Case4:旧百貨店の七不思議2
同日、午後八時。
百貨店内の元警備室に入れてもらった二人は、暗視スコープつきの防犯カメラが映す映像を見ていた。普段は切られているというそれだが、行方不明者が出たという話を受けてからは百貨店の管理者側で記録をしてくれていたらしい。
「大変助かります」
江角は管理者である久城に頭を下げた。久城は丸々とした体型の四十がらみの男性であり、絵に描いたような中間管理職だった。汗を拭き拭き、久城は言う。
「いえ、こちらこそ管理不行き届きで申し訳ございません。我々の方でしっかり管理できていればよかったのですが、オーナーに叱られてしまいまして、皆様に頼らせていただく次第になりました」
売却を進めようとしているオーナーとしては変な噂を立てられても困るだろう。久城も気の毒だが、オーナーの気持ちも理解できる。
「普通は関係者でもない限り、すでに閉店した百貨店に入ろうなんて思いませんからね」
苦笑しながらフォローする春木に久城はペコペコと頭を下げた。現在二人が見ているのは〝りいちゃんねる〟こと坂井利一が侵入したと思しき日の映像である。彼のチャンネル運営スタッフに聞き取り調査をしたところ、三日前で間違いない、ということだった。
「あ、」
これだ、と江角が見つけたのは階段の昇降をする坂井の姿だった。階段の踊り場で、足を掴まれたのか、と思われるような動きを見せて姿を消す様が映っていた(残念ながら音声まで撮れるタイプのカメラではない)。江角と春木は顔を見合わせ、久城は声も出さないまま顔を青くした。
「これ本物だったのか……」
絶対に嘘だと思ってたんだけどな、とつぶやいて江角は手元の紙に視線を落とした。
江角の手元の紙にはまことしやかにささやかれる七不思議の一覧があった。国屋が事前にくれた情報の中には、派生と思しき内容もあったが主なものは次の通りだ。
一、一階の広場にあるブロンズ製の小鬼像が走り回る
二、三階の婦人服売り場のマネキンが躍る
三、四階のトイレの鏡をのぞくと自分ではない何かが映る
四、誰もいないはずのレストランフロア(六階)から宴会の声が聞こえる
五、階段の踊り場にいると突然足首を掴まれて引きずり込まれる
六、深夜に下りエレベーターに乗ると、行き先階を押していないのに地下二階につく
七、地下二階に行くと〝何か〟に出会うことがあり、出会った場合、地上に戻れない
このうち階段の話は五つめであり、どこへ行くのかもあやふやなため、おそらくこれは嘘だろうと思っていたが、これが本物となると、他もすべて検証する必要がある。
「たいちゃん、一応録画データが加工されてないかどうかは確認した方がいいんじゃない?」
「ああ」
録画データはおそらく書き換わっていないだろうが(そんなことをしている暇があったら坂井は自身のチャンネルで動画を配信しているはずだ)、科学で証明できるところは照明するべきだというのがUPIの方針である。なんせUPIは科学で証明できないものを解く組織だ。
「えーと、ここどこだ……五階と六階の間か……」
江角はモニターと久城から渡されたフロアガイドを見比べる。フロアガイドには地下一階から地上六階までのテナントが記されているが、これももう撤退して久しい。
「じゃあ、一階から順番に階段で上がって最後にエレベーターで下りる、でどう?」
「ああ、それでいこう。気になるのはこれだけどな」
江角はそう言って、六つ目と七つ目を指さした。
「そもそも深夜っていつだ?」
「あー……いつだろうね。とりあえずさっきの配信者が記録されてた時間くらいでいいんじゃない?」
「そうだな。じゃあ、十一時くらいに行くか……」
現在時刻は二十一時前であり、ほかの調査を進めているうちにそのくらいの時刻になるだろう。
「あと七つ目。これは誰が言いふらしてんだ。〝何か〟に出会ったやつは帰って来てねえのにどうして〝何か〟に出会ったってわかるんだよ」
「……〝何か〟側が発信してるとか?」
「笑えない冗談はやめろ」
真顔で言う春木に、ありそうだな、と一瞬納得しかけたのを江角は振り払う。そして、管理者として警備室を開けてくれた久城を振り返った。
「あとは我々で対応します。警備室の鍵は明日、県警職員よりお返ししますので、今日はここまでで結構です」
「よろしくお願いします」
久城は明らかにホッとした様子で、汗を拭きながら警備室を出て帰っていった。江角と春木としても一般人である久城をこれ以上巻きこむことは本意ではない。
「さて、じゃあ、一階から行きますか。電気つく?」
「いや、つかねえ。ブレーカーは一応上げたけどな……ったく仕方ねえなあ」
