その19 公爵邸
神殿の動きは早かった。私が、只の(って言うのもおかしいんだけど)聖女ではなく、女神の再来だと言うプロパガンダを貴族だけではなく国民に対しても行っていった。同時に王家が聖女を独占する為に囲い込んでいると言う事も忘れずに伝えていた。私は早急な決断を迫られる事になった訳で。
サクレッドール公爵家からの招待状が届いた。連獅子さんも行くと言って聞かなかったんだけど、重要な会議から抜け出られなくて、結局黒髪さんがついて行ってくれることになったんだけど。あまり、目立たないようにとこの国に来て初めて聖女服じゃない服に手を通した。簡易的なドレスとの事だったけれど、コルセットをして広がったドレスは女子としては憧れの姿なんだけど、重いし歩き難い事この上ない。
「おお、これは。殿下に恨まれそうですね」
「?」
「では、サアヤ様、参りましょう」
聖女ではなく、紗綾と呼んだ黒髪さんも騎士服ではない。黒髪二人だと目立つので鬘も被ろうかと思ったんだけど、サクレッドールの血筋は黒髪がいるという事でそのままになった。
サクレッドール公爵家のタウンハウスは、王城から南に少し下がったところにあった。流石に公爵家、王城からこんなに近いのにこの大きさ。門を入ってからも馬車で玄関まで行くって、私の感覚では想像できない大きさだわ。入口には使用人さん達が左右に整然と並び、公爵も玄関ホールで出迎えてくれた。映画のワンシーンみたい。
通された応接間は、シックな色合いで品のいい調度品が置かれていた。奥のコンソールテーブルに小振りの女神像が置かれていた。但し、そこにあったのはコインスデンスだけでフェイトの像はなかった。
「気になりますかな。それは女神像ではないのですよ。初代公爵の娘であるコインスデンス様の像なのです。後で肖像画もご覧に入れましょう。初代は、早くに妻を亡くしておりましてね。一人娘の彼女を本当に可愛がっていたそうです。その娘を国と神殿に連れ去られ、自由に会うこともままならず、寂しさを紛らわす為に肖像画を描かせ、この像を作らせたそうです」
「女神ではなく、お嬢様の像なのですね」
何となく紋様を見て違和感を覚えた。
「近くで見ても宜しいでしょうか?」
「勿論です」
台座に描かれていたのは、紋様じゃない! 文字だ!
「変わった紋様でしょう。どうなさいましたか?」
「紋様じゃありません。これは文字です。私の元居た世界の言葉です」
「な、なんと彫られているのかお教え頂けますか」
「まおうとのけいやくによりこのちをさるわたしはじゆうだ」
「「……」」
何なのこれは、コインスデンスは魔王と何を契約したというの? ふらついた私を黒髪さんが支えてくれた。コインスデンスはこの世界の人なんでしょ。何で日本語なんて知ってるのよ。何なの!
「聖女様にお見せするかどうか迷っておりましたが、コインスデンス様が残された手紙がございます。代々当主が受け継ぎ、秘匿するよう伝えられて来たものです。私達には、読めない文字の手紙です」
「見せて頂けるのですか」
「はい。貴女にお見せしなければならない物なのだと今、確信し致しました。暫くお待ちください」
黒髪さんが、ソファに座らせてくれた。手が冷たくなっていた。
「大丈夫ですか」
「あんまり。びっくりしてしまって。少し怖いです。魔王が消える瞬間、私を見て笑ったんです。見間違えだと思っていたんですけど、あの時やっぱり笑ったんだわ」
程なく戻られた公爵の手には、美しい螺鈿の文箱があった。向かいの席に着いた公爵は、それを丁寧に開け中から一通の手紙を取り出した。封筒の表書きにこの国の言葉で、『読むべき人が読むまでは必ず秘匿とする事 コインスデンス・ドゥ・サクレッドール』と書かれていた。
「どうぞ、お読みください」
「はい。お借りします」
私は、そっと封筒を手に取り、中の手紙を取り出した。




