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UPI~特殊事案捜査課・江角泰地の捜査記録  作者: 朝香トオル
Case5:はじまりの夏 3年目7月
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31/33

Case5:はじまりの夏4 終

 翌日。


 UPI本部で報告書を出した江角は、国屋と上乃木に説教されていた。説教は報告書の内容に対してではなく、幼少期と現在の不用意な怪異との接触についてである。今回は自ら出向いたため叱られても文句は言えないが、幼少期は不可抗力だったのだから不問にしてくれないだろうか、と江角は思う。


「幸い、こちらに実害が出るタイプではなかったからいいけど、危ない綱渡りをしてることは自覚して行動すること。その珊瑚と怪異の正体調査はこちらに任せること。いいね?」


「はい」


 江角の返事に国屋はため息をついた。


「それにしても、江角は本当にモテるね。今回の怪異が正月のことに何も言及しなかったのはラッキーだった」


「正月……あ、」


 F県警のUPIも巻き込んで大騒ぎになったことを江角は思い出した。あれも、江角の親切心に惚れこんだ女神が求婚をしてきたことによる騒ぎだった。


「……おそらく、言及しなかっただけで、マウントはばっちり取られていると思うんですがね」


 上乃木はそう言って珊瑚を指さした。


「春木さんからも言及があった通り、江角くんの健康と長寿を祈っているとは思いますが、それ以前に赤いものを渡す、ということで魔除けも兼ねているのではないかと私は推測します」


「それがなんでマウントになるんです?」


「江角くんに、自分以外の怪異や魔性が近づかないように、という警戒ですよ。あとは単純に宝飾品としての珊瑚は赤ければ赤いほど高級ですから、マウント以外の何ものでもないと私は思うのですが」


 そう言われて江角は思わず血のように赤い珊瑚を見つめる。


「詳しくは鑑定してみないとわかりませんが、おそらくかなりの高級品だと思いますよ」


「……はい」


 この仕事を続ける上では重宝するだろう。先日の春木の提案に従って、数珠にすることを江角は決意した。


 一通りの説教が終わって解放されたところで、江角は国屋と上乃木に訊ねた。


「結局、あれの正体は何だったんでしょうか」


「え? 知ってて話したんじゃなかったの? 一つしかないでしょう、あの山の神様だよ。江角が聞いた予言でも神って言われてたじゃない」


「それは、そうなんですけど」


 〝神〟という言葉が指す範囲は日本においてかなり幅広い。本当に神だったのかという懸念が拭えなかった。


「それに、単眼の女、って山の神の特徴を全部持ってて違うなんてことがあるとはちょっと思えないからなあ……。平桐寺の住職にでも訊ねてみたら?」


 管理している人の方が良く知っているんじゃない? と言われて江角は再び平桐寺に足を運ぶことになった。




 同日・午後。


 二日続けて平桐寺に顔を出した江角を典正が迎えてくれた。春木は本堂の方で参拝に来た檀家の相手をしているらしい。


「昨日は随分長いこと裏山にいたけど、大丈夫だった? あそこは昔から、気に入られちゃう人が出る場所だからね」


「え?」


 耳を疑うような話に思わず声を上げると、典正は続きを話し始めた。


「なんて言えばいいのかな、浦島太郎の山版っていうのかな。山で出会った女性のもてなしを受けて戻ると、現実では自分の体感以上の時間が経過していた、みたいな話があるんだよ。ここ最近だとあんまり聞かないけどね。泰地くんが迷子になったときも、そういう話を持ち出した人がいたけど、さすがに子ども相手には起きたことのなかった話だから、あの時は言わなかったんじゃないかな」


 うちは、ばあちゃんが神隠しだ! って騒いで大変だったけど、と典正は苦笑したが、江角は笑えない。おそらく時間が短いだけで、江角が遭遇したのは、前回も今回もその話に出てくる女である。


「おじさん、その山で出会った女性は、どういうものとして伝わってますか?」


 浦島太郎に出てくる乙姫は竜宮城にいる姫であり、海神の娘とされることも多い。それと比較して、裏山の女はどのような位置づけになるのか確かめたかった。


「ああ、そういうことね。あの山、波垂って名前がついている通り、元は涙を垂らすという意味でね。夫と死に別れた女性が、夫の死を悼みながら自分も死ぬために山に入ったという話があるんだよ。うちがここに寺を構えるよりずっと前の話だけどね」


「……」


 古代中国の殉死風習に則り、夫の死後、自ら死を選ぶ女性も多かった時代があるという。


「そんなわけで、いわゆる未亡人が多数死を選んだのがあの山だね。だから、山で出会う女性はその時に亡くなった人、もしくはその人たちを弔うために山に入った尼僧のどちらかが神格化されたもの、と言われている」


