第九章 夕焼け、君の色 (1)
「久しぶりね、正くん」
そう言って、里奈は微笑んだ。その表情は六年前、最後に彼女を見たあの日よりも、大人びて見える。だが、確かに里奈だ。これは現実か、夢か、幻か、それは分からない。しかし、彼女は僕の前にいる。過去の記憶としてではない。この記憶は、今作られている。
何も言うことができない僕に対し、里奈は笑い掛ける。
「綺麗な桜だね……」
桜の花びらが、僕と里奈との間を舞い降りた。
僕は振り返った。初めて里奈と一緒にここに来たあの日のように、満開の花々が灯されていた。
僕は里奈の方に向き直った。段々と気持ちが落ち着いてくる。これは、現実の世界ではないのかもしれない。記憶の中のように死神に作り出された、別の世界。でも、それは大した問題ではなかった。今僕はこうして里奈と向かい合って立っている。今はそれだけでいい。
桜の花びらがひらひらと、僕らの周りを雪のように舞う。風が花の優しく甘い香りを運び、ここだけ世界のどこでもないような感覚を僕に与える。それは間違っていないのかも知れない。桜色に染められた幻想の世界に、僕と里奈は立っていた。
「ありがとう、約束を守ってくれて」
「里奈が思い出させてくれたんだよ」
止まっていた時が、少しずつ動き出している。僕の時間に彩が戻っていく。色褪せていた日々が、蘇るようだ。
「ううん、あなたが覚えていてくれたから、思い出すことができたの」
行き場を失くしていた思いが、その進む道を見つけていた。僕は里奈のところに歩き、そしてその存在を確かめるように、その手に赤いスーパーボールを置いた。これはもともと彼女のものだ。
「私、ずっとあなたを見ていた。あの日、死んでからもずっと。そして、あなたが段々夢とか希望を失って、全てを諦めていくのを見ていた。私はそれが辛かったの。それで、あの死神の女の子に、正くんにそれを思い出させてあげるように頼んだ」
「ごめん、心配かけて。もう大丈夫だよ」
微かな風が吹き、桜の花びらが舞い上げられる。その一枚が里奈の髪に引っかかった。里奈はそれを手に取ると、短い命を散らしたそれを、悲しそうに見つめた。
「うん、分かってる。私が死神さんにもう一つ頼んだことはね、今日、ここであなたに会うことだったの。少しわがままだったかもしれないけど、彼女は了解してくれたわ。私も約束を守りたかった」
夕陽の木漏れ日が、花と花の間からこぼれる。もう、夕方だ。僕たちが子供のときは、皆が家に帰り始める別れの時間だった。




