Case3:見守りの蔵3
「さて」
UPI本部に戻った江角と春木は御札を前に、二人で頭をひねっていた。
「いったん話を整理しようか」
「そうだな」
江角は本部の備品としていくつか置いてあるキャスター付きホワイトボードをゴロゴロと転がしてきた。
「まずはあの目玉でしょ」
「……正直かなりキモかった」
「私以上にキモい現場に慣れてるはずのたいちゃんがそう言うってことは相当だね」
春木の笑い声を無視して江角は『蔵の外壁の目玉』とホワイトボードに無骨な角ばった字を書いた。その横に春木が『蔵の守り?』と整った字で書き加える。寺の跡取りである以上、字を書く機会も多かろうということで、祖母によって幼い頃よりしっかりと叩きこまれた文字である。
「それとこれだね。一空寺の薬師如来の御札。これは私の推測なんだけど、話してもいいかな」
「ああ」
「薬師如来って病苦を救う、という信仰で祀られているんだけど、とりわけ眼病に関するものが多いんだよね。だから今でも絵馬にはひらがなの『め』一文字が書かれていたり、目の絵が描かれていたりするところが多いんだけど……今回はそこから転じて、目の力をより強めようとしたんじゃないか、っていうのが私の推測」
春木の推測に江角はなるほど、とうなずいた。
「あともう一つ、この御札自体も気になってる。蔵にあったから日焼けはしていないけど、だいぶ古いものだよね。今の御札と絵柄が違う」
そう言って春木は江角にスマホの画面を見せた。どうやら当該の寺のウェブサイトであり、オンラインのお守り・御札授与を行っていることを記載したページらしい。その中の一つに目を止めた江角は、なるほど、とつぶやく。
「確かに、違うな」
「でしょう。で、多分訊いたら、これがいつの御札か答えてくれると思うから、私から連絡取って調べておくね」
ここはUPIのネットワークではなく、春木の寺ネットワーク(春木の実家と今回の薬師寺は同じ禅宗である)を使ってもらった方がスムーズだろうと判断して江角はうなずいた。
「ああ、頼んだ。オレはもう一回、蓮沼藤右衛門と話をする。どこかであの御札を貼るくらい熱心に泥棒よけをした当主がいるはずで、その背景にはきっと蔵泥棒の記録がある。蓮沼家みたいに大きい家が記録を残していないはずがない」
江角の言葉を受けて、春木がホワイトボードに要調査項目として『薬師如来の御札』『蓮沼家の歴代当主』と書き込んだ。
「じゃあ私の調査結果をもって、年代を絞り込んでからまた藤右衛門さんのところに行こうか」
「そうだな、それがいい。何日あったらいける?」
「先方次第だけど……観光地化もされてるところだし、割とすぐにわかるんじゃないかな。早くしないと天気も回復しちゃうから、なるべく急ぐよ」
春木の回答に江角は「悪いな」と答えた。
「オレの方では、全国の目に関する怪異を調査しておく。よろしく頼んだ」
「はい、頼まれました」
二日後。
一空寺への聞き込みが終わったという春木から江角が連絡を受けたのは、昼休みが明けた時間だった。プルタブを引きかけた缶コーヒーをUPI本部の机に放置し、江角は春木からの電話に出た。
「それで、一空寺からはなんだって?」
『いやー記録が残ってると思ったんだけど、思ったより手こずってね。なんでも戦争のどさくさで一部記録が消えてて、例の札はちょうどその期間に作られたものみたい。だから、あんまり詳細な期間はしぼれなかった、っていうのが調べた結果』
「要するに戦時中らしいってめどは立ったが、確信には至ってないって話でいいか」
江角は春木の話を雑にまとめた。春木は電話の向こうでのんびりと『そうそう、その通り』と答えた。
『記録がないのが一九三〇年から五〇年の二十年。それ以外の期間の図柄は残ってたから比較してみたけど、今回蔵から見つかった御札と同じものはなかった、って回答がきたから、この二十年の間に作られたものだと思う』
「それだけ分かればだいぶ絞れる。その年代って言ったら昭和の始めごろから戦後すぐまでだろ? だいたい、当代の藤右衛門からさかのぼって三~四代前の藤右衛門が当主だったころだな」
