第27話 夜の港の潜入捜査
日が完全に落ちた王都は、昼とはまるで別の場所だった。
灯りはある。
人もいる。
だが、空気が違う。
昼間のざわめきとは違い、どこか張り詰めている。
笑い声は小さく、視線は鋭い。
誰もが周囲を気にしている。
「……なんかさ」
ユウト・セルヴァ が隣で小声になる。
「普通に怖くない?」
「昼と雰囲気違いすぎるだろ」
「夜ってこんなもんだ」
そう答えながらも、俺自身も落ち着かなかった。
石畳の影。
建物の隙間。
屋根の上。
どこにでも人が潜めそうな場所ばかりだ。
「監視されてる感じある」
横で カイト が淡々と言う。
「気のせいじゃないと思う」
「……やめろって」
ユウトの声が一段小さくなる。
俺は無言で歩き続けた。
---
旧港湾区に入ると、その違和感はさらに強くなった。
かつて交易の中心だった場所。
今は新港に役割を奪われ、半分以上が使われていない。
古びた倉庫。
朽ちかけた桟橋。
黒く濁った水面に揺れるランタン。
それでも、人はいる。
むしろ昼より多いかもしれない。
だが、その動きは表の街とは違った。
商人とも、労働者とも、盗賊ともつかない連中。
視線を合わせない。
無駄に喋らない。
距離を測るように立つ。
ここは、完全に“裏”だった。
「……帰っていい?」
ユウトが本気で言った。
「帰り道分かるならな」
「分かんねえよ!」
そのやり取りに、少しだけ空気が緩む。
だが長くは続かなかった。
---
「遅い」
低い声が、倉庫の影から響く。
バルド・グレイン だった。
昼間の役人の顔は消え、今は完全に現場の人間の顔をしている。
簡素な外套。
目立たない装備。
隣には同じような格好の兵士が二人。
「ここから先は正式な捜査じゃない」
バルドが短く言う。
「見つかっても王国は関与を否定する」
「つまり?」
「全部自己責任だ」
ユウトが真顔になる。
「今さらやめるって言ったら?」
「帰れると思うか?」
「思わない」
即答だった。
---
バルドは地図を広げた。
旧港湾区の一角に赤い印が打たれている。
「昨夜、ここで不審な搬入があった」
「荷の正体は不明。だが規模と時間が異常だ」
カイトが覗き込む。
「監視は?」
「しているが、動きが早い」
「中に何があるかは分からないってことか」
「だから来た」
短い説明だった。
だが十分だった。
---
倉庫群へ近づく。
灯りが減る。
音が減る。
そして、気配が濃くなる。
誰かに見られているような感覚。
だが視線は見えない。
「……止まって」
カイトの声で全員が足を止めた。
「何だ」
「静かすぎる」
ユウトが周囲を見回す。
「いや、人いるじゃん」
「いる。でも音がない」
言われて気づく。
足音。
話し声。
荷の動く音。
全部が妙に抑えられている。
意図的に“消されている”感じだった。
「……やばくね」
ユウトの声が震える。
俺も同じことを思っていた。
---
目的の倉庫が見えてきた。
他より一回り大きい建物。
壁は古いが、扉だけ新しい。
半分開いている。
中からわずかに光が漏れていた。
入口には二人。
武装しているが、兵士じゃない。
傭兵か、裏の護衛。
「正面は無理だな」
俺が言うと、バルドが頷く。
「裏へ回る」
「クロウ、お前が先行」
「了解」
ユウトが焦る。
「え、毎回前行くの!?」
「慣れてるだろ」
「慣れたくなかった!」
カイトが静かに言う。
「音立てないで」
---
倉庫の裏手へ回る。
壁の一部が崩れていた。
人一人通れる程度の隙間。
中の様子が少しだけ見える。
俺はしゃがみ込み、息を止めて覗いた。
木箱が並んでいる。
数は多い。
人もいる。
三人、いや四人。
運搬している。
開けている箱もある。
その中身を見た瞬間、背中に冷たいものが走った。
人だった。
若い。
学生服のようなものを着ている。
動かない。
呼吸が見えない。
だが完全に死んでいるわけでもない。
体の奥から、微かに魔力が揺れている。
違う。
「……抜かれてる」
思わず呟きそうになるのを飲み込む。
魔力が流れている。
外へ。
箱の横に置かれた奇妙な器具へ。
細い管のようなものが、体に繋がっていた。
ゆっくりと、確実に。
人の中身が、削られていく。
昨日の死体と同じ。
