クーデター
今回、とうとうクーデターが成功します。学園要塞艦の主導権は誰が握るのか。
リリアンの悪戯じみた質問に、葵は戸惑いとわずかな怒りを感じる。
「私は学徒隊の士官です。学徒隊の使命は要塞艦を特定勢力の支配から守ること。貴女はクバナ革命政府の方ですから、お好きに行動してください」
「あら、怒ったの? ふざけたつもりではなかったんだけど。あなたが私たちの案内や安全確保を一生懸命にやってくれたから、本気で貴女の力になりたいの。そうね、貴女は学徒隊の士官だものね。クバナ政府もGOSTOの一員になったんだから、学徒隊を支援して問題は何もないわ。手助けする。聞いてた、エイン?」
「ああ」
「学徒隊の支援のため、CICに向かうわよ」
「わかった」
リリアンのSPをしているエインという男は、常に冷静で、的確な動きをし、愛想がない。色の薄い金髪と浅黒い肌。背が大きくはないが、全く無駄のない引き締まった身体からは威圧感すら覚える。
用具室の扉を開けるなり、エインが拳銃を構える。サイレンサーが付いていても、二発、弾が放たれたことがわかる。
「行くぞ」
エインの合図に外へ飛び出すと、百メートル近く離れた場所に、黒い戦闘服姿の男が二人倒れているのがわかる。
――あの距離で、それぞれ一発で致命傷を負わせたの?
拳銃というのは、基本的に当たりにくい武器だ。瞬間的動作で、それなりの距離がある相手、それも防弾対策もしっかりとっている相手に一発で致命傷を与えるのは、並外れた技術だ。
――一体、何者なんだろう。
エイン、エイン……、エイン=ヘリャル?
世界で最強の傭兵といわれる男?
葵は男の背中を見る。動きのひとつひとつに全く隙も無駄もない。前方に現れた黒い戦闘服二人を、きっちり二発で無力化させた。
おそらく、この男がエイン=ヘリャルで間違いなさそうだ。今は、クバナ革命政府に雇われているのか……。
「ここを降りる。油断するな」
第二甲板に繋がる階段を、率先して降りていく。安全を確認して廊下に出ると、士官用通路の鍵に何か機械を近づけている。ガシャッという音がして、士官用通路への扉が開く。
――あんなに簡単に。
士官用通路の安全性が揺るがされる事態に、葵は愕然とする。
エインは気にする素振りもなく、中の安全を確認してリリアンと葵に手招きをしている。
「できるだけ足音を消せ」
そう言ったエインは、音を立てず静かに走り始める。リリアンと葵は、互いに顔を見合わせてから、音に気をつけて走り始める。
しばらく走ると、階段があった。そこまでつくと、頻繁に銃声が聞こえてくる。
階段を降りきると、自分たちのいるちょうど真下で黒戦闘服と学徒隊特殊部隊が銃撃戦を行っているのがわかる。
エインは通路の隙間に銃口を入れ、拳銃を撃つ。四発撃って、黒戦闘服四人が倒れた。
こちらに向けてサブマシンガンが火を噴くが、ほとんどが遮蔽されており、当たらない。エインが拳銃を隙間に押し当てて撃つものだけが、黒戦闘服を捉えて致命傷を与えていく。
「ここはエインに任せて、統合幕僚監部に行きましょう。挨拶くらいしておきたいわ」
「わかりました」
葵がインターホン越しに上官の許可をとると、向こうから扉が開けられる。リリアンが部屋に入ったところで、エインに声をかける。
「エイン、1回挨拶しましょ」
「わかった」
エインが扉の中へと早足で入り込む。
最後に、葵が入り、扉を閉める。
統合幕僚監部の一番外側にある会議室に招かれる。そこにはすでに、わだつみ学園要塞艦隊提督兼統合幕僚長である遠山観山学将が控えていた。
