55.幕間の彼ら
「……ん?」
薄暗い室内で、六花は目を覚ました。
ズキズキと体が痛む。
「あれ……?どこ、ここ?」
毛布が掛けられている。
布団?どうして?
頭を押さえながら、ゆっくりと体を起こす。
「えーっと……?」
どうして自分はこんな状況に居るのだろうか?
六花はそれまでの事を思い出す。
そうだ、確かホームセンターがオークの集団に襲われたのだ。
勝てる見込みは薄く、六花たちはホームセンターに火を放ち、避難民たちを囮にして散り散りに逃げた。
割と下種な手段だとは思うが、生き延びるためだと彼女は割り切った。
その後、西野と共に傷付いた体を引きずる様にして雨の中を走りながら、少し離れた公園にたどり着いて、それで―――。
「……どうなったんだっけ?」
その後が思い出せない。
元々『スキル』の所為で戦闘中の記憶は曖昧なのだが、今回は輪をかけてひどい。
所々の記憶が抜け落ち、身体もボロボロだ。
自慢のサイドテールの髪も酷い事になっている。
「―――気が付いたか?」
声がした。
視線を向けると、椅子に座った西野が自分を見ていた。
「……ニッシー?」
「他の誰に見えるんだよ?」
「んー、お化けとか?」
「勝手に殺すなよ。まだ生きてるよ、ほら足があるだろ」
「なはは、そうだね」
六花の独特の空気感に、ニッシーこと西野は苦笑してしまう。
「んで、ここってどこなん?私、ニッシーと一緒にどっかの公園まで逃げてたとこまでは覚えてるんだけど……」
「俺も似た様なもんだよ。気が付いたらここに居た。……誰かが俺たちをここまで運んでくれたらしい」
「誰かって?」
「さあな。分からないよ」
西野も最後に記憶にあるのは、雨に打たれて公園まで辿り着いたところだ。
その後、誰かに会った様な気もするが思い出せない。
(そもそも人じゃなかったような……?犬?いや、どうだったか……)
ともかく、どこの誰かは知らないが助かった。
それも包帯や傷薬、栄養ドリンクまで置いていってくれてるではないか。
至れり尽くせり過ぎて、逆に何かあるんじゃないかと勘繰ってしまった程だ。
栄養ドリンクを六花に差し出す。
六花はそれを一気に飲み干した。
「とにかく、今は助かった事に感謝すべきだろう。幸い、モンスターの追っ手も居ない様だし」
「そだね。というか、この包帯もその人がやってくれたのかな?」
制服やスカートをめくり、雑にまかれた包帯を見つめる六花。
その行動に、西野は思わず目を逸らした。
「っ……少しは他人の目を気にしろ、ばか」
「ん?ニッシー、なんか言ったー?」
「……なにも」
少し頬が朱くなった。
それよりも、と西野は誤魔化す様に言う。
「これからどうするかを考えなきゃな……」
「どうするって……みんなを探すんじゃないの?」
「どうやって?スマホが使えないこの状況じゃ、みんなを探すなんて不可能に近いぞ?」
連絡を取り合う手段が無いのだ。
足で地道に探すしかない。それも危険極まりないモンスターの闊歩するこの世界でだ。
連絡を取り合う『スキル』があれば、話は別だろうが、あいにくと西野も六花もそんな便利なスキルは持っていない。
「じゃあ、どうするの?」
「予定通りに行動しよう。学校を目指す。上手くいけば、そこで他の皆とも落ち合えるはずだ」
「うぇ……」
『学校』。
その単語を聞いた途端、六花は露骨に顔をしかめる。
「ねえ、ニッシー。別に役場の方でもいいんじゃないの?」
「学校の方が近い。そっちの方が効率がいいだろ?」
「……」
「言いたいことは分かる。でも、今は……」
「分かってるよ」
むぅーと、六花は頬を膨らませる。