江角としてはもっとごっそり――たとえば五十年単位で――記録がないことを想定していたが、二十年ほどであれば、当時の藤右衛門候補である二人の記録に当たればすむ。
『うん、私もそうだと思うし、明理姉さんからもそうじゃないかって』
「明理さんが?」
『姉さんっていうよりは、配偶神からの伝言って感じかな』
配偶神という聞き慣れない言葉(春木の造語である)にはいったん無視して、江角は「それで」と続きを促した。
『神様の言うことだし、人間の私たちとは感覚やスケールが違うことを念頭に置いといてほしいんだけど……戦中から戦後にかけてO町のあたりの土地が少し変だった、って言われたらしい』
「少し変」
神の言葉にしてはあまりに俗っぽく、江角は思わず春木の言葉をそのまま復唱した。
『支配している領域が広いからね。ある一部の地域で何か起こってても、なんかちょっと変だな、くらいで済ませちゃうみたい』
「……」
神様というのはもっと万能ではないのか、と口に出しかけた江角だったが、寸でのところで飲みこんだ。だが、春木は江角の沈黙の意味をきっちり理解して、苦笑でもって返した。
『今、神様もあんまりあてにならないなって思ったでしょ』
「オレはお前の洞察力が時々怖い」
電話越しで江角の顔色もわからないはずなのに、こうも正確に江角が思ったことを当てられると、言い知れない気味悪さがあった。だが、春木から返ってきた言葉は江角の予想を上回る。
『いや、私も同じこと思ったから、たいちゃんもそうかなと思って言ってみただけ』
「オレで遊ぶな」
江角の苦情を春木がさらりと受け流すのは目に見えているため、一言に留める。案の定、春木は『それでいつ旧蓮沼邸にもう一回行く?』とのんきに訊ねてきた。江角は腹を立てることもなく、春木に決めていたことを伝える。
「明日の朝一番。これから藤右衛門さんに連絡して、当時の記録を用意してもらうように頼んでおく」
『わかった。じゃあ、また明日。何時に行くか決まったら、教えて』
朝が早い分には平気だから、と言って、毎朝のおつとめ(経を読み、お供えの膳を整える)のため季節を問わず五時前には起きている春木は電話を切った。
「……問題はオレの移動時間だな」
だいぶ雪は溶けてきたものの、早朝の移動にはまだ不安が残る。今夜のうちに実家に帰っておくべきか、と思いながら江角は、藤右衛門に連絡を取るためにUPIに設置された固定電話の受話器を取った。
翌朝。
早い時間であれば問題ない、と藤右衛門から承諾を得たため、江角と春木は再び旧蓮沼邸を訪れる約束を取り付けた。地理的な近さから実家に一泊した江角だったが、母の「帰るならもっと早く言いなさいよ」という小言を一身に受ける羽目になってしまった。母曰く、もっと早く言えば夕飯が豪華になったらしい。だが、こういうときの母は江角に何か面倒ごとを頼む気でいるため、やはり寝に帰るだけにしておいて正解だったと江角は思う。
「おはよう、春木。今日もよろしくな」
「はいはい、こちらこそ」
平桐寺の石段の下で待っていた春木を公用車の助手席に乗せてO町へと向かう。前回の訪問時から若干雪が溶けているため、江角の愛車でなくとも問題なく走行できるが、早朝ということもあり、今度は凍結によるスリップが恐ろしい。凍った雪の上を走るとガリガリと怪しい走行音が車内に響いた。
「……」
助手席で真顔になって前だけをまっすぐ見つめている春木に江角は釘を刺す。乗り物に強くない春木にこの揺れが酷であることは江角も理解している。
「文句言うなよ、オレだってできる限り慎重に運転してんだ」
「酔い止め飲んだから大丈夫」
「それなら問題ねえな」
もう少し速度をあげてもいいか、と江角が考えていると春木は大きく首を横に振った。
「いや問題あるよ、なるべく揺れないようにがんばって」
じゃあお前が運転してくれ、と言いたくなるのをこらえて(一応春木も運転者登録してあるうえ、本人も問題なく運転できる技術はあるが、公用車である以上なるべく江角が運転するべきだという方針である)江角はハンドルを握り直した。