「つまり、どちらの場合でも元は人間、ということですか」


「そうなるね。日本神話とか出雲神話に出てくるような神様ではないことは確かだ」


 妙に人間的な感覚を持っていた謎が解けた。人間の感覚を持ったまま、神格化されてしまったためなのだろう。


 なんだかかえって厄介なものに気に入られてしまったのではないか、と思うが、疑問が解消されたことは喜ぶべきポイントだ。


「あれ、たいちゃん、来てたの? お父さん、佐藤さんがお参りにいらしたよ」


「うん、じゃあ交代しようか。泰地くん、ゆっくりして行ってね」


 来客の相手が終わったらしい春木が顔を出し、それと入れ替わりで典正が新たな来客の相手をするために出て行く。春木の手にはビニール袋が握られており、中には真っ赤に熟れたトマトが大量に入っていた。どうやら来客からの手土産のようだ。江角はそのうち二個をもらうことにする。


「どうだった? 報告書、受理してもらえた?」


「ひとまず押しつけてきたが、今おじさんから聞いた話を付け加えて再提出することにした」


「? 何の話?」


 江角は典正の話をかいつまんで春木にする。春木はなるほど、とつぶやきながら江角の話を聞く。


「あーなるほどね。私も納得できたかも。妙に人間っぽいところがあるなと思ってたらそういうことだったのか」


「おじさんのおかげで残った疑問も解消できたな。明理さんとは話したのか?」


「いや、仕事で留守にしてるの忘れててできてない。まあでも、お父さんが言うことが正しそうだし、あの珊瑚もそんな不審なものじゃなさそうだね」


 鑑定には出したの? と訊ねた春木に江角はうなずく。


「出した。というか強制的に出された。一週間程度で鑑定は終わるらしい。終わったところで、数珠への加工してもらっていいか?」


「うん、頼んどく」


 その後、春木から依頼を受けた仏具店の店主は、珊瑚のあまりの高級具合に腰を抜かすことになるのだが、そのことを二人はまだ知らない。


「たいちゃん」


 春木が改まって江角の名を呼んだ。どうしたのだろうか、と江角が思っていると春木は「ごめんね」と謝罪の言葉を口にした。


「それは何に対する〝ごめん〟なんだ」


「十六年前のこと。あの時はああするしかなかったけど、でもやっぱりもっといい方法があったかもしれないって思ってしまってしょうがないんだ」


 春木なりに、江角が結んだ契約のことを考えてくれたのだろう。死後の自由が保障されない契約だが、江角自身はあまり気にしていない。死後行く先が極楽か地獄かはたまた彼女のもとか、というだけことだ。


「言ってなかったかもしれねえが、オレは案外この仕事を気に入ってんだ。最初はやべーとこに来ちまったって思ってたけどな。オレにしかできねえ仕事があるってのは、思ったよりよかったし、知らねえ世界が知れるのは面白い。オマエとやるのも悪くねえしな」


 そしてその仕事は十六年前の出来事がなければ、取り組む機会すら与えられなかったものだ。


「……」


「だから、オマエの気持ちの整理のために謝罪は受け取る。でも、謝ってもらうのはこれっきりだ」


「わかった。……ありがとう」


 江角は黙って拳を突き出した。春木も黙ったまま拳を差し出し、江角の方に軽くぶつけた。


「これからも頼むぜ」


「任せといて」



○


 翌年、春。


「江角、新人用のマニュアル作ったって言ってたよね? どこやった?」


「ファイルに綴じておきましたよ! 昨日もちゃんと言ったのに、どこにやったんですか?」


 机の上を捜索する国屋に江角は言う。江角以来、三年半ぶりの新人がやってくる。


「オレも捜査に出ますから、続きは国屋さん一人でお願いしますよ」


 江角は急いで持ち物を用意すると、バタバタと慌ただしく駆けていった。廊下は走らない、という貼り紙は薄茶けて久しい。その姿を見送った国屋はやれやれ、と言いながら一つのファイルを手に取った。表紙には印字されたテープシールが貼ってあり〝UPI捜査記録・マニュアル〟と記載されていた。


「あ、これだね」


 表紙をめくると、江角が作ったと思しきマニュアルが印刷された上で綴じられており、なおかつそこかしこに手書きのメモが追記されている。


「なんだかんだ江角も楽しんでるなあ、この仕事」


 思わず緩む口元に国屋は手を当てた。表紙をめくってすぐのページには江角の本心だろうと推測できる言葉が書かれていた。



 ――怖がらず、適切に畏れ、かしこまること。



 その通りだ、と国屋は思う。怪異対策班である以上、適切な対処のためには怖がってはいけない。しかし、舐めてかかると痛い目を見る。それでこの部署を去ったものも一人や二人ではない。国屋はふふ、と小さく笑ってつぶやく。


「僕は優秀な部下を持って幸せな課長だなあ」


 そのつぶやきに呼応するように、開け放った窓からひとひらの花弁が屋内に舞いこんだ。ひらり、と宙を舞う花弁を国屋は捕まえる。


「さて」


 やってくる新人を盛大に迎えてやるとしよう。

 そう考えて、国屋はウキウキと弾む足取りでUPI本部を後にした。


【Case5:はじまりの夏 完】

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