Case4:旧百貨店の七不思議4
【検証六:深夜に下りエレベーターに乗ると、行き先階を押していないのに地下二階につく】
【検証七:地下二階に行くと〝何か〟に出会うことがあり、出会った場合、地上に戻れない】
時刻は二十二時四十五分。
江角が押した呼び出しボタンはあっさりと点灯し、ブレーカーを上げておいてよかったと思う。ポーン、と軽い音を立ててやってきた展望エレベーターの中は、明るく、一瞬江角と春木は目を細めた。
「乗るしかねえよなあ」
「そうだねえ」
どちらかがエレベーターに乗らず待機する、という案も一応考えたが、別行動によって生じるリスクの方が大きいと踏んで、二人そろって移動することになった。籠に乗りこんだのち、操作盤を見つめる。
「これ、行き先階を押さなくていいんだよね」
「ああ、押したら検証にならねえからな」
行き先階を押さずに放置していた場合、通常であれば〝行き先階を押せ〟というアナウンスが流れるはずである。しかし、アナウンスは流れることなく、エレベーターは動き出した。ぎゅっと上に引き伸ばされるような感覚を与えながら、エレベーターは降下していく。
「午後十時四十八分。時間が関係あると思うか?」
「さあね。意外と無条件かもよ? 暗くなってたら発動、くらいの感じでさ」
「適当だな」
「人間だってそんなもんじゃない? ほら、小さいときは暗くなる前に帰っておいで、とか言われたけど、暗くなる時間って季節によってバラバラだしさ」
展望エレベーターであるため、外の景色が過ぎていく。建物自体は地下一階までだが、それを過ぎてもエレベーターはさらに降下を続けた。
「どこまで行くんだろうな」
「最果てって感じがするね」
そのまま数分――体感はもっと長かった――下るとついにエレベーターは停止した。
『地下……でございます』
アナウンスが何を言ったのか音としては聞き取れたが、意味としては聞き取れなかった。ポーンと小さな音がして、エレベーターのドアが開く。ドアが開いた先は濃い霧に包まれていた。
「検証成功したね」
「……したくなかった」
これに限らずすべての七不思議の検証に成功したくはなかった、と江角は思う。理由はどうあれ、小鬼やマネキンのように〝何が〟その現象を起こしているのかがわかれば、対処のしようがあるが、地下の濃霧や階段の水たまりのような自然現象に見えるものが一番難易度が高い。
「……おりる?」
恐る恐る訊ねてくる春木に江角は「おりたくねえ」と即答したが、エレベーターのドアは閉じる様子をいっこうに見せない。おりろということなのだろうかと腹をくくって二人はエレベーターの外に足を踏み出した。すると、エレベーターはドアを閉じ、二人は濃い霧の中に取り残される。
「あっ、こいつ、勝手に閉じやがった!」
江角が上向きの呼び出しボタンを連打するが、うんともすんとも言わない。その横でスマホの画面を確認した春木は「圏外……というか、これなんだろう、変だな」と言った。圏外、9G、8G、7G……と表示が目まぐるしく変わっていった。現実にはあり得ない表示に加えてカウントダウンを始める数字に、冷たい汗が流れた。
「何が、起きるんだ……?」
先の水たまりとの邂逅とは違う底知れない恐ろしさがあった。命を取られるだけの方がマシではないか、と思わされるような何か――そんなことを予感する。地下で出会う何か、というのは、まさに何かとしか形容しようがないのではないか。
ついにスマホの電波表示のカウントが0G、となったところで、江角は春木に腕を叩かれた。
「あれ、」
見て、と言いかけた春木の声はかすれて声にならなかった。春木が視線をやった方に江角も目をやる。そこには、猿の面が浮いていた。江角は咄嗟に胸ポケットに入れたカメラを自分の方に向ける。撮ってはならない、と本能が告げていた。
「……賢い猿どもだ」
その様子を見た猿面が苦々しげに言う。江角は緊張しつつも、自らの直感が正しかったことに安堵した。しかし、残念ながら、お前も猿だろうとつっこむだけの余裕はなかった。猿面は江角たちに構わず話し出す。
