第四章 いつか見た世界 (2)
パラソルを立て、荷物をまとめておいてから、僕らは泳ぎに出た。もちろん着替えは男女別だ。泳ぎが苦手な里奈は水着を持ってこなかったため、秋野の付き添いとして付いて行った。
運動神経の良い秋野と大隅はかなり深いところまで泳いでいたが、僕と中津川は足の着くところまでしか行けず、結局すぐに水着から普段着に着替えた。その後中津川の提案で岩場の磯の浅いところに行き、二人で海洋生物を観察していた。綺麗な魚やらぶよぶよとした気持ちの悪い生物やらがいて、意外と飽きない。
さっきまではパラソルの下で一人本を読んでた里奈も、誘ってみると泳がないのならいいということで、僕たちについてきた。
「これ何?」
三人で小さな磯の水たまりの周りにしゃがんでいた時、里奈が緑の体に赤い模様のついたヒトデを持ち上げながら言った。こういう生き物は平気らしい。さっきもナマコを指して「かわいい」と言っていた。僕にはとても可愛らしい生物には見えなかったけれど。
「イトマキヒトデだね。あと川合さん、それは大丈夫だけどあんまり無闇に触らないほうがいいよ。毒を持ってるのもいるから」
中津川はちらりと里奈の手を見て言った。彼の意識は現在ふよふよと浮くように泳ぐ水クラゲに注がれている。僕は彼が大学に行って生物学の勉強がしたいと言っていたことを思い出した。昔から生き物好きで色々飼育したりしていた彼にはぴったりなのだろう。
それに比べると、僕の進路は全く不透明だ。僕もそろそろはっきりさせないといけないなと、足元を回遊する小さな魚を見ながら考える。一体大学で、何を学びたいのか。そんな大層な考えはないというのが現実だった。ただぼんやりと、絵を描き続けたいという思いがある。だけどそれでは、芸術系ではない一般の学部は決められない。何も考えないで泳いでいられる魚に、僕もなりたい。
そんなことを考えていたら、遠くからの大隅の声が僕を現実に引き戻した。
「そんなとこにいたのか、探してもいないからどっかに遭難したのかと思ったぞ」
岩場の影から大隅が現れた。既に普段着に普段着に着替えているところをみると、大隅はひとしきり満足するまで泳いだのだろう。しかし、あまり疲れているようには見えない。浅瀬で少し泳いだだけで大分体力を消耗してしまった僕や中津川とはやっぱり根本的に何か違うのだろうと思う。
「どうしたの大隅?」
僕が尋ねる。
「昼飯食いに行こうぜ。腹減ったろ」
あまり気にしていなかったが、空腹な気もする。腕時計を見ると、既に一時を越えていた。
「そうだね、行こうか」
僕はそう言って立ち上がった。長くしゃがんでいたのでひざが痛む。続いて中津川と里奈の立ち上がり、大隅を先頭にパラソルのところまで戻った。
「遅ーい」
秋野は一人で待っていたようで、大隅が来るなり文句を言った。既に普段着に着替えており、折り畳みの椅子に座っている。大分待っていたのか、髪の毛はすっかり乾いているようだ。
「すまんすまん、なかなか見つからなくてな」
大隅が苦笑いしながら言った。岩場の影にいたためか、僕らを探すのに結構苦労したらしい。一応場所を言ってから行けばよかったかなと、少し申し訳なく思った。
「そういえばどこでご飯食べるの?ここら辺お店なさそうだけど」
里奈が大隅に尋ねた。
「大丈夫だって。ここから少し遠いが小さな食堂があるんだよ。そこで食べよう」
大隅が自信満々に答える。そこに中津川が質問を重ねる。
「なんでそんなに詳しいんだい?」
「あれ、言ってなかったか?昔じいちゃんがここの近くに住んでて、よく遊びに来たんだよ」
「初耳よ」
呆れたような声で秋野が言った。
「そうだっけ?まあいいか。とりあえず行こうぜ。俺も久しぶりだ、結構うまいんだぜ」
そう言って大隅が笑う。僕らは彼の案内に従って、その食堂へと向かった。




