第八章 約束の日 (2)
空港で航空券を買い、飛行機の席に乗り込む。まるで図ったようにことが進む。この日は遥か昔、二十年前から予定されていたからだろうか、そんな考えが頭に浮かぶ。僕はふと、笑いを漏らした。そんなことを考える自分が少しおかしかった。
ここから飛行機で二時間、空港へ着いてから電車で一時間、それくらいで僕の故郷の町に着く。急げば今日中に到着が可能だろう。僕は飛行機のシートに寄りかかった。今はどうすることもできない。ひとまず、空の旅に身を委ねよう。
飛行機が動き出す。やっと一息付けて、僕にも今日の不可思議な体験を返り見る余裕ができた。
考えてみればおかしな話だ。死神に会い、死んだ者のために、自分の過去を再体験するなんて。他人に言ったらどう思われるだろうか。きっと誰も信じてはくれないだろうし、気が狂ったと言われても仕方がない。
記憶の旅、まるで夢の中にいるようだった。過去、あの時に感じたことをそのままに感じていた。現在の自分は無くなり、あのままの僕になっていた。今の僕を忘れて、昔の僕に同化していた。
僕が封印しようとしていた記憶。思い出すと辛いと、勝手に忘れようとしていた。でも、それらと向き合うことができた。里奈の死も受け入れなければならない。やっとそう思えるようになった。
里奈がいなければ、僕はここまで来れなかった。彼女がいなくなったあとも、彼女の存在の記憶は僕の心の支えになっていた。今になってそれが分かった気がする。
僕は里奈に助けられてばかりだった。でも今度は僕が彼女を助ける。死神の話が本当ならば、彼女の魂を救うことができる。
しかし、なぜ死神は僕に最初からあの約束の日の映像を見せなかったのだろうか。少しそれが気になった。
飛行機が空港に着き、僕は席を立った。ほとんど荷物が無いため、他の乗客よりも身軽に動ける。その利点を生かし、他の客の間を抜けてなるべく早く空港を出る。
切符を買い、電車に乗った時、時刻は三時半を回ったところだった。この分だと間に合いそうだ。僕はため息をついた。
電車の窓に差し込む柔らかな日差しを浴びながら、僕は窓枠に肘をついた。電車から見る景色はその速度の割には、ゆっくりと変化するように感じる。線路は海沿いに入る。もうすぐ僕の故郷だ。
里奈は現在の僕を見て何というだろう。怒るのか、笑うのか、今にも彼女の声が聞こえてきそうだ。でも、彼女は僕の記憶の中にしか存在しない。もう彼女に会うことはできない。
しかし、約束は叶えることができる。あの神社はまだあるのだろうか。きっとあるだろう。僕たちの約束はまだ生きている。失われたスーパーボールも、ここにある。今投げればきっと受け止められるだろう。
電車が駅に着く。僕は立ち上がり、電車を降りる。懐かしい故郷の匂い。ついさっきまで記憶の中で体験していたはずなのに、それとは全然違う気がした。不思議な感覚だった。ついさっき過去の自分として見てきた光景が、ひどく懐かしい。
ここからあの神社へ行くのにはバスを使うのが一番速い。かつての母校である小学校前で降りて、そこからは徒歩だ。この様子だと着く頃には夕方だろう。
バス停で一人、バスを待つ。都会と違って、ここにはあまり人が居ない。それが今の僕には心地良い。やがてバスが来て、乗り込む。
バスの車窓から見る町の風景は僕の記憶のままだった。いくつか見慣れない建物もあったが、雰囲気はほとんど変わっていない。この町は僕のことを受け入れてくれている。そんな気がして、嬉しかった。