「リリアン=フロイデ女史、お久しぶりですな。この度は我々学徒隊を支援して下さるとのこと、心より感謝いたします」
「微力ながら、お手伝いできれば光栄ですわ。私たちを信用してここに招いて下さったご恩もお返しするつもりでいます」
「ありがとうございます。では、まず、この統合幕僚監部とわだつみCICを安全に行き来できるように、この周囲の敵を殲滅したいので……」
言いかけて、遠山提督は口をつぐむ。外の銃声が短時間でほとんど味方のものに変わっていったからだ。
「殲滅は、済んだ様子ですな」
CICとの連絡に使う扉が、雑に叩かれる。のぞき穴から外を見た幕僚の一人が怪訝な顔をする。
「提督、羽佐間一佐です」
「開けなさい」
その言葉に、幕僚は仕方なしといった様子で扉を開ける。
「第二港湾ブロックからわざわざ応援ですか、羽佐間君」
「提督、お分かりでしょう。旧軍の頃の知識・経験では現下の状況を乗り切れない。私に指揮をお任せください」
「ならん、と言ったらどうする」
「統合幕僚監部は敵の魔手に墜ちたと、そうなるだけです」
そう言い放つと、羽佐間誠十郎は娘である葵を顧みることなく、リリアンとエインに視線を向けた。
「貴方たちはどう思う。私と、新兵器の視察すらろくにしていない幕僚たちと、どちらが指揮するのが相応しいと思う」
「ふふ。クーデターまでして指揮を取りたいのなら、任せて差し上げたくなるのが人間の性でございますわ、誠十郎さん」
「俺はリリアンの命令に従うだけだ」
「待って、お父さん。こんなのおかしいじゃない。どうして、そんなテロリストみたいな真似をするの」
「お前には何も聞いてない。勝手に発言をするな」
リリアンが葵に向けて、ウインクをする。そして、リリアンとエインは統合幕僚監部から出て行き、代わりに完全武装の兵士が二人、部屋に入ってきた。そして、扉が閉まる。
葵は、幕僚たちが自分に向ける冷たい視線に、うつむいて何も言えない。まさか父が、クーデターを起こすとは。
◆◇◆◇◆
「……ちゃん、お兄ちゃん、起きて」
永遠の声に意識を取り戻すと、勇名は急いで自分の置かれた状況を確認する。
「戦線から少し離れちゃったな」
「早ヶ瀬も他の敵と戦いながら、追ってきてくれてるよ」
「そうか。了解。三人組はまだ俺が起きたことに気づいてないな」
「モニターされてるわけじゃないから大丈夫。六式を動かさなければ、気づかないと思うよ」
「この網をなんとかしないとな」
「金属で強化された樹脂素材だね。引きちぎるのは、お兄ちゃんの身体の負担が大きいと思う」
勇名と六式の神経接続深度を上げれば、引きちぎれないことはない。しかし、勇名に大きなダメージが残るリスクがある。
「エリクシウムナイフも今日は装備してないよな。なら、あれか」
そう言うなり、勇名は手足を操縦桿やアクセルに持っていく。
勢いよく六式を動かし、網を手繰るようにして敵の一柱を左腕で捕らえ、右手で地面効果翼を引き剥がし、羽交い締めに持ち込む。
そこで初めて、残りの二柱が異変に気づいた様子を見せる。勇名はできる限り網と、敵の突起物を絡めていく。
敵二柱が六式を左右から挟むような動きを見せたため、少し強引になるが羽交い締めにしていた相手を前方に突き飛ばすと共に、六式は百八十度回転して最大出力を出す。
案の定、電撃による攻撃はない。そして、網を引きちぎることに成功した。
すぐに体勢を整え、左手を海面につけて軸にすると、急旋回して敵の裏をとる。地面効果翼を剥がされた敵は速度を失い、海面に全身を打ち付けて大破する。それをよけている間に、残りの二柱は散開してこちらを挟もうと動いていく。
