第五章 うたかたの冬 (3)
その日から後はずっと、勉強漬けだった。僕の志望校はここらでは一番偏差値の高い公立高校。全国的にみればた大した偏差値ではないのだが、この地域に住む受験生たちにとってはひとつの壁になる高校だ。里奈と中津川もこの高校を受験するが、僕はこの二人に比べるとあまり成績が良いとは言えない。だが、諦めるほどの成績でもなかった。いわゆるボーダーというところだ。
理科の問題集を閉じ、両腕を伸ばす。そのまま椅子から立ち上がり、机から離れた。
僕の悪い癖で、問題を解いていて分からなくなると、問題集の隅、ノートの端など所かまわず落書きしてしまう。そのおかげでそれらはまるで落書き帳のようになってしまっている。このままだと危ないかもしれない。危機感だけが先走るが、何も手に付かない。どうしようもなくなり、僕はベッドに仰向けになった。
そのとき、玄関のインターホンが鳴るのが微かに聞こえた。僕の部屋は二階にあるため、ドアを閉じていると下の音は聞きにくいのだ。
母親は買い物、父親は仕事なので、たしか今家には誰もいない。ということは僕が出なければなるまい。一瞬居留守を使おうかとも考えたが、結局出ることにした。階段を下り、ドアを開ける。
「どちらさまですか?」
「おはよう正くん」
玄関の前にいたのは里奈だった。両の頬を寒さでほんのりと赤くした里奈は、ジーンズにジャンパーという出で立ちで、両手には手袋をはめている。にこにこした表情から見るに、何か悪い知らせがあって尋ねてきたわけじではなさそうだった。彼女も勉強で忙しいはずなのに、一体何の用だろうか。
「どうしたの?」
「なんか勉強に疲れちゃって、気分転換にでも行かない?」
僕は少し考えたあと、彼女に同意して外に出ることにした。たまには外の空気を吸うのもいいだろう。
里奈とは家が近所で、互いの家が歩いて数分で行ける距離にある。だが、こうして二人で出掛けるのは久しぶりだった。どこかへ遊びに行くときは中津川、秋野、大隅を入れた五人がいつものメンバーが出来上がっていたためだろう。それはそれで賑やかで良いのだが、時にはこういう風に一番気心の知れた里奈と二人というのもいいかな、と思う。特に今のように頭が疲れている時などには。
特に行く当てもなく、僕らは薄らと雪の積もった狭い歩道を歩いていた。昼前だからか、車の往来は少ない。冷たい空気が疲れた頭に心地良かった。
「調子はどう?」
里奈が尋ねて来た。僕は首を横に振り、答える。
「あんまり良くないなあ」
「そう、でもなんとかなるわよ、きっと」
そう言って彼女は励ますように笑みを浮かべた。彼女なりに僕を心配してくれているのだろう。現状の僕の成績ではそれも仕方がないか、そう思いながら頷いた。




