第五章 うたかたの冬 (4)
他愛のない会話をしながら歩いているうちに、僕らは商店街の入り口まで来ていた。ここも昔はかなり活気があったらしいが、僕の記憶の中にはこのあまりそういった記憶は無い。さらに駅前が繁盛するようになって、それに比例するようにここは衰退していった。今では半分近い店がシャッターを下ろしているため、どこか重い空気が流れている。
人通りの少ない店と店の間を二人でしばらく歩いていたとき、里奈がふと立ち止まった。彼女はじっと、眼の前の小さな店を見つめている。扉は閉じられており、そこにはすでに店主の姿はない。
「久しぶりだね、ここ来るのも」
そこはかつて駄菓子屋だった。あるおばあさんが一人で切り盛りしていた店で、小学校低学年の頃までよく来ていた覚えがある。お菓子にさほど執着しない歳になってからは、ほとんど来なくなった。小学五、六年ごろからだろうか。しかし、閉店しているとは知らなかった。あのおばあさんはどうしたのだろう。僕は閉じたままの木の扉を見ながら呟く。
「潰れちゃったのか……」
「多分、引退したのよ」
もう開くことのないであろう駄菓子屋の前に立って、そんな会話をする。そんなに親しくしていた分けではないが、思い出がひとつなくなってしまったような寂しさを感じる。小さな頃ここで買った甘いラムネ菓子の味を一瞬、思い出したような気がした。
寒風が僕らの間を通り抜けた。
「行こう、正くん」
「そうだね」
僕と里奈は駄菓子屋の前から離れ、また雪と、その下の固い地面の上を歩きだす。そのうちに、商店街の終わりが見えてくる。その先は住宅街、そして山道へ続いている。小学生の頃はよく山まで行って遊んだものだ。
僕たちは立ち止まって、大きな山を眺めた。雪に白く染まったあの山には、僕と里奈だけの秘密の場所がある。
「ここまで来るの、久しぶりね」
「うん、折角だから、たまにあそこへ行ってみようか」
「そうね」
僕たちは山へ続く道を歩き出した。いつの間にか、粉雪が空の上から降り始めていた。
「変わってないわね、ここも」
「滅多に人なんてこないんだろうね」
雪に埋もれた山道を歩くのは結構大変だった。道と言っても、きちんと舗装されたものではなく、適当に砂利が巻かれ、草が生えないようにされている程度のもので、その砂利も今では雪に隠れて見えない。
道の両脇に生える木々は一枚のはも残しておらず、雪をまるで白い花のように枝に乗せている。その景色は何年か前の冬、ここに来た時の変わらなかった。この様子だと雪が解けてから来ても、昔のまま変わらぬ姿が見れるだろう。
こんな何もない山に入ってくるのは昔の僕らのように自然の中で大人に邪魔されず遊びたい子供か、昆虫採集や山菜とりを趣味にする人間くらいのものだろう。そのどちらも、真冬の山に来る可能性は少ない。
「もうすぐね」
見覚えのある大きな岩が見えてきたとき、里奈が僕に言った。僕
は黙ってうなずく。あの岩は僕と里奈が小さなときにここへ来て以来、ある場所にたどり着くための目印としているものだった。二メートルほどの大きさの、何の変哲もない灰色の岩だが、かつては自分よりかなり大きかったせいもあって、何か神秘的なものに見えたものだ。
岩の横を通り過ぎると、長い石の階段がある。幅一メートルほどの、狭く急な階段だ。そこを登り切ると、すぐに開けた場所に出る。そこにあるのは小さな古びた神社。ところどころ塗装の禿げた赤い鳥居が、昔と変わらず僕たちを迎えてくれる。この鳥居から石段の方を見ると、僕たちの住んでいる町が一望できる。山の木々、家々や学校、デパートやスーパー、コンビニなどの施設、そして、その向こうに広がる海。特に夕焼けの時に見るその景色は宝石のようで、初めて見た時の感動は今でも覚えている。その赤く染まる町は、僕と里奈しか知らない、秘密の景色だった。




