は特に安全第一でなければいけませんからね。
因みに、定期船は貨物船なので乗客用のスペースは全体の一割程です。
日数は掛かりますけど陸路で往き来した方が安上がり。その為、乗客は急ぎが金持ちとなります。
それで悪いイメージが付くのなら良いんですけどね~。実際には“時を惜しみ、金を惜しまず”といった諺が有る位には良いイメージを持つのが一般的です。
そして、そういう乗客同士、或いは船員の態度は明確に今後の利益を考えている傾向が強くなります。
「しかも、アルト様の御活躍と御噂はダルタルモアにまで届いていますから……」
「まあ、こうなりますよね……」
そんな風にナユとオリビアが呟く。
出港して程無く、俺達は夫婦毎に別れた客室の中に居て外に出ようとは思わなくなっています。
だって、船の上だから絡まれると逃げ場が有りません。ええ、声を掛けられたら強制戦闘です。
船員達が顧客情報を売ったとか、漏らしたとかではなく言動から察した、という事も有って厄介。
船員達は自分達の仕事をしているだけですからね。
誰も文句なんて言えませんし、言いません。
はい、此方等の油断ですから。
しかも、この定期船を普段から移動手段にしている様な大物の貴族や商人が相手ですからね。
下手な会話は命取りです。
エクレが居ますが……知名度と認知度の差が。
はい、社交の場に参加していない弊害です。
いや、俺も社交の場には参加していないんですけど?
「アルト様の場合、この顔触れですから……」
そう、ズゥマにエルフを含む複数の妻持ちなんて俺でも俺とフロイドさん以外には知りませんからね。
乗っていると知られたら、直ぐに判るんです。だから、社交の場での面識なんて無関係なんです。
「まあ、偶には静かに過ごすのも悪くないか」
幸いにも貴族用の客室は広く、トイレも有り、外に出る必要は無い。食事は頼めば用意して貰えるが自炊も可能。俺達は当然の様に最初から自炊の予定です。
御風呂は付いていませんが──フッ、俺を誰だと?
こんな事も有ろうかと!
──という訳では有りませんが、収納可能な携帯浴室を作製して常備しています。夫婦だけなので気兼ね無く。
勿論、フロイドさん達にも渡して有ります。
そんな訳で、到着まで引き籠る事にしましょう。
………………どうしようか。
まだ二日目の昼前なのに、気が狂いそうです。
いや、生活面に不自由は有りません。俺を含めて全員が家事が出来ます──というか、好きですからね。
しかし、普段の俺達って自然に近い生活スタイルだから室内に籠っていると……はい、落ち着きません。
アンなんて今朝から、ずっとウロウロしていますから。苛々している訳ではないのが救い……なのかな?
兎に角、自主的な事だとは言え、軟禁状態ですからね。色々と溜まっている事は否めません。
「考えてみると貴族としては可笑しいのですが……」
「静かに読書等をする事も好きなのですけれど……」
「もう、普段の生活に馴染んでいますからね……」
ナユ・クリス・オリビアが小さく溜め息を吐く。
何しろ、メアリー様まで、ですからね~。
はい、俺の色に染め過ぎていますよね。
勿論、責任は取りますけど。
メアリー様達が別室だったら着くまでイチャつくという爛れた選択肢も有るんですけどね。
幾ら確定しているとは言え、流石にメアリー様達の居る状況ではねぇ……予行練習という名目も無しです。
ただ、クリスが言った様に暇潰しの手数は有ります。
読書は勿論、勉強会や簡易鍛練や魔力操作の練習等々。遊具も色々と揃っています。
はい、決して退屈な訳では有りません。
ただ、この状態──部屋に閉じ籠っている事が、俺達に何とも言えない不自由感を与えているんです。
うん、何なの、これ?
「……アルト様、一瞬だけ走ってきてもいいですか?」
「甲板に出れば走れるけど、船内の通路が狭いから駄目」
「ぅぅぅ……」
「アンさん、我慢です」
「忘れる為に“トランプ”で遊びましょう?」
フォルテとティアがアンを誘い、宥める。
──が、そう言う二人も例外ではない。
アンみたいに禁断症状が出そうにはなってはいないけど溜まっている事には変わらない。
…………マジでどうするかなぁ……
まだ三日目の夜明け前。
俺達は部屋を出て、甲板で風を感じている。
本当は、昨日の夜にも出たかったんですけどね。流石に大雨の中で外に出ると迷惑を掛けますから。
アンが「雨よ止め、雨よ止め……」と念じていた。
ちょっと危険な状態だった事には触れません。
メアリー様達を眠らせてから対処しました。
──で、どうにかこうにか耐え抜いて。
まだ風は有りますが、雨は止んでいます。
はい、もう誰も何も言わなくても心は一つです。
アン、まだ足下が濡れているから気を付けろーっ!
「帰りの船は無しですね」
「使うのなら、アーヴァイルで、だね」
珍しく、そう言ったのはメレアさん。
俺達だけではなく、フロイドさん達も厳しかった様で、俺達に合わせて外に出て来ました。
此方等も、何も言わずとも判り合えましたからね。
フロイドさん達も伸び伸びと動いています。
嗚呼~っ、外の空気が美味いっ!
まあ、メレアさんとしては溜め息物だったりしますが。
「……私も十分に染まっていましたか」と。
何処か遠くを見詰めている様な眼差しをしています。
今更、それを言いますか?
そう思ってはいても、言いはしませんけどね。
「──とは言え、明日の昼前には着く訳だから、もう少し辛抱すれば解放されるよ」
「そうですね……」
──なんて言ったのが、フラグだったみたいです。
それは昼過ぎの事。
唐突に船が大きく揺れました。
──いえ、傾いたと言うのが正しいですね。
今朝の発散で落ち着き、昼食後、まったりと昼寝を皆でしていた時でした。
この船ではなくても、はっきりと異常事態だと判る位に傾きましたからね。
勿論、無意識にでも反応していますから、誰も掠り傷も負ってはいません。
【直感】が報せてくれたので直ぐに部屋を飛び出して、迷う事無く甲板に向かいます。
フロイドさん達も飛び出してきて合流。
パニックになっている乗客達と打付からない様に、態と遠回りをした御陰で難無く出られました。
「──っ⁉ 何だっ⁉」
──と、俺達の視線の先を何かが横切った。
思わず声を上げたフロイドさん。気持ちは判ります。
まあ、悲鳴の一つも上げない宅の女性陣の方が俺達より肝が据わっていて頼もしいんですけどね。
「何でこうも、何事も起こらずに終わらないかな」
「勿論、それがアルト様ですから」
「そう言われても全く嬉しくないな~」
メレアさんの軽口に答えながら、船体を跨ぐ様に横切る鈍い青色をした胴体を見据える。
人工物ではないから、まあ、モンスターでしょう。
本当に……見えないからフラグって嫌いです。




