第七章 桜の舞うこの場所に (5)
両親と合流したあと、僕たちは出店で夕ご飯とラムネを買ってもらい、河原に向かった。土手に両親、里奈、そして彼女の両親とともに座る。
「今夜はね、花火が上がるのよ」
僕の母親が言った。僕は空を見上げる。夕闇は消え、星空に変わっている。草の青い匂いが夜風に運ばれてきて、爽やかな感じがする夜だ。
僕は右手に持ったアメリカンドッグをかじった。熱い油が染み出してきて火傷しそうになり、慌ててラムネで口の中を冷やす。
「花火花火~」
横で里奈が楽しそうに言った。イチゴ味のラムネが入ったピンクの瓶を持ち、もうすぐ始まるであろう花火を待って夜空を見上げている。
僕も彼女と同じように空を見上げた。時が止まってしまったような、静かな夜が過ぎる。
「あ、見て」
里奈が言った。何かが爆発するような音が遠くから聞こえたかと思うと、白い玉が光の尾を引きながら、空を高々と昇っていく。そして、白い玉は夜空の真ん中で一瞬浮かんだように止まると、大きな光の花を咲かせた。一瞬遅れて激しい音が空気を震わせる。
「綺麗!」
里奈が花火の音に負けじと叫んだ。
花火は一発目に続き、二、三発目が続けざまに夜空に上がる。光の玉は夜空で一瞬炎の花を咲かせ、儚く散って夜の闇の中に消えていく。
「ねえ正くん、これも絵に描ける?」
唐突に里奈が尋ねてきた。僕は返答に困って首をかしげる。絵を描くには、この一瞬で散ってしまう花びらを記憶の中にとどめておかなければならない。それができるか少し自信が無かった。
「やってみないと分かんないや」
「できるよ、正くんなら。さっきの桜の花も上手だったじゃない」
「そうかな」
僕はまた少し嬉しくなった。やはり、自分の描いた絵を人に褒められるのは嬉しい。描き上がったときの達成感とはまた別の喜びに心がほころぶ。
僕はじっと夜空を見上げる。炎の花は咲いては消え、また現れる。その様子をじっと目に焼き付ける。隣には里奈がいる。こうやって里奈と一緒に見た情景を絵として残して行けたら、それは僕たちの思い出が形として残ることになる。これから見ていくであろう景色も同様だ。それらをひとつひとつが僕の作品になっていく。そうしたら、里奈は喜んでくれるだろうか。僕は一度目を閉じて、再び開いた。
夜空の黒に、色とりどりの花びらが舞った。
桜祭りから数日たったある日、僕らはあの日手に入れたスーパーボールを手に、公園で遊んでいた。
僕のスーパーボールは既に薄汚れ、前のような光沢を失っていたが、僕のボールに対する愛着は増していた。
だからその日、スーパーボールが僕の前から姿を消したとき、僕は泣いてしまった。自分でも訳のわからない程の悲しみに襲われ、泣きじゃくった。
僕はただ里奈と一緒にスーパーボールを壁に当て、跳ね返ってきたそれをキャッチし、また投げる。ただその遊びを繰り返していただけだった。なのに僕のスーパーボールはあるときあらぬ方向へ跳ね返ってしまい、僕の前から姿を消した。急いでその後を追い、探し回ったが、結局見つからなかった。
もう一生あのボールを見ることはできない、遊ぶことはできない、そう考えた途端、再び寂しさと悲しみに同時に襲われ、涙がこぼれてきた。
あのおじさんがくれた、里奈と色違いのボールはもうないのだ。
「泣かないで」
里奈が僕を慰めようとする。だが、僕はその言葉を聞こうともせず泣き散らした。それでも、しばらくして僕が泣きやむまで、里奈は僕を慰め続けてくれた。
「ねえ、正くん」
少し落ち着いて、まだしゃくりを上げているぼくに里奈が言う。
「タイムカプセル、つくろう」
突然、なにを言いだすのだろう。あまりの脈略の無さに、僕は彼女をまじまじと見た。だが、彼女は僕に笑い掛けるだけだ。
「タイムカプセル?」
「私、この前本で読んだの。主人公がある人と別れるとき、失くしたくない大切なものをタイムカプセルに入れて、ずっと隠しておく。そして未来のある日にその人と会って、カプセルを開ける約束をするの。その約束を守るために主人公が旅に出るって話」
「じゃあ僕たちもそれと同じことをするの?」
「そう、私のボールを入れるの。あと、私たちが本当に大切だと思うもの」
「……どうして?」
「それすれば、絶対に失さないから。そして大人になって、正くんが画家になったとき、一緒にカプセルをあけるの。そしたら、私たちが入れた、大切なものと再会するの。ロマンチックでしょ?未来の自分へのプレゼント」
よくわからなかったが、なんだかすごいことに思えた。大人になった未来の自分が、今の僕が入れた大切なものと出会う。まるでタイムマシンだ。
「埋める場所は、あの桜の木の下。いい?」
里奈がそう言った。僕の頷いて同意する。涙はいつのまにか乾いていた。




