Case4:旧百貨店の七不思議5 終
「は?」
地上に戻った江角は、スマホの表示を見て愕然とした。調査に向かった日の二日後の日付が表示されており、時刻は午前四時四十分だった。春木も江角と同様に、己のスマホを見て愕然としている。翌日鍵を返す、と言っておいて警察官が失踪しては、信用はガタ落ちだと江角は血の気が引くのを感じた。
「うわ、」
加えて国屋および上乃木からの着信の数に江角は思わず、スマホを取り落としそうになる。江角が国屋の立場だったとしても間違いなく連絡を取ろうと試みるわけで――江角は、恐る恐るUPI本部の固定電話に電話をかけた。
『――はい、刑事部特殊事案捜査課』
ワンコールで電話に出たのは、眠たそうな口調の上乃木だった。江角が「お疲れ様です、江角です」と名乗ると、電話の向こうではガタガタと物が崩れる音がした。その音が落ち着いたところで、上乃木の声がようやくしっかりし始めた。
『江角くん⁈ 無事でしたか! 今どこに?』
「えーと、スタート地点にしていた警備室に戻ったところです」
『春木さんも一緒ですね? すぐに迎えに行きます。絶対にお二人だけで帰ろうとしないでくださいよ』
「了解しました……あの、ご心配おかけしました、すみません」
江角の謝罪を国屋は『謝る必要はありませんから、とにかく待っててください』と強引に遮って終話した。同じように平桐寺に電話を入れたのであろう春木も疲れ切った顔をしていた。
「妙に疲れた理由がわかったね……」
「ああ」
あそこは磁場ではなく、時間の流れが歪んでいたのだと理解して、やれやれと大きなため息をついた。
「そっちは大丈夫だったのか」
「いや、まだこれからだね。誰も電話に出なかったから一応留守電に入れておいたけど、誰が気づくかなあ」
「……悪い」
今回の調査のために協力を依頼したのは江角であり、春木を巻きこんだ張本人であるため、バツが悪い。
「いや仕方ないよ。さすがにこうなるのは予想外だったし、これからは調査日含めて三日くらいは余裕見て予定管理するから。それよりたいちゃんはここから報告書出したりするんでしょ? がんばってね」
「あー……それも気が重い」
時間の流れがおかしくなっていた以上、録画記録もきちんと残っているかあやしい。一から思い出して報告書を書くことを考えると、江角の気持ちはどんよりと曇っていく。だが、それ以前に――。
「とにかく寝てえ」
「それは私も賛成。あと着替えたい」
不思議なことに、現実では二日以上経っているにもかかわらず、春木のズボンと靴は濡れたままだった。
「あーそうだったな」
「忘れないでよ」
○
翌日。
UPI本部に帰還したのち、泥のように眠った江角と春木を待っていたのは、鬼のような質問責めだった。通常捜査に出る際は、UPI専用の端末(その場の霊的な影響を受けないように加工されている)で位置を共有しており、逐一本部でもモニタリングしていたが、江角と春木がエレベーターに乗りこんだ時間以降は位置情報が不定だったという。
「S県にあるかと思えば、シベリアに行くし、はたまたハワイにも行くし、最後は不明って出たから、大騒ぎだったよ」
あくびをしながら言うのは国屋だ。国屋も途中まではモニタリングをしていたようだが、ほかの仕事との兼ね合いで外れたらしい。
「ハワイならちょっと行きたかったね」
「いやだろ、あそこからハワイに行くのは」
残念そうに言う春木に江角はツッコミをいれる。
「あ、そういえばあの小鬼どもは?」
二日経っていたことに気を取られてすっかり忘れていたが、警備室に放置したままになっていたことを江角は思い出した。
「一旦回収しましたよ。県立博物館の方で預かってもらえないか交渉しています」
上乃木が言う。江角たちの位置情報が乱れ始めたため、上乃木が一度現地確認に向かったらしい。警備室に案内されたところ、小鬼二体は元のブロンズ像に戻っていたが、不審に思った上乃木が持って帰った。
「博物館はなんて?」
「入口の噴水近くに置くなら大丈夫だと。まあ彼らは屋外でも屋内でもよさそうでしたから、そのうち博物館に設置されると思いますよ」
「そうですか」