「電気がつかないのもこういうのの定番だよね」
本来不要な備品は持ち歩きたくないが、背に腹は代えられない。二人は首掛け式の懐中電灯を装備し、江角はそれに加えて、上着の胸ポケットに小型カメラをしかけ、お守り代わりの野球ボールをウエストポーチに二つ忍ばせた。
「今度こそ行くか」
「不謹慎だけど、なんだか悪いことしているみたいでちょっとわくわくするね」
深夜の探検なんて初めてだなあ、と言う春木の頭を江角は平手ではたいた。
【検証一:一階の広場にあるブロンズ製の小鬼像が走り回る】
同日、八時五十分。
警備室から出て一階フロアに入ると、硬いものと硬いものがぶつかるようなカチカチという音が聞こえてきた。すでにテナントは撤収して、商品や展示品はすべてなくなっているため、音はよく響いた。
「なんだこれ」
早速懐中電灯で周囲を照らし、音の出処を探る。数分もしないうちに、春木がある一点を指さした。
「あ、あそこ! 小鬼が走ってる」
「……一つ目はマジだったんだな」
まさに小鬼と呼ぶにふさわしい、高さ三十センチほどの像が二体、カチカチカチカチ、と足音を立てながら走っている。懐中電灯に照らされた小鬼は江角と春木に気づいてキャッキャと声を上げた。
「あなうれしや、うれしや」
「汝、我らと鬼事せんや? まずは汝が鬼となれ」
春木一人を指さし、手招きする小鬼に、江角と春木は顔を見合わせた。江角はぽん、と春木の肩を軽く叩いた。
「頼んだ、元陸上部長距離ランナー。ご指名だぞ」
「え、私だけ?」
「二人でやっても効率が悪いし、あいつらはオマエを指名してるじゃねえか」
「仕方ないなあ」
今回は春木向きだ、と江角は思う。おそらく小鬼たちもそれを見抜いたうえでの指名なのだろう。探索ということで、動きやすさと汚れてもいいことを考量した服装(江角も春木もジャージとスニーカーである)にしておいてよかった。春木は簡単に準備体操をすると、江角に懐中電灯を手渡した。
「持っといて」
「あいよ」
よし、と気合を入れて鬼を追いかけ始めた春木の様子を江角は動画に撮り始めた。人間と小さな鬼の像が走り回る図は、なんだかシュールだった。
三十分後、ゼエゼエと息を切らしているのは、春木の足元にいる二体の小鬼の方だった。春木は涼しい顔で小鬼たちと鬼ごっこをこなし、最後は、鬼役となった小鬼二体から逃げきり――ここで、鬼たちがギブアップ宣言を出した。三十分くらいであれば、小鬼の歩幅に合わせて走ることは春木にとって造作もない。
「お前、人間か?」
「我らを撒くとはただ者ではないな」
「それはどうも。褒めてもらえるとは思ってなかったから嬉しいよ。……で、君たちは負かした人間に何したの? 私よりも前に一緒に鬼事をした人間がいるよね。一人二人じゃないと思うんだけど」
春木は二体を見下ろして、問いかける。口調は優しく、表情も一見すると優しいが――言い表せない怖さを江角は感じて背を震わせた。
「まさか、鬼にしたとか言わないよね? あくまでこれは鬼事。遊びだよね?」
春木以外にこの小鬼たちに勝った人間がいるとは考えにくかった。鬼役から逃れられなくなった人間がどうなったのか、想像に難くない。
「すまぬ」
「すまぬ」
「我らは遊び相手がほしかったのだ」
「人間たちはもとに戻そう」
素直に謝罪する小鬼を見て、春木は「どうするたいちゃん」と江角に声をかけた。
「遊び相手がほしかったそうだけど。今回はさすがにウチに連れて帰るわけにはいかないよ。供養しちゃうもん」
供養、という言葉に小鬼たちは抱き合って震えはじめた。今さら春木が僧侶であることに気づいたらしい。なんともマヌケな小鬼たちだが、だからこそ厳しく罰する必要はないだろうと江角は考える。
「おそらく計画性はなかったんだろうし、とりあえず、県警で預かりだな」
その後は美術館か博物館で、良い仲間に巡り合うことを期待するのがいいだろう、と結論を出して、小鬼たちは一旦、警備室に待機させることにした。
警備室に入った小鬼たちは興味津々といわんばかりの様相で、モニターを見つめた。随分と好奇心旺盛な小鬼たちらしい。そんな小鬼に江角は釘をさす。
「触んなよ。オレたちが戻ったときにモニターが壊れてたらオマエらも同じようにボコボコにするからな」
「ふん、お前の指図は聞かぬぞ!」
「そうじゃ、聞かぬぞ!」
小鬼は江角に対して態度が悪い。負けを認めた春木の言うことのみ聞くようだ。春木が「私も同じこと言うからね」と告げると、渋々二体は警備員用の椅子に腰かけた。
「じゃあ次に行こうか」
「ああ」
おとなしくしてろよ、と小鬼二体に声をかけて、二人は再び警備室をあとにした。