だがこれは――
まだ途中だ。
俺は息を殺した。
ここはただの密輸じゃない。
もっとまずいものが動いている。
喉が乾く。
目の前の光景が、現実だと理解するのに一瞬かかった。
木箱の中で横たわる学生。
体に繋がれた細い管。
脈打つように、ゆっくりと吸い上げられていく魔力。
そして、その魔力を受け取っている“装置”。
金属と魔導石で組まれた、不自然な構造。
見たことがない。
だが分かる。
まともな代物じゃない。
---
「……どうなってる」
背後で、かすかな声。
振り向かずに答える。
「人から魔力抜いてる」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
ユウト・セルヴァ の声が震える。
「生きてんのか?」
「分からん。でもまだ完全には抜けきってない」
横から カイト が覗き込む。
「魔力を直接抽出してる……?」
小さく呟いた。
「理論上は可能だけど、こんな規模でやるのは異常だよ」
---
倉庫の中では、男たちが淡々と作業していた。
感情はない。
ただの仕事のように、手を動かしている。
「次、そっち運べ」
「こっちは終わりだ」
「急げ、時間がない」
そのやり取りの中に、ふと混じる言葉。
「数が足りねえな」
「前線に回す分も考えろ」
背筋が冷えた。
---
「……前線?」
ユウトが小さく呟く。
「戦争でもやる気かよ……」
カイトが低く言う。
「もう始まってる可能性もある」
---
倉庫の奥で、別の箱が開かれた。
中から一人の男が引きずり出される。
制服。
ミレスト商業連邦 の学生だった。
まだ意識がある。
指がかすかに動いている。
だが声は出ない。
「こいつもミレストか」
作業員の一人が言う。
「やっぱり安定してるな」
「商業連邦は数が確保しやすい」
「他国は面倒だ。軍がうるさい」
「ミレストは楽だ。金で全部通る」
笑いもなく、ただ事実を並べるような口調だった。
---
「……狙ってるのは、商業連邦か」
俺は小さく呟く。
答えは出ていた。
被害が偏りすぎている。
これは偶然じゃない。
選ばれている。
---
「それにしても遅いな」
別の作業員が言う。
「“上”の回収班はどうした」
「教会絡みは面倒なんだよ」
「指示が細かすぎる」
その言葉に、空気が一瞬だけ変わった気がした。
教会。
誰もその言葉に触れない。
だが確実に、何かが繋がっている。
---
「……くそ」
気づけば拳を握っていた。
視界が狭くなる。
今すぐ飛び込みたい衝動。
だがその瞬間、肩を押さえられる。
バルド・グレイン だった。
「まだだ」
低い声。
「ここで潰しても元は辿れん」
「だが――」
「狙いは流れだ。仕組みごと叩く」
その言葉で、無理やり冷静さを取り戻す。
これはただの現場じゃない。
もっと大きい。
---
その時。
倉庫内の一人が、ふとこちらを見た。
目が合った気がした。
「……気づかれたか?」
ユウトの声が止まる。
だが男は何も言わず、作業に戻った。
気のせいか。
それとも――泳がされているのか。
---
「長くは持たないな」
バルドが判断する。
「一旦引く」
「は?」
「情報は十分だ」
納得はできなかった。
だが理解はできた。
ここで動けば、全部逃げられる。
「……分かった」
歯を食いしばる。
---
静かにその場を離れる。
倉庫の灯りが遠ざかる。
だが、あの光景は消えない。
頭に焼き付いて離れない。
---
路地裏まで戻ったところで、ユウトが息を吐いた。
「……やばすぎるだろ」
「うん」
カイトも短く答える。
「完全にアウトだね」
俺は壁にもたれた。
呼吸が重い。
「……あれ、何に使うんだ」
バルドが低く答える。
「推測だが」
一拍置いて。
「戦闘用魔力供給、あるいは兵器の起動だ」
盗まれたAランク武装。
抜かれる魔力。
全部繋がる。
---
遠くで波の音がした。
静かな夜だった。
だがその奥で、確実に何かが動いている。
---
「時間がない」
バルドが言う。
「明日には動く」
「潰すのか?」
「当然だ」
短い答えだった。
---
その夜。
王都のどこかで、また一人。
魔力を抜かれた人間が増えていた。
そしてその魔力は、どこかへ運ばれていく。




