第八章 約束の日 (3)
バスが止まり、僕は乗車賃を払って降りる。懐かしい小学校の前を通り、あの公園を横切る。里奈や大隅、中津川、秋野と一緒に遊んだ公園。まだ残っていたのかと、感慨深くなる。
公園を過ぎてしばらく行くと、商店街に出る。入り口から覗いてみる。そこにあるのは昔のように寂びれた商店街ではなく、現代的な店の並ぶショッピングモールだった。よく里奈たちと来た商店街とは大分変っていた。改装がなされたようで、様々なチェーン店が軒を連ねている。昔からの老舗はほとんど残っていないが、活気は前よりもあるようだ。僕は少し寂しくなった。やはり、ここも変わらないものばかりではないようだ。
ここを抜ければ、あの裏山に出る。僕は早足に歩を進める。久々に帰ってきたので買い物、という気分にはなれなかった。店々の間を早足に通り、出口を抜けた。
僕はついにあの裏山の前に来た。僕の目的地はこの中腹にある。春の空気を思い切り吸い込み、吐き出した。二十年前、僕たちは二人でここに来た。そして、あの約束を交わした。
僕は一歩踏み出した。続いてもう一歩。二十年の時を経て、五月十一日、僕は再び山を登る。今回はたった一人だ。でも、心配はいらない。
山道へ入る。砂利道は変わっていない。
体が覚えているのか、それとも過去の記憶で体験したためか、僕は迷わずに進むことができた。まるで導かれているようだった。
しばらく行くと、あの大きな岩があった。昔は僕より背が高かったこの岩も、今では僕より少し上ぐらいの高さしかない。
僕はずっと上を見やった。あの頃のままに、長い石段が上へと続いている。この先に、僕たちの思い出の地がある。僕は決心するように拳を握り、また力を抜いた。
少し緊張している。僕は自分に苦笑した。このまま上へ行って、何も無かったらどうしようか。あれほど古い神社だ。もしかしたら取り壊されている可能性もある。
僕は首を振ってその考えを振り払おうとした。まだ、諦める必要などどこにもない。今日は約束の日、その事実は変わらない。
僕は一歩ずつ固い石の階段を踏みしめて、思い出の地への道を歩く。少しずつ、あの赤い鳥居が見えてきた。前よりも塗装は禿げているが、しっかりとそこに立っている。
鳥居を潜る。神社は、昔のままそこにあった。石畳の参道もある。そして、あの桜の木もまだそこにあった。
あの日のように、桜は花を咲かせて。地面は散った白い花びらが積もり、薄い桜色に染められている。僕は息を吸い込んだ。あの甘い香りも、暖かな春風も同じだ。里奈とここにきた思い出が溢れてくる。あの記憶の中で見た日以外にも僕たちはここで遊んだ。特に春になると、里奈の誘いでこの山桜を見に来た。何故か里奈がここは二人だけの秘密にしようと言って、誰にも教えなかった。その理由も、もう聞けずじまいだ。
もっと、彼女と話がしたかった。六年前、何もなければ僕はここに里奈と一緒に来ているはずだった。もしそうだったら、どんな話をしたのだろう。里奈は、どんな姿になっていたのだろう。僕はその考えに思いを馳せる。
きっと、僕は約束を忘れていて、里奈に怒られたりしたのだろう。そしてカプセルを開けたあと、町に下り、大隅たちと会って、久々にみんなで飲みに行ったりして、仕事の愚痴や恋愛の話なんかをする。その時に初めて、二人の秘密だったこの神社のことを、皆に話したのかもしれない。そんな日が今日だったはずだ。だが、それはもう、分からない話だ。
僕は一歩ずつ確かめるように足を踏み出していき、桜の前に立った。本物だ。これは僕の記憶の中の映像でも、幻覚でもない。
幹を触る。ざらざらした確かな感覚がある。周りを見わたす。誰もいない。
僕は幹の前にしゃがんだ。薄らと積もる桜の花びらを手でどけ、茶色の地面を露出させる。
僕たちが二十年前の今日、カプセルを埋めた場所。この十センチ下に僕の記憶の旅の目的がある。それを達成すれば、里奈の魂は救われるはずだ。
「里奈、行くよ」
僕は近くの石を掴み、それを使って地面を削り出す。二十年前は二人だった。今僕は一人だ。里奈は今、どこかで僕の姿を見ているだろうか。そう信じながら、固い土を砕いていく。
土が大分柔らかくなってきたところで、僕は石を捨て、素手で穴を掘りはじめる。なかなかカプセルは見えてこない。もしかして、他の誰かに見つけられたのではないかという不安が胸をよぎる。だが、今それを確認できるのは僕しかいない。
爪の先が固い何かに当たった。石では無い。僕は両手を使い、土を掘り返す。一瞬、なにか金属らしきものが見えた。あれだ。僕は一気に土を放りだした。見覚えのある、クッキーの缶が現れる。
「あった……!」
思わず口を突く。あのときのように金属の光沢は無いが、クッキーの写真のプリントが見える。僕は周りの土を丁寧にどけると、そっと缶を取り出した。傾き始めた太陽の下、僕らの思い出はオレンジ色に輝く。
タイムカプセルは二十年の時を経て、僕の前に姿を現した。お互いに中身を秘密にしたまま埋めたカプセル。あの頃ただ楽しそうだからと埋めたこれが、僕と死んだ里奈をつなぐ鍵となるとは思わなかった。
僕は蓋に手をかけ、力を込めた。長年の間僕らの秘密を守り続けたそれは、あっさりと開いた。
蓋を横に置き、人が来ないことを確かめて、僕は中の袋を取り出した。赤いスーパーボールと、緑とピンクの袋。
僕は赤いスーパーボールを取り出し、隣に置いた。この場に来れない里奈の代わりだ。そしてまず緑色の袋を取り出す。僕が入れた方の袋だ。
「懐かしいな……」
中から出てくる、様々な色の鉛筆たち。僕が初めて画家になろうと思う前から使っていた僕の親友。記憶の旅の中、久々に体験した絵を描くという楽しさ。しばらく離れていたが、今でもきっと、楽しめる。
僕は色鉛筆たちを袋に戻し、側に置いた。そして今度は里奈の袋を手に取る。本来は彼女が開けるべきものだった。でも今彼女はいない。
僕もこの中身は知らない。一体二十年前の今日、彼女はなにを入れたのだろうか。僕はそっとその袋を開けた。




