螢の約束
いつもありがとうございます!
鈴殿下のご学友かつ警護役の三雲螢が活躍します。
三雲螢は、勇名に声をかけて要塞艦から飛び降りたとき、心の中に後悔を抱えていた。
羽佐間誠十郎のクーデターに加担してしまったこと、女皇陛下と鈴殿下のそばから離れたこと、その二つは、誤った判断だったように思われた。
誠十郎の行動がクーデターであることは、CICと統合幕僚監部が近い広場で、誠十郎自らの口で語られた。
「我々はこれより、艦隊上層部の身柄を拘束し、適任者による指揮体制を確立する。現在、獲真主義急進派によるクーデターがここまで長引き混乱が拡大した原因は、自らの責任で要塞艦を率いていく力も覚悟もない幕僚たちの怠慢に他ならない。我々は一刻も早く、学園要塞艦を指揮するに相応しい人材が力を発揮できる体制を作らねばならない。それを成し遂げ、獲真主義急進派を殲滅し、学園要塞艦の自由と独立を確保する。反対意見を持つものはいるか? いないだろう。俺にはわかる。何故なら、君たちこそが学園要塞艦を守る力と覚悟を持った人材だからだ」
そう宣言した誠十郎は、統合幕僚監部とCIC周辺を制圧する作戦を伝え、人材を振り分けた。振り分けが終わり次第、すぐに実行の命令を出す。
第二次全洋大戦の英雄である自分の名前を全面に出して多くの守備兵を味方につけると、一気に獲真主義急進派を押し返し、周辺の安全を確保する。
螢もまた獲真主義急進派への攻撃に加わり、周囲の制圧に参加した。艦艇群の兵士たちの雰囲気が変わり、それしかできないと感じたからだ。
CICにいた御旗学園理事兼わだつみ艦長の野辺地勝正学将補は、羽佐間誠十郎の説得に応じ、艦隊全体の指揮は誠十郎に任せることとなる。
「これで準備は出来た。三雲、女皇陛下と医師、鈴殿下をここにお連れしろ。ここが艦内で一番安全なはずだ」
「はい……」
螢は、すぐに第二港湾ブロックに向かう。歩きながら、状況を整理するためだ。
螢には、陛下と殿下を誠十郎に預けていいものか、判断がつかない。
陛下をそばに置くということは、錦の御旗を手にするということだ。つまり、陛下をそばに置く者が正義ということになる。
しかし、誠十郎は急進派に対抗するためとはいえ、自身もまたクーデターを起こした罪人である。そのような状況で、陛下を預けるべきなのか。
どうすべきか、それは通常であれば、陛下がお決めになることかもしれない。しかし、陛下は重度の火傷のために重体なのだ。意識も混濁している様子だった。
陛下ご自身で決められないとすれば、臨時の摂政となる鈴殿下が決めることになるうる。しかし、鈴にいきなりそんな重大な問題を決められるのだろうか。
走って第二港湾ブロックに間もなく到着するというタイミングで、悲鳴や怒声が聞こえて、螢は更に走るペースを上げる。
扉を開けると、完全武装の男たちが女皇陛下が寝ている簡易ベッドをどこかへ運ぼうとしていた。
「螢!? 螢なの? お母様を助けて!」
「承知しました!」
螢がベッドに向けて走り出す。
ベッドを取り囲んでいる男たちの一人が、サブマシンガンを構える。螢はその動きから、男の死角を探す。
相手の引き金を絞る動作にあわせて走るコースを変える。相手がそれにあわせようとする視線を見ながら、相手の死角や動線の隙を狙いつつ走る。
螢は懐から拳銃を取り出し、片手で構える。サブマシンガンでの攻撃を躱しながら、呼吸を整えて引き金をひく。サブマシンガンを持つ男の右手に命中し、血しぶきが上がる。
螢は取り落とされたサブマシンガンをつかみ、相手にかまえる。
「そこまでだ。いうことを聞け。陛下に何かあってもいいのか?」
男が持っている拳銃を陛下にむけている。螢はおとなしく追うのをやめ、立ち止まる。
「不敬者め! 陛下に銃口を向ければ反逆者になるぞ」
「馬鹿が! 我々、真の革新主義者にとっては八洲大皇もまた打倒すべき旧勢力の一部なのだよ。八洲大皇の反逆者という汚名など、恐れることはない」
男はためらいなく拳銃を陛下に押しあてる。
「さぁ、君たちはこのおばさんが死ぬと困るんだろう? 手に持っている武器を捨てろ」
「くそっ」
螢はサブマシンガンを床に置き、遠くまで滑らせる。
男の視線がサブマシンガンに釣られた瞬間に、一気に間合いを詰め、肘鉄で男の下顎を砕く。同時に、周囲にいる男に次々と攻撃をしようとするが、また男の内ひとりが陛下に拳銃を向ける。
「残念だったな。これが多勢に無勢というやつだ。今度こそおとなしくしてもらおう」
螢は男の一人に髪を掴まれ、思い切り膝蹴りを入れられる。うずくまったところで背中に肘鉄も食らうと、崩れ落ちる。
別の男が手錠を出して、螢を後ろ手にして手錠をかける。そこで頭を蹴られ、倒れたところで腹に何発か蹴りを入れられる。
痛みに耐える螢が気に入らないのか、蹴りがより激しくなるが、女皇陛下に拳銃を向ける男が静止する。
「遊んでる暇はない。早く運ぶぞ。もうベッドはいいから抱えろ」
男のひとりが陛下を抱え上げる。
「待て、陛下は重度の火傷をおっていらっしゃる。処置が悪ければ、お命に関わる」
