その21 肖像画
私は、この人を母と慕ってきた。貴女は、私を魔王に引き渡す為だけに育てていたの? お父さんは知っていたの? 母の連れ子だったけど可愛がってくれてたよ。私がいなくなって心配してくれてるよ、きっと。きっと? 私がいなくなっても平気だったの?
手紙から顔を上げると公爵は、呆然としていた。黒髪さんは俯いていて表情がわからない。
バーン!
ハハッ、ここは公爵邸なのよ。遅刻魔の癖にどこでもかしこでもそんな登場して、いい加減覚えなさいよ。馬鹿じゃないの。馬鹿じゃない……。嫌だ。何で涙が、馬鹿……。
気がついたら、連獅子さんの腕の中で思いっきり泣いてた。
泣き止んだ私の手を連獅子さんが握ったままで、恥ずかしいから放して欲しいんだけど。公爵が連獅子さんにあらましを説明してくれた。私の口からはもう話したくなかったから助かった。
「コインスデンスは壊れたんだな」
「えっ?」
「逃げ場を失って壊れたんだ。」
「そうかもね。結局、自分の為だけに生きることを選んだのよ」
「人なんてそんなもんだ。だったら、お前もお前の為に生きろ。誰かの犠牲になんてなるな」
「馬鹿が当たり前のことを言ってる。私、フェイトなんかじゃない……運命なんかじゃない」
「知ってる。お前さ、俺のこと馬鹿って言うなよ」
「馬鹿は馬鹿だもん」
黒髪さんが急に立ち上がり、私の前に跪いた。
「申し訳ございません。」
「何ですか……?」
「コインスデンス様を裏切ったトレイターは、シンセア家の始祖となる男です。本当に申し訳ございません」
そうなんだ。あっ、だから黒髪さんて黒髪なのかな、なんてぼんやりと思った。
「ライアス、ならばお前は、サーヤの『兄』の子孫だ。誇りに思え」
「……」
「それ、いいかも。兄か弟かはわかりませんけど、彼は幸せでしたか?」
「恐らくは。名をラルス様といい、我が家の家訓を質実剛健と定めた方です。子も四人男ばかりで其々武勲を上げられました。私は、直系の嫡男となります」
「そうですか。良かった。ご自分の道を歩まれたのですね」
「肖像画をご覧になりますか?」
公爵が躊躇いがちに尋ねた。見てみたいかも。
「……はい。なかなかお邪魔出来る機会も少ないと思いますのでお願い出来ますか」
私達は、二階の奥まった部屋に案内された。薄暗かったのは、絵に直接日が当たらないよう厚いカーテンが引いてあったからなのね。侍従がカーテンを開けると広い部屋にところ狭しとコインスデンスの肖像画が飾られていた。一種異様な風景だった。幼い姿から少女時代のコインスデンス一色だった。これは執着だ。彼女の父親が残した執着がこの一族を縛っている。
「先程の手紙の中で面会も手紙もないとありましたが、伝え聞くところによりますと何度も神殿に赴きましたが叶わず、手紙も何十何百と出していたようですが返事はなかったと」
「神殿が留めていたんだな」
「恐らく、そのようなことがあったのでしょう」
「父親と会うことが叶っていたら、或いは手紙が届いていたら違ったのでしょうか」
「わかりませんが、それはそれで辛かったかもしれませんね。恨む相手がいることで生きる糧となっていたのかもしれませんから」
美しいコインスデンスの顔が私を見つめている。私の知っている姿とは違う幼い母。まだ、空虚も憎悪も知らない母が、無邪気に微笑んでいた。
「酷な質問かもしれませんが、貴女の世界での彼女は幸せだったのでしょうか?」
「どうでしょう。孤児院育ちで親の出自はわからないと言っていました。私がまだ赤ん坊の時に父、養父に出会い結婚したそうです。養父は、大きな会社、えっとこちらで言うなら商会かしら。そこに勤めていて真面目な優しい人で、母と私を大切に思っていてくれたと思います。千東は父の姓ですが、母は『千東優美』と名乗っていました。しなやかに優しく美しいと言う意味です。私にとって母は、少し頼りないところもありましたが、綺麗で上品で自慢の……うっ」
連獅子さんに肩を抱かれた。もっと伝えておきたいと思うんだけど言葉がでない。父親である公爵の亡霊に母は、幸せだと伝えなくてはいけない。三つの人生を生きているあの人は、弱くなんかない。自分で選択しているんだから。ここにいる人に繋がれ続けた枷はここで断ち切ってあげなくてはと思ったのに……。




