その20 残された手紙
2話投稿します。
この手紙を読める貴女へ
私、コインスデンス・ドゥ・サクレッドールは転生者です。私が最初に生まれた世界では二十三才の時に病の為、亡くなりました。子供の頃から病院で育ったと言っても過言ではありません。何も出来ず、何も知らないまま亡くなり、気付くとこの世界に生を受けました。勿論、今までの記憶を持ったままで。驚きよりも喜びで一杯でした。これからは、何でも出来ると。
健康な体を得た私は、何でも試しました。楽しくて楽しくて夢のような毎日が続きました。
しかし、夢は夢。あの日、遠乗りに出て泉に立ち寄らなければ良かった。瘴気に侵された水に引き寄せられるように触れた途端、私の体は光り、瘴気が消え去りました。同時に、私の人生も消え去ったのです。
神殿は、聖女などという言葉で私を連れ去り軟禁しました。日々、聖力の使い途と制御方法を学び、いいえ、実証実験の材料として扱われました。データを取る為、何もわからない内から瘴気や魔物に対峙させられたのです。尻込みすれば、神官達の叱責が飛びます。毎日、毎日、昼夜を問わず行われました。
ある程度データが貯まり、今度は現地に向かわさせました。実験とは規模が違います。一人、先の見えない霧の中に放り込まれ、何処から魔物が襲ってくるのかわからない恐怖に晒され続けたのです。そして、漸く神殿に戻れば、来訪する人々に祝福を施さねばなりませんでした。
王家は次々に出動を命じてくるのです。神殿は休むことも許さず私をプロパガンダの象徴として祭り上げ、頼りの父も助けに来るどころか面会にも手紙一通さえ寄越さない。私の心は疲弊し、空虚となったのです。
その空っぽの心の中に唯一水を差してくれたのが、トレイターでした。彼は、私の護衛騎士で王家にも神殿にも私に休息を与えるよう進言してくれました。願いは届きませんでしたが、彼は初めて私を庇ってくれた人でした。私は次第に彼に惹かれ、彼もまた私を大事に思ってくれて、いつしか愛し合うようになっていたのです。
私は、身籠りました。トレイターとの子です。神殿に知られたら何をされるかわからない。子供を守りたかった。でも、大きくなるお腹を隠し通すことは出来ませんでした。私の妊娠に神殿は驚き慌てましたが、最終的に産むことを許したのです。その時の私は、神殿が何故許したのか理解していませんでした。
産み月になったある日、空き部屋でトレイターと神殿長が話しているところに偶然通り掛かりました。
『男が生まれたら約束通り我が家に引き取る。腐っても聖女の産んだ子だからな。何時かは役に立つだろう』
『勿論ですとも。女の子なら我々神殿が次の聖女として育て上げましょう』
愛し合った男の言葉とは思えませんでした。そして、神殿は、この子まであの過酷な日々を送らせようとしていたのです。
私は静かに部屋に戻り、祈りました。神ではありません。神は私をこんなに運命に引き吊り落とした張本人なのですから。
その晩、皆が寝静まっても私は一人起きていました。この世に私を救う者などいないのだと唯々嘆いていたところにそれが現れたのです。全身黒ずくめの美しい男の姿のそれはニタリと笑って私に言いました。
『腹の子は男と女だな。俺様は、もうすぐ寿命だ。と言っても、お前達とは時間の流れが違うからな。お前達にとってはだいぶ先だ。俺様はこのままだと混沌の中に飲み込まれる。これがどうしても嫌でな。あっさりと消えたいのだ。それを手伝うと言うならお前を助けてやる』
ずっと願っていた言葉を得体の知れないこの物が言ったのです。
『子が生まれたら、男はその子の父親に渡せ。希少な聖女の子として育つだろう。女はお前と一緒に別の場所に移してやる。但し、俺様の最後が近づいた時、娘を俺様の元に遣わせ。時期は上手く調整してやるから安心しろ。さあ、俺様と契約すればお前の自由は確定だ。どうする? 聖女よ』
私は、迷いませんでした。助けて、私を自由にしてと。
十八になった年に私は男女の双子を産み落としました。あの物の言った通りでした。二人とも私に似て黒髪で、それだけで皆喜んでいました。少なくとも娘は、私の力を受け継いでいると思われたのでしょう。子供達に愛情は感じませんでした。只、私を繋いでいる枷を外す鍵としか思えませんでした。
男の子は、父親のトレイターに神殿から逃してと言って渡しました。彼は喜びで今にも笑いそうな口許を無理やり引き締め、必ず守ると行って連れて行きました。
女の子は、神官が連れて行くと言ったので、暫くでいいので二人で別れを惜しませて欲しいと頼み込みました。二人きりになると直ぐにあの物が現れました。そして、私を型どった像を渡されました。台座にこれから移る土地の言葉で好きな言葉を彫り、娘への手紙を添えて、その地に着いて初めての新月の日に祈れと。
私は、後悔していません。私にとって三回目の人生で貴女を大切に育てましょう。でも、私は自由なのです。もう誰にも邪魔はさせません。例え、貴女だったとしても。
コインスデンス・ドゥ・サクレッドール




