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あなたに微笑む  作者: 朝里 樹
第九章 夕焼け、君の色
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第九章 夕焼け、君の色 (2)

「夕焼けだ」

「ええ。夕焼けのときは景色が綺麗」

 僕と里奈は並んで、鳥居の間に立った。ここからなら、石段の下、遥か遠くまでの町並みを見下ろせる。その先には海がある。太陽はもう半分ほど、海のなかに身を隠していた。

 僕らが育った町。僕が生まれたのも、初めて里奈と会ったのも、大隅、中津川、秋野たちと遊んだのも、この町だ。夕焼けに染められた町の景色は、壮観だった。また里奈と一緒に見られるなんて思わなかった。

「メグちゃんや大隅君、中津川君は元気?」

「元気だよ。秋野なんて結婚したし、大隅は親の店を手伝って儲かってるみたいだし、中津川は医大に入って、もうすぐ医者になる」

「そっか。もう一度、会いたかったな」

 里奈は寂しそうな表情で俯いた。僕にも分かっていた。また里奈とずっと一緒にいられるわけではないということが。

「里奈、僕は変わったのかな」

 僕が呟く。里奈は首を横に振った。

「変わってないよ。人はみんな、自分は変わったって思うけど、人間なんてそんなに簡単に変われるものじゃない。あなたはただ、本当の自分を閉じ込めていただけ。今でも、正くんは、あの頃の絵描き少年のままよ。きっと、これからもずっと」

 里奈は柔らかく笑う。僕も笑って、頷く。

 太陽はもう四分の一ほどしか体を出してはいない。もうすぐ、今日という日が終わる、そんな気がした。

「人は死んでしまってもね、この世に強い思いを残していると、ずっとこの世界に留まろうとするの。そう、死神さんが言ってたわ」

 里奈が一歩前にでて、僕の正面に立った。夕陽が彼女に遮られ、僕に向かって影を落とす。

「私もそうだった。あなたが自分を偽っていくのが怖かった。でも、もう大丈夫ね。あなたともう一度話せて、良かった」

 僕は急激な恐怖に襲われた。頭では分かっている。もう彼女はこの世界にいるべきではない。僕だけは現実の世界に戻らなければならない。覚悟はしているはずだった。でも、やはりそんな現実を受け止めたくはなかった。

「だめだ、僕は里奈がいないと、やっぱり君がいないと駄目なんだ……!」

 言っても無駄なのは分かっていた。でも、言わずにはいられなかった。やっと、再会できたのに、様々な感情が溢れてきて止まらない。

 里奈は微笑んだ。その頬に、一筋の涙が伝う。その滴が夕陽に光る。

「私はずっと待っているから、あなたが夢を叶えて、幸せになってから私のところに来るのを」

 里奈が僕の手に赤いスーパーボールを乗せた。僕はそれを青いボールが入っているポケットにしまう。ぐっと、感情の高ぶりを抑える。

「……分かった、約束するよ」

「また、約束ね」

 里奈は泣きながら笑った。だが、僕は泣かないと決めた。あの時、僕が泣いているとき、彼女は僕を慰めてくれた。今度は僕の番だ。かつてのように、里奈は小指を差し出す。僕も同じようにして、指きりをする。これでまたひとつ、守らねばならない約束ができた。

 僕はそっと両腕で彼女の体を引き寄せた。彼女は僕に身を任せる。温かい。里奈はまだ、確かにここにいる。

「もう、泣かなくていいんだよ」

「……うん」

 それでも里奈は泣いていた。僕はぎゅっと(まぶた)をつむった。目の奥から溢れて来るものを無理矢理押しとどめる。

 このまま時が止まればいい。ずっと、二人で夕陽を眺めていたかった。でもそうはならない。夕陽は少しずつ、確実に沈んでいく。

「正くん、私のことずっと忘れないでね、いつまでも……」

「忘れたりしないさ」

 里奈との思い出が、洪水のように溢れだす。公園で、初めて会ったとき、僕らはまだ幼稚園にも行っていなかった。一緒に幼稚園に行くようになり、小学校に上がって大隅、中津川、秋野に出会い、いつもの五人組ができた。中学校では僕は美術部、彼女は文芸部に入り、そのとき彼女が作家を目指していることを知った。

 そしてお互い受験に成功して同じ高校に行き、大学に入った。楽しかった。喧嘩もしたし、悲しいこともあった。それでも、僕らは一緒だった。それは、そこに何にも勝る喜びがあったからだ。だけど、死が僕らを引き離した。

 そう、現実は残酷だ。

 里奈の体を通して、赤い夕陽が僕を照らしはじめた。僕は里奈を見た。もう、彼女の体は消えかけていた。


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