「それでいいんだよ。俺たちが女皇を殺せば、それで革命の体裁が整うんだ。死の瞬間をテレビ中継でもしてやるさ」
男たちが小走りにエレベーターに向かい、陛下を連れて乗り込んでいく。
螢は男たちに気づかれないよう、ひそかに手の関節を外して手錠から抜く。同時に自分の身体の状況を確認するが、肋骨を一箇所折られたくらいで、動くのに問題はなさそうだった。
エレベーターの扉が閉じると同時に立ち上がり、急いで拳銃を掴み、機甲神骸用の滑走路に向けて走り出す。
「螢! 陛下を……、お母様を……」
「お任せください」
背中に向けられた鈴殿下の声に端的に答えると、滑走路を全力で走る。肋骨の痛みはあるが、走れない程ではない。制服の内ポケットから細いロープを取り出し、より加速する。
螢は滑走路の先端から宙に向けて飛び出す。身体をひねり仰向けになると、右手に用意していた細いロープを投げ、第一甲板の手すりに絡める。
ロープを両手でつかみ、たぐり寄せる動作で上っていく。両腕に疲れがたまっていくが、まだ限界にはほど遠い。
さほどの時間もかけずに第一甲板の手すりを直接つかむと、反動を利用して手すりの上に乗り、すぐに第一甲板に降り立つ。
「210Eだと?」
螢は陛下を連れた一団が、対潜ヘリコプターHAS-210Eに乗り込むのを確認する。
自分が全力で走っても間に合わないと判断した螢は、広く海上に目をやる。
「いた」
螢は海上から見やすい位置の手すりに乗り、小型無線機で勇名に繋げる。
「羽佐間殿、私は左舷艦首よりにいます。受け止めてください」
「け、螢!?」
六式の最大戦速と勇名の操作技術を考え、スピードを落とさずにキャッチしてもらえるタイミングを計る。
「ま、待て。まだ早い!」
勇名の声を無視して、螢は勢いよく飛び立つ。
安全に受け止めてもらいたいのではなく、速度を落とさずに受け止めて欲しいからだ。
風を感じながら落下する。下手に動いてタイミングをずらしてしまえば、最大戦速の六式にぶつかって即死するだろう。ほとんどは勇名に任せ、最後の最後、受け身だけはしっかり自分でとるつもりだ。
六式が水柱を上げて高速で接近してくる。六式の右掌が開かれる。幸い、六式の携行式無反動砲は掌でグリップする必要がない。
六式が手を引く。相対速度が落ちたところに、螢が乗り、最後に受け身をとる。
「螢、螢! 大丈夫か!?」
「羽佐間殿、見事です」
「螢、無茶するなよ! ちょっとでもタイミングがずれたら死ぬところだったんだぞ」
「羽佐間殿を信じていました」
「全く……」
勇名が怒っているのをよそに、永遠が螢に話しかける。
「螢ちゃん、210Eに飛び乗るつもり?」
「はい、そのつもりです」
「なんだって!? またそんな無茶なこと!」
「でも、いま陛下を救えるのは螢ちゃんしかいないと思うよ」
「羽佐間殿、おそらく陛下をお守りできる最後の機会です。必ず成し遂げるので、助力をお願いしたい!」
「それなら、俺がいく。螢にはやらせられない」
「お兄ちゃん、肋骨と指が折れてて、右脇腹に貫通してる傷もあるんだよ。それに、もともと螢ちゃんの方が戦闘力は高いんだし」
「羽佐間殿、頼みます! では、必ず私も生きて帰ると約束しますから」
「そんなの、当たり前だろ」
勇名は、それ以上何も言わなかった。六式が改めて210Eを追いかける。状況を読んだのか、勇名が通信をしたのか、早ヶ瀬機も210Eと平行に滑走し始める。
「螢! 絶対に無事で帰って来いよ」
「はい」
六式の右腕が下がり、すぐに勢いよく上がる。投げられた螢の身体は見る間に210Eに近づき、内ポケットから出したもうひとつのロープを車輪に絡める。
車輪を軸に反動を利用して扉と同じ高さまで上がると、拳銃で扉の施錠部分を撃ち抜く。
すぐに拳銃をしまい、両手でロープを掴み上っていく。
また反動をつけて上がると、扉に取りつき、開け放つ。
その瞬間に相手の銃撃があるが、構わず自分からも撃ち返す。連続して急所を狙って撃ち、パイロット以外の男を全員殺す。
機内に入り込み、緊急避難用のパラシュートを、ぐったりしている女皇陛下に手際よく装備させる。
「陛下、落下始めから3秒たったらここを引いていただけますか?」
「はい。わかりました」
螢は陛下を扉近くまで移動させる。
「では……」
銃声が螢の声を止める。パイロットが後ろを向いて拳銃を撃ったようだ。
「……では、3秒で紐を引きます。行きます」
螢は勢いよく女皇陛下を押し出す。見守っていると、3秒たったところで、無事にパラシュートが広がるのが見える。
「よし、やった。……うっ、ぐぶ」
螢は自身の大量の吐血を見て、勇名のことを思う。約束を守れそうにない。陛下を押し出すまでに、四発の銃弾を喰らっている。
意識が薄れ、身体が前に倒れるのを感じる。パラシュートはない。
「羽佐間殿、すみません……」
210Eから転げるように落ちた螢の目には、やたら青い空と海だけが広がっていた。
お読みいただき、ありがとうございました!




