第七章 桜の舞うこの場所に (3)
次に里奈と会ったのはその二日後だった。この日、僕の住んでいる町では祭りが開かれる。桜が咲く頃に開かれるので、僕や里奈の両親は桜祭りと呼んでいるが、それが正しい名称なのかどうかは僕にはわからない。このころになると、子供も大人も活気づき、町全体が元気になる。
僕と里奈はその桜祭りに一緒に行くことになっている。五歳の僕は当然、この祭りを楽しみにしていた。それぞれの両親も一緒だ。僕の母親は「今日だけよ」、と言って僕に五百円玉を握らせてくれる。普段は持てないような大金に、僕の胸は高鳴る。今日だけは、僕はこの五百円を好きに使うことができるのだ。
夕方、僕と両親は待ち合わせの場所へ行き、里奈たちと合流した。僕は青い浴衣を、里奈は赤い浴衣を来ていた。偶然にもあの絵と同じだと僕は思った。
それぞれの両親は談笑していて、この場から動こうとしない。早く祭りへ行きたくてうずうずしている僕は母親の手をひっぱり、注意をこちらに向けさせた。
「ねえお母さん、僕たちだけで行っていい?」
「良いけど……、あんまり遠くへ行っちゃだめよ」
「はーい」
里奈も両親に同様の許可をもらって、僕らは二人で祭りのオレンジの光のなかに飛び込んだ。
二人になったあと、僕は里奈にあの桜の絵を入れたビニール袋を渡した。他の人に知られるのは嫌だった。里奈は不思議そうな顔をしてそれを受け取る。
「これなあに?」
「見てみて!」
里奈は丸まった画用紙を取り出し、それを広げた。その顔が一瞬にして輝く。
「すごい!この前言ってたやつだ!」
「うん、それ里奈にあげるよ」
「本当?ありがとう!」
僕は照れと嬉しさがまじりあって、喜ぶ彼女から目を逸らした。たった一枚の絵で、こんなに喜んでもらえる。それは僕には新鮮な体験だった。そしてふと、頭に浮かんだことをそのまま口に出す。
「僕、将来絵を描く人になりたいな……」
里奈は僕の方を見て軽く頷き、微笑んだ。
「正くんならなれるよ、きっと。これは正志の初めての作品だね、もらっていいの?」
「もちろん」
「ありがと」
里奈はしばらくそれを眺めて、また丸めて袋に戻した。僕はそれを見てから彼女の手を握った。
「行こう。色々あるよ」
焼きそば屋から漂ってくる香ばしい匂い、リンゴ飴の甘い匂い、他にもたこ焼き、クレープ、かき氷など、魅力的な屋台がところ狭しと並んでいる。だが、僕が手に持っているのは五百円。考えて使わなければすぐに無くなってしまう。
僕と里奈は相談して、まずわたあめを買うことにした。百円の、キャラクターの袋など付いていないものだ。だが、ふんわりとしたその舌触りと、すぐに溶けてなくなる砂糖の甘さは僕の舌を満足させるのに十分なものだった。里奈も僕の横でおいしそうにわたあめを頬張っている。
「おいしいね」
「うん、次はどこへ行こうか」
ある程度歩くと、食べ物の屋台が並んだところからくじや射的など、遊びの屋台が充実したところに出る。
僕たちは一度だけくじを引いたが、結果はどちらとも外れ。「はずれ」のコーナーからおもちゃを選ぶ。何ももらえないよりはましだが、やはり悔しい。
「残念だったねー」
里奈はそう言って小さな風車を吹いた。からからと音を立て羽がまわる。先程のはずれコーナーから選んだものだ。
遠くからは笛や太鼓の音がかすかに耳に入ってくる。それが、今日はいつもとは違う特別な日なんだという印象を、強く僕に与える。まるで、永遠のなかに閉じ込められたような、心地よい錯覚だ。
人と人の間をぶつからないように気を付けて歩きながら、離れないように里奈の手をしっかり握る。一歩一歩と歩く度に下駄の代わりにはいてきたサンダルが、足の下でぺたぺたと鳴った。