彼女は学校が嫌いだ。
学校は六花から大事な友達を奪った。
嫌な思い出しかない場所だ。
でも、今は行くしかない。
六花は無理やり納得する。
「柴っちや、大野んも無事だと良いなぁ……」
「きっと生きてるよ。大野も柴田も、他の皆も。だから俺たちも信じて進もう」
「……そうだね」
親しい友の姿を思い浮かべて、六花は寂しげに笑う。
「それじゃあ、行こうか。もう少し休んでいたいけど、時間が惜しい」
「りょーかい」
目指すは都心部にある彼らの母校。
仲間の生存を信じて、二人は前へ進む事を決めた。
そして―――。
≪経験値を獲得しました≫
≪オオノ ケイタのLVが4から5に上がりました≫
≪一定条件を満たしました≫
≪スキル『同族殺し』を獲得しました≫
頭の中に声が響く。
眼鏡をかけた学生、大野は震えていた。
目の焦点は合っておらず、唇はカサカサに乾ききっていた。
「ハァハァハァハァハァ……ち、違っ……わ、わざとじゃないんだ。僕は……僕はそんなつもりで……」
うわごとのように呟きながら、彼は目の前に転がる『それら』を見つめる。
『それら』は彼と同じ学生服を着ていた。
数は三。
動かない。目に光は無い。
赤い水たまりが出来ている。
水たまりはどんどん広がってゆく。
「そ、そうだよ。コイツらが悪いんだ……。僕の忠告を聞かないで勝手に行動して……ぼ、ぼぼ僕は、あの時ちゃんと逃げようって言ったのにっ……!」
ホームセンターから逃げのびた後、彼は当てもなく街をさまよっていた。
雨に濡れながら、必死に西野や柴田を探している途中に、大野は生協で見捨てた学生たちに再会した。
どうやら、彼らも無事に生き延びていたらしい。
―――良かった、無事だったんだ。
大野は再会を喜んだのだが、彼らにとってはそうではなかったらしい。
自分を見た瞬間、彼らは鬼のような形相で迫ってきた。
「さ、逆恨みも良い所だよ……。な、なにが『お前の所為で死にそうになった』だ……ふざけるなふざけるなふざけるな」
彼の手にはサバイバルナイフが握られていた。
血がべっとりと付着している。
自己防衛のつもりだった。
反撃しなきゃ、殺される。
そう思った。
だから、刺した。
彼の方がレベルが高かった。
攻撃の『スキル』も持っていた。
だから、殺した。
簡単に、殺せて、しまった。
殺して―――殺すつもりなんて―――違う、違う、違う違う違う!
「うっぷ……おぇぇぇ」
吐いた。
気持ち悪い。
震えが止まらない。
腹の底から言い様の無い不快感と罪悪感が押し寄せてくる。
「僕は悪くない、僕は悪くない、僕は悪くない、僕は悪くない、僕は悪くない、僕は悪くない、わるくないわるくないわるくないわるくない……」
ブツブツと自分の正当性を主張する。
そうしないと精神が持たなかった。
「そうだ、探さなきゃ。西野君、柴田君、六花……。みんなを探さないと。全くどこに居るんだよ。早く、早く見つけないと……はは、ははは……」
身体に付いた血を拭う事も無く、その事にも気付いていない。
そう、そうだ。みんな、みんなに会うんだ。
みんなと再会すれば、みんなと一緒なら自分はきっと大丈夫だ。
その筈だ。そうに違いない。
「だから、だから大丈夫……大丈夫なんだ……」
その声は、誰の耳にも届くことなく、彼はふらふらと歩き出した。
スキル:『同族殺し』
自らの同族を殺した者が稀に得るスキル。
同族を殺した場合、経験値が増加する。
また同族と戦う場合、ステータスに補正が掛かる。
このスキルを得た者は『恐怖耐性』、『ストレス耐性』を獲得することが出来ない。




