Case4:旧百貨店の七不思議1
いつの間にか日が長くなり、桜が咲く季節になった。江角のルーツ調査の進捗は残念ながら芳しくなく、調査を決意したタイミングから新しく判明したこともない。簡単に進むものではないと理解していたつもりだったが、進みがよくないと焦れるのもまた人間として仕方ないことだ。
(仕事以外の時間でやるには限度があるな……)
なんだかんだと仕事が定時で終わる日は少ない。おまけにUPIの特性上、一日の特定の時間に特定の場所にいなければならない、というような案件も多々ある。
「……み、江角」
(今度有給でもとって、調査するか……)
江角が休みの予定を画策していると、パチン、と江角の目の前で手が叩かれた。その音の大きさに思わず、キャスターつき椅子に座ったまま後ろに下がる。
「ッ、びっくりした……なんですか、国屋さん」
「なんですかじゃないよ江角。さっきから呼んでるのにボーッとしちゃってさ」
国屋の言葉を近くで聞いていた上乃木が「国屋さんがこき使うから疲れてるんじゃないですか」とからかい半分に言う。国屋は上乃木の軽口を無視して江角に向き直った。
「仕事だよ、仕事! 江角に担当してもらいたい案件があるんだ」
楽しそうに言う国屋に、江角は「今度はなんですか」と訊ねた。
「駅前の閉店した百貨店の調査をしてほしいんだよね」
国屋の言葉が指す場所は一つしかない。そもそも駅、と言える場所がUPI本部からは離れた場所にある。以前、江角は春木と「S県警のUPIが担当する案件はなぜ駅や公共交通機関が含まれないのか」と不毛な議論を交わしたことがあるが、答えは単純――要はそれを利用する人が少なければ発生率も限りなく低くなる。
閑話休題。
「売却の話が順調に進んでいるんじゃありませんでした? オレたちが調査するような案件が発生したらアウトじゃないですか?」
二年前に閉店こそしてしまったが、S県では名を馳せた百貨店であった。地上六階、地下一階の構造であり、都市部の百貨店に比べると売り場面積は小さかったが、催事場は賑わいを見せることも多々あった。江角はあまり訪れた記憶はないが、母が閉店を惜しんでいたのは(父に婚約指輪を買ってもらったエピソードをこんこんと語られため)覚えている。
「うん、それは正しいよ。ただ、進めるうちにちょっと困ったことがわかったみたいで、県警本部長から直々に頼まれちゃったんだよ」
「その時点でいやな予感しかしないんですが……」
江角が渋々話の続きをうながすと、国屋は、
「七不思議の噂が立ってるらしくてね。それを調べに行った民間人が行方不明になる案件がここひと月で三件起きてるんだって。ほらこれ」
と言って報告書を見せるのかと思いきや、彼の業務用のタブレットの画面を江角に見せた。そこには〝りいちゃんねる ウワサのアノ場所行ってみた〟と大きくポップ体で書かれており、どうやら大手の動画配信サイトのようだった。
「……これももしかして」
被害者ですか、とは言いたくなかった。だが、自業自得に見えるものであっても、通報があれば助けるのが警察の仕事である。少なくとも江角はそう考えているため、仕事である以上は対応する。
「そう、リイチという配信者の動画の投稿予告だね。閉店時間後の旧百貨店に行く、という企画だったらしい。通常は予告の翌週に動画があがるらしいが、上がっていない。加えてそのほかのSNSも更新されていない、というわけで行方不明の可能性が非常に高い」
「まずこの場合は建造物侵入罪ですし……ていうかなんでちゃんと施錠して管理されているはずなのに人が入って行方不明になってるんですか」
管理責任問うのが先だろ、と江角は毒づく。国屋はそんな江角に「知りたい?」とにんまり笑って訊ねた。国屋がこういう顔をするときは大抵ろくでもない話が眠っている。
「いや、いいです。どうせ本部長の知り合いの息子とかでしょ」
「お、江角もだんだん察しがよくなってきたね。当たり」
「これで当てられない方がどうかしてますよ……」
げんなりしながら江角はぼやく。大体上から無茶が振ってくるときは、〝知り合い〟という立場を使った誰かがいるときだ。
「僕らがやることは二つ。一つ目は行方不明者の探索。もう一つは七不思議の記録。特に後者は今後のUPIの記録として大事になるから、何が本当で何が嘘なのかをきっちり見てきてね。一応夜間勤務の手当ては出るから」
はいこれ、と言って国屋は江角に小型のペン型カメラ――盗撮犯からの押収品を参考に選んだものだと言われて笑えなかった――を渡した。普段は予算を絞られているはずなのに、今回はやけに大盤振る舞いだった。それも県警本部長の知り合いが絡んでいるからだと考えると、胃のあたりが重たくなった。
「よろしくね」
「わかりました」
本当はわかりたくもなければ、すでに閉店して数年が経つ百貨店の調査(夜間という時間指定のおまけつきである)をしたくもない。しかし、警察として仕事を任されてしまった以上、遂行するという選択しか江角には残されていなかった。
○
『え、あそこ今そんなことになってるの?』
電話で連絡をした春木の第一声は江角と大して変わりなかった。むしろ春木の方が祖母とともに百貨店に訪れることは多かったはずである。
「オレも聞いただけで、実際どうなってるかは知らねえよ」
『ふーん。あ、でもほんとだ。たいちゃんが送ってくれた動画以外にも結構検証しようとしてる人がいるね』
カチカチと小さいマウスのクリック音が電話越しに聞こえる。どうやら春木はパソコンの前にいるらしい。
「今すぐ全員にやめろって言いてえ」
ぼやく江角に春木はくすくす笑った。
「そういうわけで、今夜八時から、現場の調査開始。オレは調査後に県警に戻って仮眠するが……どうする? 今回は珍しく宿泊代も出る」
この経費も、県警本部長が絡んでいるから出るものだと思うと普段の経費削減の努力は一体何なのだろうかと嘆きたくなる。
電話口の向こうで春木は『うーん』と考える様子を見せ、
『宿泊代はいいから、私も県警に泊めてくれる? どうせ明日報告書とか作るんでしょ。一緒にいた方が効率的だよ』
と言った。効率的、というもののおそらくホテルでの手続きが面倒だと考えたものだろう。
「あんまりいい寝心地は保障されねえぞ?」
残念ながらUPIには仮眠室などという上等なものはなく、国屋がどこからか拾ってきたソファ――長椅子と呼んだ方がふさわしい雰囲気のそれだ――で好き勝手眠っているだけである。他の課よりも深夜の調査がメインになる課なのだから、仮眠室くらいあってもよいのではないか、と江角はずっと思っている。
『まあ、一日くらい大丈夫だよ。大般若も終わったところだし』
「……オマエがいいならいいけどよ」
互いに体力はある程度自信がある方なので、まあよいか、と江角は思う。その後、春木が自家用車で県警まで移動して江角と合流、その後、調査開始時間に合わせて出発するという段取りをして通話は終わった。