勇名はすぐに六式の上体をひねり、足を軽やかに動かすと、進行方向を変えないまま、敵の一柱を正面に捉える。背面滑走という技だ。
「お兄ちゃん、また網が……」
「わかってるなら、避けられる」
右肩部無反動砲を動かし、照準を網の縫い目に合わせる。放たれた弾丸は網を絡めつつ回転し、敵が近づいたところで信管が反応して爆発する。
小破した敵が距離をとって離れていくのをみて、背面滑走をやめてもう一柱の後ろをとる。
「ま、待て、待ってくれ」
突然、敵から万国共通周波数での交信がある。
「俺たちはお前を仲間に誘おうとしてたんだ、危害を加えるつもりじゃ……」
「あの電撃で平和的にやったつもりかよ」
勇名は容赦なく右肩部無反動砲を放つ。敵の頭が飛び、大量に血液を噴き出しながら海面に倒れ込む。
もう一柱は、小破したまま逃亡したようだ。
勇名は六式の身体を傾けて、スピードを殺さないまま旋回する。データリンクを見る限り、早ヶ瀬機が四柱の敵に苦戦しているように見える。
戦域到着まで数秒あると思うと、急に肋骨や腹の傷が痛み出す。歯を食いしばり、痛みに耐える。
敵の一柱がミサイルの有効射程に入るなり、一気に四発のミサイルを飛ばす。レーダーに映る動きから判断して、ブレットミサイル四発を避けきる実力はない。
早ヶ瀬機が敵のミサイルに追われ、チャフを排出するのが見える。キラキラした霧のような空間に、冷静に右肩部無反動砲を数発連発する。
チャフの霧から敵が現れ、火を噴きながら海面に転がって四散する。レーダーを見て、チャフの死角に入っている敵を撃っただけだが、相手には対応する能力がない。
「早ヶ瀬、大丈夫!?」
「ああ、なんとか」
「そっちの一柱は任せたよ」
「了解」
「お兄ちゃん、あと一柱だけなんとかしよう」
「もちろんだ」
正面の敵からブレットミサイルが放たれるが、構わず前進する。ブレットミサイルは接近戦には対応していない。有効射程の内側に入ってしまえば、充分な追跡が出来ないのだ。
「永遠、CIWSを接近戦モードに。お前が管制してくれ」
「了解、お兄ちゃん」
左肩に艤装されているCIWSは通常、ミサイル防御のための自動対空機関砲だが、マニュアル操作にして近距離攻撃用兵器としても使うことが出来る。
正面の敵からの携行型無反動砲を余裕を持って避けると、すれ違うギリギリのタイミングで敵の顔面に機関砲を叩き込む。
大量の出血と共に、敵が水面に転がっていく。
早ヶ瀬機も敵を倒したようだ。
「敵の水上艦も逃げて行くし、これで終わったな」
「頑張ったね、お兄ちゃん。静かに帰投しようね」
ほっとしたせいか、急激に痛みのぶり返しが襲ってくる。あと少しで横になれると、自分を励ましてわだつみの第三港湾ブロックを目指す。
「こちら管制塔B、早ヶ瀬、羽佐間両機に連絡。女皇陛下が拉致された。今飛び立った210Eに女皇陛下が拉致されている」
勇名は、第二港湾ブロックを飛び立つ対潜ヘリコプター・HAS-210Eの姿を確認する。
「女皇陛下が……」
勇名は痛みを忘れ、アクセルを噴かす。
ザザ、という雑音の後で、慣れた声が聞こえる。
「羽佐間殿、私は左舷艦首よりにいます。受け止めてください」
「け、螢!?」
わだつみ左舷に目をやると、確かに手摺りの上に立つ、三雲螢の姿がある。スカートが海風に揺れる。
「ま、待て。まだ早い!」
螢が勢いよく飛び立つ。
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