Case3:見守りの蔵2
三日後、江角が実家での休暇を満喫し(半分くらいは雪かきと雪下ろしに時間を撮られたが)、天候がやや回復したところで、いよいよ旧蓮沼邸宅へと向かう。江角の愛車は某オフロード四駆車であり、雪道と山道にはもってこいの車両である。
O町に向かう途中は細い山道が続く。道幅のせいで除雪車が中途半端にしか入らないため、途中から地元の住民がつけたと思しき轍を頼りになんとか走っていく。普段は乗り心地が悪い、車高が高く乗りづらいと同乗者に文句を言われがちな江角の愛車だが、やはり細い山道にはこいつが一番だな、と江角は満足した。
「酔ってねえよな?」
「うん、今のところ」
自分で運転する分には問題ないが、本来あまり乗り物に強くない春木に声をかける。江角から見える範囲では顔色も悪くなさそうなので、大丈夫だと判断して、少しだけ速度を上げた。
そして、ハンズフリーにつなげたスマホから旧蓮沼邸宅の管理人にあと三十分で到着することを連絡する。管理人である第二十代蓮沼家当主は快活に返事をした。
「雪深い場所がたくさん残っておりますので、十分お気をつけてお越しください。……すみません、本来はもう少し足場がよくなってからお呼びするべきですのに」
「いえ、客足が回復する前に解決せよ、という本部からの指示ですので、蓮沼さんはお気になさらず」
江角の言葉に蓮沼家当主は恐縮しきりで電話を切った。助手席を見ると春木がニヤニヤと江角を見ていた。
「なんだよ」
「いやあ、別に?」
「別にの顔じゃねえだろうが」
「今の蓮沼家の御当主って初めての女性当主だったなあと思って。話し方、たいちゃんが好きそうな感じだし」
「それだけでオレをそんな顔で見るのはやめろ。下心と煩悩をしまえ」
からかう春木をすっぱりと切り捨てて江角はハンドルを取られないように慎重に運転を進めた。
できうる限りの防寒対策をして現地に到着した二人(今日は春木も法衣ではなく、江角が選んだ防寒特化の服を黙って着ている))を、同じく防寒着を着込んだ蓮沼家の現当主・蓮沼実佐子――公式には第二十代蓮沼藤右衛門と名乗る――が出迎えた。藤右衛門という名を背負うにふさわしい凛々しい雰囲気をまとった女性だった。世が世であれば女武者という肩書を得ていても不思議ではなかった。
藤右衛門は二人の姿を見ると、頭を下げた。一つに束ねられた髪が揺れる。
「お足元が悪い中、ありがとうございます。蓮沼でございます」
「S県警UPI所属の江角です。こちらは協力人の春木です。本日はお邪魔します」
江角のあいさつに藤右衛門は「まずはお茶でもいかがですか」と声をかけたが、江角はそれを丁重に断る。立っているだけで冷えるため、歩きながら江角は状況を訊ねた。「あの、早速ですが、例の声は今も聞こえますか?」
藤右衛門は首を横に振った。
「残念ながら今は聞こえておりません。お役に立つかと思いまして、できる限りで記録はつけてみたのですが」
そう言って藤右衛門はメモ用紙を差し出した。日付と声が聞こえた時間が簡単にメモされている。寒い中わざわざ母屋とは離れている蔵を確認したのだろうか、と江角が考えていると藤右衛門が口を開いた。
「ちょうど蔵の特別公開をしようかという企画が上がっておりまして。そのための点検作業の間に聞こえたら、メモに残しておりました。本当は一日きちんと記録が取れていればよかったのですが……」
申し訳なさそうにする藤右衛門に江角は慌てて頭を下げた。
「大変助かります。ご協力ありがとうございます」
情報が不足している依頼ばかり受けているため、このように情報を渡してくれる依頼者は貴重だ。江角はメモをたたんでポケットにしまった。
藤右衛門の先導で向かった旧蓮沼邸の蔵はどっしりと存在感を放っていた。漆喰で白く塗られており、雪に同化するかと思いきや、雪の中でもなお重厚な構えが際立っていた。だが、二人の目には、これ以上ない異様な蔵の様が映る。
「うわあ……これはまた」
「なんだこれ……」
思わず足を止めた二人を藤右衛門が首を傾げて振り返る。
「? なにか、異変がございましたか?」
「……いえ、こちらの話です。どうぞお気になさらず」
