第七章 桜の舞うこの場所に (1)
思い出した。あの日の約束。僕たち二人が二十年前に交わした約束。まだ大隅、中津川、秋野との出会っていなかったあの頃に。
僕は瞼を開いた。今度は確かに手掛かりを握りしめて。僕はあの神社の境内にいた。だが、季節は変わっている。紅葉はなくなり、あの桜の木から散った花びらが地面を覆っている。
僕はゆっくり足を動かし、桜の木の前で止まった。それぞれの枝に薄紅色の花びらを纏った桜の木が、僕を見返してくる。
「そうだ……」
木の幹に触れる。ざらざらとした木肌の感触が指を通して伝わってくる。桜の花びらからする、ふんわりとした甘い香りが僕の記憶を刺激する。
そう、僕はここで、里奈とあの約束をした。
僕はポケットに手を伸ばし、その中をまさぐった。そして、見つけた。あの日、死神の少女と会った日に落ちていた青いスーパーボール。
これが、最後の鍵だ。
僕はそれを決意とともに握りしめ、目を閉じた。除々に意識が遠くなる。
最後の記憶の旅が、始まった。
「綺麗だろう、ここが父さんの秘密の場所だ」
里奈のお父さんが、僕と里奈に向かって笑う。僕たちは彼に連れられて、裏山にある神社に来ていた。そこには一本の大きな桜の木があり、見事な花を咲かせていた。満開の白い桜だ。甘い香りが鼻をくすぐる。
晴天の春の空の下、音ひとつ無いこの場所でじっと桜の木を見つめていると、まるでこの空間だけが世界から切り離されたような、不思議な感覚に捕らわれる。
「すごーい!」
里奈が歓声を上げる。僕もしばらくその桜を見ていた。幼い僕にも、それは素晴らしく綺麗なものに見えた。
そして、そのときある感情が僕の中に沸き起こった。この空間を、何かに残したい。そう、絵だ。この美しい雰囲気を、自分の手で描いてみたい。そんな欲求が溢れてくるようだった。
確かに、僕は絵を描くことが好きだ。同じ歳の子供たちの間でも上手いと褒められたこともある。でも、こんな気持ちになったのは初めてだった。慣れない感情に、自分自身でも少し戸惑う。だが、嫌な感覚ではなかった。体の底から、情熱が駆けあがってくる。
「ねえ里奈、僕この桜の絵を描いてみようと思う」
里奈は少し驚いたような顔をした。僕の突然の発言が予想外だったのかもしれない。だが。彼女の表情はすぐに微笑みに変わった。
「本当?じゃあできたら私にも見せてね!」
理奈はそう言って、満面の笑みを浮かべた。




