表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたに微笑む  作者: 朝里 樹
第七章 桜の舞うこの場所に
31/44

第七章 桜の舞うこの場所に (4)

「あ、金魚!正くんこれやろうよ!」

 金魚すくいの屋台の前で、里奈が突然そう言った。僕と里奈は店の近くによって、水槽の中を覗き込む。赤や黒の金魚が互いにぶつかりそうになりながら泳いでいる。

「お譲ちゃん、やってくかい?」

「うん!」

 熱心に金魚を目で追っていた里奈に、屋台のおじさんが声をかけてきた。里奈は百円玉をおじさんに渡し、代わりに虫眼鏡のような形の枠に紙を張った、ポイという道具と、(すく)った金魚を入れるためのお椀を渡される。

「よーし」

 里奈は浴衣の袖をまくり上げ、ポイを滑らせるように水面に当て、そのまま素早く水中に侵入させた。紙の部分が水を吸ってみるみる変色していく。だが、里奈は焦らずに金魚が上に来るのを待って、一気に掬い上げた。赤の金魚は一瞬宙を舞い、見事にお椀の中に収まった。

「やった!」

「すごいね~お譲ちゃん、どれ貸してごらん」

 おじさんは金魚の入ったお椀を里奈から渡されると、金魚を水の入った透明な袋に入れてくれた。金魚はその中で、所狭しと泳ぎ回っている。

「ありがとう!」

「どういたしまして」

 おじさんから金魚を受け取り、里奈はそれを眺めた。袋の上を縛った紐がちょうど持ち手になっている。里奈はその紐を左腕に通した。

「すごいでしょ」

「すごいすごい」

 歩きながら僕に自慢してくる彼女に、僕は笑って返した。楽しそうな彼女を見ていると、僕もやればよかったかなと、少し後悔したりする。

 里奈が立ち止まった。またなにか気になる店を見つけたらしい。

「今度はあれやろうよ」

 里奈の指さす方向を見る。「スーパーボールすくい」と書いてある屋台だ。さっきの金魚をすくったばかりなのに、と思う。里奈はこういうのが好きなのだろうか。

「じゃあやろうか」

 今度は僕もやってみることにした。二人で屋台の前まで行ってみる。

「おや、いらっしゃい」

 さっきのおじさんよりはいくらか若い男の人が出迎えてくれた。おじさんの前にあるのは楕円形の小さなプールで、中に同じく楕円形のお突起がある。そのまわりを水が右回りに流れており、色も大きさもさまざまなスーパーボールが浮かんでまわっている。

「どうだい、やってくかい?」

「うん」

「私も」

 僕と里奈は百円を渡し、金魚すくいの時と同じくポイを受け取った。

「慎重にやらんと破れちゃうからな。頑張ってくれよ」

「分かった」

 僕は答えたが、既に里奈はプールを見て、狙いを定めている。僕も水の上に目を向け、めぼしいスーパーボールスーパーボールを探す。

 しかし、どれか一つに決めようとしても、手を伸ばす前に流れて行ってしまう。どうしようかと迷っていると、すぐ隣でぽちゃんと水の跳ねる音がした。見ると、里奈が水にポイを突っ込んでいる。だが、彼女がボールを掬いあげる前にポイに貼られた和紙は破れてしまった。

「あーあ」

「残念だったね、こっちはどうだい?」

 おじさんの楽しそうな目が僕のポイの動向を見守っている。里奈もむくれたような顔で僕の方を見ている。少し緊張してきた。

 青いスーパーボールが目に入った。あまり大きくは無いが、綺麗な色をしている。何より今の自分の浴衣と同じなのが気に入った。

 先程里奈がやっていたように水中にポイを滑り込ませ、青いボールが回ってくるのを待つ。そして、上に来た瞬間に、一気に(すく)い上げる。

「あっ」

 ポイが破れた。スーパーボールは少し水面から浮かんで、再び水の中に没した。一気に体の力が抜ける。やっぱり駄目か。僕はうなだれて息を吐いた。

「残念だったねえ。二人とも惜しかったんだがなあ。よし、二人とも好きなスーパーボールを言ってごらん?」

 おじさんが笑顔で言ってきた。僕は少し驚いたが、すぐにあの青いボールを見つけて指差した。

「これ」

「じゃあ私はこれ」

 里奈が指差したのは僕の差したボールと同じぐらいの大きさの、赤いスーパーボールだった。

 すると、おじさんは「そうか」とだけ言って、二つのボールを手で掬った。そして、布巾で水気をとると、それぞれ僕と里奈の手に乗せた。

「大サービスだよ。みんなには内緒にしてくれよ」

「ありがとう!」

 僕は嬉しくなって、スーパーボールを白い裸電球の光に当て、観察した。少し水に濡れ、輝いている。青い色が綺麗だ。

 里奈も同じように赤いボールを光の下にさらした。同じくらいの大きさの赤と青のボール。まるで僕ら二人を表わしているようだ。

 おじさんはそんな僕らの様子を見て嬉しそうに笑った。

「大事にしてくれよ、そのボール」

「うん!」

 僕らはそう言い、おじさんに別れの挨拶をして店から離れた。スーパーボールをなくさないようにしっかりと手の中に握る。

「おそろいだね」

 里奈が言った。多分、スーパーボールのことを言っているのだろう。僕も頷いた。大きさも形も同じ、ただ色だけが違うスーパーボール。

 空は夕焼けの赤から夕闇の青へ染まり始めている。祭りの出店の列も、歩いているうちに終わりが見えてきた。ここを出てしまえば、夢から現実へと戻ってしまう、そんな儚い寂しさに襲われる。それは今の僕たちにはまだ早い。僕たちは再び人と光に溢れる祭りの方へ振り返る。

「そろそろ戻った方がいいかな」

 里奈が言った。

「そうだね、お母さんたちも心配してるかもしれないし」

 僕はそう答えると、今度は里奈が僕の手を握ってきた。彼女に手を引かれ、僕は両親の待つ場所へ急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