蔵の白い壁面には、無数の目玉が浮かび上がっていた。江角と春木が近づくと、気づいた――そんな感覚がしたかと思えば、無数の目玉がぎょろり、と一斉に二人を見た。無数の視線にさらされて、寒さだけでは説明のつかない震えが出る。ただ、蔵の維持管理を任されている藤右衛門には、口が裂けてもこの異様さを伝えることができなかった。UPIが動いている以上、科学的に説明のつかない現象が起きている可能性があること自体は伝えてある。しかし、それを差し引いても、蔵の外壁に多数の目玉がぎょろぎょろと生えているのは異常だ。
江角は話題を変えようと藤右衛門に声をかける。
「藤右衛門さん。蔵の中も拝見してよろしいでしょうか」
「もちろんです」
藤右衛門がうなずいて鍵を取り出す。鍵についている鈴がりん、と音を立てると、目玉による視線の圧がスッと引いた。そこでなんとなく江角は目玉が出現するからくりに感づいた。
(なるほど、泥棒よけか……)
防犯ステッカー等一般的に防犯の基本は〝人の目〟である。人の目があるところで大々的に悪事を働く人間は中々いない。元はそれだろうとあたりをつけて、江角は藤右衛門の後に続いて、外よりも寒い蔵の中に足を踏み入れた。
「一応こちらですが……暗いので足元にお気をつけください」
藤右衛門はそう言って、蔵の入口で小さなランプのスイッチを入れた。昼間だが、日本海側特有の曇天も相まって、蔵の中は薄暗かった。江角と春木は持参した懐中電灯を片手に、蔵の中を探り始める。
「たいちゃん、どう見てる?」
潜めた声で話しかけられ、江角はちらりと藤右衛門を視界の端に入れて、同じく小声で返した。
「……おそらく始まりは単純な泥棒よけ。だけど、そこからうめき声につながる理由はわからねえ。一応聞くが、今、なんか聞こえるか?」
「いや、聞こえないよ。でもそっか、泥棒よけね。わかるかもしれない。昔は防犯カメラなんかもなかったからね」
うちも一応賽銭箱の近くには防犯カメラ置いてるけどね、と言う春木だが、防犯カメラが設置された経緯――賽銭泥棒に入られかけたのを春木の祖母が運よく撃退できたことによる――を知っている江角としては微妙な顔をするほかなかった。
「あ」
ふと、春木が顔を上げて蔵の奥を指さす。
「あそこ、あのあたりからなんか声がする」
春木の発言に江角は藤右衛門を振り返る。蔵の入り口付近にたたずむ彼女は黙って首を振った。
「オレと藤右衛門さんには聞こえてねえな」
「わかった」
じゃあ私が先導するよ、と言って春木は慎重に蔵の中を歩き進める。最奥の壁にたどり着いた春木は懐中電灯で壁の一部を照らした。
「これだ」
春木が照らした壁には〝~~薬師御供〟と一部かすれて読めなくなっている御札が貼り付けられていた。札の文字の下には、小さな薬師如来の像が描かれており、春木曰く、その像から声がするということだった。
「藤右衛門さん、この札に見覚えはありませんか」
訊ねた江角に藤右衛門は札を見て、一空寺の御札ではないか、と言った。O町付近ではなく、S県警本部のあるM市に位置するそこは、薬師如来を祀っていることで有名であり、(知名度ではI市の某神社に劣るものの)多数の参拝客を呼ぶ。車を使えば往復で二時間半~三時間弱の距離感であり、ここに御札があることは不審ではない。
「ただ、誰がここに貼り付けたのかはわかりません。私も、蔵のすべてを把握しているわけではございませんので……」
年に一度、目録と収蔵品に齟齬がないことを確認する機会はあるが、蔵の内部を隅々まで把握している人間はいない、というのが藤右衛門の返事だった。江角もそこまで詳しい話が彼女の口から聞けるとは思っていないので、引き下がる。
「ご協力ありがとうございました。一旦、蔵の調査を終了いたします。こちらの御札ですが、県警本部に持ち帰らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。……もし、お手間でなければ、調査後の処分までお願いしてもよろしいでしょうか」
藤右衛門としてもこの御札をまた貼ることはしたくないのだろう。その気持ちは理解できるため、江角は是と答えた。
「わかりました。調査が終わって、不要と判断されたときに我々で処分します」
御札を丁重に壁からはがして――これは手先が器用な春木が実行した――チャック付クリアパックに入れた。藤右衛門は「何かあればいつでもご連絡ください」と言って頭を下げる。
「はい。ご協力に感謝します」
引き続きよろしくお願いします、と告げて江角は旧蓮沼邸を後にした。