県立博物館には、古くから収蔵されている品も多く、小鬼と同じように意思を持つもの、つまり付喪神化した品も多々ある。仲間がほしかった、という彼らの気持ちに寄り添う選択になるだろう。
「あとマネキンと不審な水たまりがあったと思うんですが」
「マネキンは黒田に対応してもらって彼女の不要になった服を着てもらった。水たまりの方は、春木さんの服に付着した成分分析をしてもらったけど、わからなかった」
「わからなかった?」
敬語も忘れてオウム返しに訊ねた江角に国屋は「そうなんだよ」とほとほと困った様子だった。
「純水だったって鑑定結果が来てね。どこの何かはわからなかった」
通常は不純物や成分分析によって近い水質の何かを探すが、純水である以上、それは叶わない。だが、一切の不純物がない純水がなぜ意図をもって人を引きずりこもうとするのか。
「じゃあ、あれはあのままにしておくしかないということですか」
「そうなる。ないものを捕らえることはできないし、僕ら警察が動ける範囲にないことにはね」
「……そういうのを解決するのが、我々の仕事だと思っていたんですが」
科学でも、理屈でも証明できないもの。
「うん。僕もそう思っているし、この件は悔しい」
だが、その中でも動く範囲に限度があるのは、江角も理解している。
「すみません、本部長直々の話だったのに」
謝る江角に国屋はきょとんとした顔で江角を見つめ返した。
「え? ああ、そうだったっけ」
軽い口調で言う国屋に江角の目がつり上がる。
「そうですよ! 本部長の知り合いの息子とかなんとか言ったじゃないですか⁈」
「あーそうだったそうだった。ごめん、誰からの話かはどうでもよかったから忘れてた。それより困るのはこれまでの失踪者の生死が不明のままなことだよ。僕らは生存が絶望的だと思うけど、ご家族に納得してもらうのは骨が折れる。まあ、ここは僕みたいな人間が責任取る部分だから、なんとかするね」
「……そこは、すみません。よろしくお願いします」
国屋は怒ったり落ち込んだり忙しい江角を面白そうに見つめている。
「とりあえず、この変な水たまりは未解決案件としてデータベースに登録しておくしかない。それと、最後に聞いておきたいんだけどさ、」
そう言って国屋は江角と春木に一度ずつ視線を合わせた。
「――この動画の最後、何があったの?」
国屋は江角が持ち帰ってきた動画を再生したというが、最後はずっと不明瞭な音声――聞いた者はもれなく頭痛を訴えたという――が続いていたという。江角と春木は国屋の問いかけに口を開きかけて、あれ、と首を傾げた。
「エレベーターで地下のよくわからないところに下りて」
「そこがあの世とこの世の境だとは言われたんですが……」
それを誰に言われたのか、二人そろってまったく思い出せなかった。言われたことは鮮明に覚えているのに、それを口にした相手はなんだったのか。思い出そうとすればするほど、朧気に消えていく。
うんうん唸る二人に、国屋は「無理に思い出そうとしなくていいよ」と言った。
「きっと思い出せないことにも意味がある。思い出さない方がいい、もしくは忘れるようにその何かが操作しているかの二択だ。この部分の報告書は記録不鮮明で記載ができない、追加調査をする、って僕の承認付きで書いておこう」
「……それで通るんですか?」
まず認められない報告書だな、と思いながら江角は訊ねた。
「UPIの報告書だからね。事実をそのまま書くのが一番の記録になるんだよ。どうせ普通の警察官は見ないし、それなら僕らの役に立つ方がいい」
「そうですか」
国屋がいいと言うならいいということにしよう、と江角は割り切った。
「じゃあそういうわけで、事後対応よろしく。僕も帰ってもうちょっと寝るよ」
「お疲れさまでした」
江角のあいさつに、国屋は大きなあくびを一つ返した。
○
追加調査が行われた旧百貨店のエレベーターは、その後、誰がどんなに乗るときの条件(時間、人数)を工夫しようと決して地下一階より下に進むことはなく、いつしか調査は打ち切られた。
徐々に不鮮明になる記憶のうち、江角と春木のもとに残ったのは〝江角は波垂山の神によって呪われている。いつか山を訪ねてみるとよい〟という予言のみだった。
――この予言が何を意味しているのかは、今はまだ誰も知らない。
【Case4:旧百貨店の七不思議 完】




