Case3:見守りの蔵1
真夏ですが真冬の話です。今年のS県は近年比かなり雪が降りました
江角が煩悩を野球のノックの要領で払い終わり、暦では松の内が明けたころ、少し遅めの冬休みを取っていた。顔を見せろとせっつく母の要望に応え、実家に帰ってきた江角だが、帰省を見計らったかのように積もった雪をかくはめになっている。
「くそー……」
せっかく暖かな部屋があるというに、なぜ寒い屋外で汗だくになって雪をかく羽目になっているのか。人使いが荒い、と毒づきながら江角はせっせと家の前に降り積もった雪をかく。長靴を履いていても爪先はかじかむが、ベンチコートを着た上半身は暑い。無心で作業をしていると、玄関のドアが開いて、母が顔をのぞかせた。休憩の声かけでもしてくれるのかと期待したが、彼女は固定電話の子機を江角に手渡した。
「? オレ?」
「そう、お仕事関係の方から。あんた、携帯を部屋に置きっぱなしでしょう。つながらなかったからっておっしゃってたわよ」
県警から、ではなくお仕事関係と表現してくれた母の気遣いはありがたいが、なぜ休日に職場から連絡がくるのか、と江角は暗澹たる気持ちになった。江角の職業柄、休日の連絡がよい知らせであったことは残念ながら一度もない。
「……誰から? なんか言ってた?」
「国屋さんって方からよ。それ以外は何も聞いてないわ。とにかく話しちゃいなさい。ここ開けとくと寒いんだから、ほら」
母はそう言って強引に江角の手に子機を押しつけると玄関のドアをぴしゃりと閉めた。どうせならオレも玄関の中に入れてくれればいのに、と思いながら江角は渋々保留を解除して子機を耳に当てた。
「……今日のオレは休みなんですけど」
これを母が聞いていれば「お電話代わりましたでしょ!」と大いに江角を叱っただろうが、寒さに負けてそそくさと家に引っ込んでしまった今、怖いものなしである。
『ごめんごめん、休みなのは知ってるから、五分だけ!』
「五分したら話が途中でも切りますよ……なんでしょう」
『三日前に蔵から男性のうめき声がするって通報があったの覚えてる?』
「……オレのことクラウドストレージかなんかだと思ってます?」
一日何件の通報があると思っているんだ、と思った江角だったが、もしや電話の相手はその通報を一つ一つ確認しているのか、と新たな疑問が浮かんでしまう。
『それ、一応現場の捜索をしたんだけど、誰も見つからなくて、でも通報者はずっと聞こえるんだって不気味がってたから、一旦うちで預かることなってね』
「オレじゃなくても手が空いてる職員いないんですか」
『上乃木は七色に輝く温泉がある宿の調査に出てるし、黒田は巨大人魚の調査だし』
他もみんなそれぞれに案件があるから、今空いてるのは江角だけだよ、と国屋に告げられて江角は思わず呻いた。
『そんなわけで、休みが明けたら早速行ってきてほしいんだよね。今ちょうど帰省中でしょ? 春木くんにも声かけやすいよね』
休み明けでいいというのは国屋の最大限の気遣いだろうと推測できるが、本命は後半の〝春木にも声をかけやすい〟ところであると容易に理解できた。江角は十数秒逡巡したのち――。
「……巨大人魚の調査よりはマシなのでやります」
と国屋に対して答えていた。どうせなら七色に輝く温泉がある宿の調査の方が数倍楽しそうではあるが、残念ながら江角はそういう調査が回ってこない星の下に生まれついているらしい。
「明けましておめでとう、新年早々大変だったね」
国屋からの電話を切り、実家の雪かきを片づけた江角は平桐寺を訪れていた。石段は春木によってきれいに雪かきされたようだが、その後すぐにまた雪が降ったため、再び数センチ積もっていた。あまりの降雪量に春木が、雪かき用のショベルを放り投げようとしていたタイミングで江角がやってきたため、体よく休憩の口実に使われた、というわけである。
石油ファンヒーターが焚かれた母屋のダイニングにはほんのりと独特の臭気が漂っている。冷えた屋外から屋外に入ってこのにおいがするとホッとする。
「お前もな、お疲れさん」
「まあ私の方は毎年のことだから慣れてるよ。何なら今年は年始にも雪が降ったから来客は少なかったし」
普段はUPIの仕事を優先してくれる春木だが、年末年始は若住職としての務めがあるため、緊急事態以外は家業を優先するように取り計らっていた。おかげで江角も休めるかと思いきや、先日の煩悩ノックの予定を入れられてしまった。その話を聞いた春木は大いに笑い転げた。
「えー、それ私も見たかったなあ! 来年は球拾いに呼んでよ。絶対に行く」
「無理だろ、元日に。それに、あんなバッチイもん拾ったら腹壊すぞ」
実際煩悩を祓い終わった野球ボールは濃い紫色に変色しており、とてもではないが触りたいとは思えない代物だった。
「それで、今回の話はどこ? 何の話?」
「お前よくそんなノリノリで話ができるな……」
オレはなるべくこんな仕事したくねえぞ、と言いながら江角は話を始める。
「O町に旧蓮沼家のデカい屋敷があるのは知ってるだろ?」
「ああ、蓮沼邸宅ね。最近映画のロケで使われたんじゃなかったっけ」
そう言って春木が上げたタイトルは全国で上映されている有名な映画だった。最近S県を訪れる観光客の中には、そのロケ地目当ての人間も多いようで、県の観光協会もO町のPRに力を入れている。
「そう。で、そこの管理人から三日前に通報があったらしい。曰く、敷地内にある蔵から人の呻くような声がするが、探しても誰もいない」
「……警察は捜索したの?」
「一応な。でも誰も見つからなかったし、原因もわからなかった。だからオレたちに回ってきたってわけだ。こっからなら県警本部からよりもO町が近いからな」
江角の言葉に春木は苦笑した。
「でもたいちゃん、公用車で帰ってきてるわけじゃないでしょ? それは?」
「距離換算でガソリン代実費支給される」
「……なるほどねえ。それに休みはちゃんと明後日まで取っていいって言われたの? なんだかとっても珍しくない?」
「この雪で観光客が来ると思うか? 天候と客足が回復しきるまでには何とかしとけってことだろうが、多少猶予があるんだろ」
なおこの先一週間ほど、寒波は居座る予定でなかなか客足が回復する見込みは立ちそうにない。
「そんなわけで通報してきた旧蓮沼邸宅の管理人には悪いが、オレの休みを優先させてもらうことになった」
「まあたまにはいいんじゃない? たいちゃんずっと働いてたし。久しぶりにゲームでもする? 今年出たやつ買ったんだけど、やる相手いなくて退屈してたんだよね」
そう言う春木が上げたタイトルは某有名なすごろくゲームであった。
「そういうのは普通、やる相手がいるから買うもんじゃねえのか」
「帰省してくる甥と姪のために買ったんだけど、私が遊ぶ時間取れなかったんだよ」
「……わかった、夕飯までには帰るからな」
春木の正月の楽しみは某大学駅伝を見ることであるため、その時間は子供たちが遊んでいても仲間に入らなかったのだろうと江角は推測したが、せっかくなので童心に返るのも悪くないだろうと思った。
その後、二人プレイにもかかわらずゲームは大いに盛り上がり、夕飯後に江角家に春木がやってきて延長戦が繰り広げられたのは余談である。