「これまでにここにやってきた猿どもは無礼にもわしの姿を映そうとしたのよ。時代が時代であれば、わしの姿を見るだけで目がつぶれるところであったのに……。やりにくい時代になったものよ。わし自ら手出しせねばならんとはな」
愚痴っぽい内容のわりに、楽しんでいるような口調で言う猿面にとって、やはり人間の命は簡単に手出しできるものだと理解する。
「して、猿ども、わしに何の用……ああ、そういうことか。特に用はないのだな」
猿面は江角の胸元に着いたUPIの徽章(これだけは調査現場に出向く際に必ず身に着けているものである)を見て、つまらなさそうに言った。
「以前にも同じような猿どもに会ったことがある。まあまあ話の通じるやつだった。そのときの猿どもに免じて、一つずつわしに問うことを許してやろう」
猿面の言葉に、江角と春木は顔を見合わせた。まずは江角から、と春木が目で訴えるので、江角はUPIとしての問いかけをする。
「最近ここに来た人間がいたと思いますが、その人間がどこへ行ったかご存じでしょうか」
「知らん。ここは彼岸でも此岸でもある場所。わしの居場所ではあるが、管理場所ではない。此岸に戻っておらんのならば、彼岸に渡ったのであろ。つまらん質問をするな、次」
江角の問いかけに猿面は素っ気なく返事をしたうえ、質問内容に容赦なくダメ出しをした。加えて、七不思議の七番目も本当であることが理解できてしまい、思わず江角は天を仰いだ。次、と言われて春木は静かに問いかける。
「あなたは、何者です?」
「ふん、わしの正体を知ろうとする猿どもはごまんといるが、面と向かって問いかけてくる猿どもはほぼおらぬ。その度胸に免じて、一つ答えをやろう」
猿面はそう言うと、全身の姿を見せた。頭が猿面ということで、二人はそろって鵺の姿を想像していたが――。
「……!」
「はは、言葉も出ぬか。そうであろうな」
猿面の身体は牛の形をしていた。通常は人面と牛の身体を持つものとして描かれ、預言をするものとされる件である。
「通常、預言をするとすぐに儚くなる、と聞きますが……」
「そんなちんけなものとわしを一緒にするな。わしは、ここに来るものにすべて、霊託をやっている。一回こっきりのアレとは違う」
本当だろうか、と内心で江角が疑っていると、猿面は江角をじろりとねめつけた。
「信じておらぬな? 無礼な猿め」
そう言って、猿面はまず春木を見た。そして、目を細めて言葉を紡ぐ。
「……汝は、形こそ僧侶だが、巫の系譜であるな? わしがここで何かを言うのは、神への冒涜になるゆえ、控える」
巫、という言葉に春木は驚いた。春木自身は特に何もないが、彼の姉である明理は土地神の伴侶の座にあり、その弟である春木自身もその加護を受けていることを猿面はきちんと見ぬいた。猿面は霊託を終えると、すぐに春木からは興味を失ったように目をそらした。
「次は汝だが……。ははあ、質問はつまらぬものだったが、汝自身は面白い。汝は波垂山の神によって呪われているのか。愉快であるなあ。いつか山を訪ねてみるとよい。面白いことがわかるはずだ」
「え?」
波垂山、というのは平桐寺の裏手にある山の名前である。なぜその名前がここで出てくるのか。チクチクと江角の頭の隅が痛む。
「呪われている、というのはどういうことです?」
思わず訊ねた江角を猿面は咎めるようにじろり、と見つめた。
「わしはもう汝の質問に一つ答えた。これ以上は答えられぬ。汝が自分で出向き、その眼で見定めよ」
「……」
黙り込んだ江角に、猿面は呵々と笑う。江角を困らせて楽しんでいるような雰囲気に、やはりこれは神ではなく、どちらかというと怪異寄りのものだ、と江角は感じた。
「では、わしは戻る。汝らもそこの籠で戻るといい。もうここには来てはならぬぞ」
ひとしきりしゃべり、興味を失ったように素っ気なくなった猿面に、江角と春木は念のため頭を下げる。神託のようなものをもらった以上、礼を尽くすべきだと思っての行動だったが、二人が顔を上げた時にはすでに猿面は消えていた。
「……戻るか」
「うん」
なんだか随分くたびれたよ、と言って、春木はポキ、と小さく首を鳴らした。江角も返事する気が起きないほど疲れており、大きなため息をついた。




