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血の観艦式

戦闘のない回です。

螢ちゃんが可愛い回です。

 勇名(いさな)が目を開けると、白い天井と、窓越しの青い空があった。

「いっくん? 起きた?」

葵姉(あおねえ)?」

「うん。体調は? どこか痛いところある?」

「んー、肋骨と銃創かな、やっぱり痛いや」

「いっくん、四日も目を覚まさなかったんだよ。絶対に無理しないでね。いろいろ、ちゃんと、落ち着いたから」


「そう……、あれ、夢じゃなかったんだな。悪い夢で済めばよかったのに……」

「そうだね。本当に、悪夢ならよかった」

「葵姉、(けい)は? 三雲螢はどうなった?」

「え? うん、……三雲さんは……」

 葵が表情を曇らせる。


 勇名は慌てて起きると、個室から飛び出して廊下を走り始める。螢が入院するときには、いつも皇室関係者専用の病室にいた。自分がいるのが04甲板(まるよんかんぱん)だと確認すると、02甲板(まるふたかんぱん)を目指して階段を駆け下りる。


 あのとき、ヘリコプターから落ちてきた螢を六式でキャッチした。螢は銃弾を四発も喰らっており、出血もひどかった。見るからに命に関わる傷ばかりだった。


 02甲板まで降りると、ガードマンを振り切って病室の名札を確認し、三雲螢のものを見つける。ノックもせずに部屋に入ると、そこには誰もいないベッドがあった。


「う、嘘だろ?」

 ぴしりとシーツが張られ、毛布が角まで丁寧に畳まれたベッドに、この病室の患者の姿はない。

「ちょっと、あんた、勝手に入られちゃ困るよ」

 勇名は追ってきたガードマンを見ると、その両腕を掴む。

「螢は、三雲螢はどうなったんだ」

「ああ、あの子か。残念だけど……」

「嘘だろ、嘘って言ってくれよ」

「ちょっと、あんた、落ち着きなって」


「落ち着いていられるか! 螢は、螢は、いつだって鈴のことばかり気遣って、自分のことはいつも後回しで……。螢……」

「はい、羽佐間殿!?」

 勇名が顔を上げると、病室の入り口でいつも通りの生真面目な顔の三雲螢が、不思議そうに首をかしげている。


「螢!? 螢だよな?」

「はい、私です」

 勇名は涙をふいて螢に抱きつく。

「よかった、よかった……生きてたんだな、螢。本当によかった」

「は、はい。羽佐間殿、三雲螢、帰りました」

「お帰り、螢」


「で、あんたは何で泣きながらハグをしてるわけ?」

「うん?」

 鈴の声に冷静になってみると、螢が真っ赤になっていることがわかる。途端に自分も気恥ずかしくなり、勇名は慌てて手を離した。


「いや、その、てっきり螢が死んじゃったのかと……」

「螢は翌朝には目を覚まして、もうリハビリ始めてるの」

「ごめん、いっくん! いっくんが螢ちゃんに対抗してしっかり休まないと困ると思って……思わせぶりになっちゃってごめん」

 駆けつけた葵姉が言う。

「俺も、残念だけど留守だよって言おうとしたんだが……」

 ガードマンのおじさんが苦笑している。

「なんだ、そうだったのか……」


 勇名は軽率な自分が恥ずかしくなり、顔が赤くなってくる。

「すまん、螢。早とちりした」

「い、いえ、私は構いません」

 先ほどから真っ赤な顔の螢が答える。しかし、何かが溢れるようにドバッと鼻血を出す。


「け、螢!? 大丈夫か?」

「ら、らいじょぶ……でふぅ」

 ふらつく螢を抱き抱えると、また鼻血が勢いよく吹き出す。

 鼻血はなかなか収まらず、その場の全員で大騒ぎになったが、騒がしさに驚いて駆けつけた看護師の怒声と処置によってようやくその場が鎮まるのだった。



◆◇◆◇◆



 女皇陛下の容態は日に日によくなっているらしい。人口皮膚の性能が素晴らしく、一時は重体だったが、ベッドで上体を起こして話せるようになったという。


 陛下はパラシュートを使って降下中に早ヶ瀬機にキャッチされ、すぐにわだつみに帰投した。そのあとは、時間との勝負とばかり医師の緊急手術が行われたのだ。


「それで、俺たちが女皇陛下を守ったんだから、八洲(やしま)の正規の自衛隊は味方になってくれるんですよね?」

 勇名は当然の疑問を早ヶ瀬三尉にぶつける。


「それが、正規の自衛隊に動きが見られないんだ。かといって、獲真主義急進派にも大きな動きがみられない。今は野辺地(のへじ)艦長や羽佐間一佐がいろいろ交渉してるみたいだが、予断を許さない状況が続いている」


「そんな……。じゃあ、早ヶ瀬先生や俺や螢は何のために陛下を連れ戻したんですか」

「うん。そう言いたい気持ちはわかる。しかし、今は上の人たちを信じて待つしかないんだ」


 ばつが悪そうな早ヶ瀬三尉の表情を見て、なんとなく申し訳ない気分になる。

「すみません。早ヶ瀬先生が悪い訳でもないのに」


「いいんだ。俺だって大人の一人だ。君たち学徒を危ない目にあわせておいて、無力で無責任で申し訳ない」

「勇名ー!」

 突然の大声に目をやると、白河鈴が病室の入口に突っ立っている。


「早ヶ瀬先生を困らせているな! そんなやつにはどら焼きをやらんぞ」

「うるさい! また看護師さんに怒られるだろうが」

「あんたが素直になればこうはならないのよ」

「お前に言われたくない、ツンデレ皇太女」

「お前? ツンデレ? いくらなんでも、一国の皇太女に向かってお前だツンデレだって」

「はい、また宣誓したの忘れてる」

「いくらなんでも、あんたはフラットすぎなの!」


「まあまあ、まあまあ。俺のことをきっかけに争わないでくれ。余計に居場所がなくなる」

 早ヶ瀬の一言で、勇名も鈴もいったん口を閉じる。


 鈴からの差し入れであるどら焼きを食べつつ、情報交換や世間話をする。

 その中で、革命の女神リリアン=フロイデと、その護衛をしている世界一の傭兵エイン=ヘリャルが羽佐間派に付いて急進派と戦ったという話が出る。


「それで、エイン=ヘリャルという男はどれくらい強いんだ?」

 早ヶ瀬の質問に、鈴が答える。

「機甲神骸大隊の人の話によると、銃は百発百中で、動きも素早く、格闘術も鬼神の強さだったって言ってました」

「噂に違わぬ強さ、か。すごい奴もいるもんだな」


「それにしても、どうして彼らが僕たちの味方をしてくれたんでしょうか」

「確かにな。クバナでは武力革命を成し遂げておいて、こちらでは急進派の反乱を鎮める助力をした。シンプルに考えれば、かなり矛盾のある行動だな」


「学園要塞艦を特定勢力から守るのは、クバナ革命の精神と矛盾しないのです」

 部屋の入口に目をやると、リリアン=フロイデがエイン=ヘリャルを連れて立っていた。

「勇名さん、先日はありがとう。とても楽しかった」


「あ、いえ、そんな……」

 ふとリリアンの唇に目をやっていた勇名は真っ赤になって目を伏せる。

 リリアンは迷いなく歩いて、勇名のベッド横の椅子を、早ヶ瀬から譲られて座る。そして、さりげない動作で勇名の左手を両手で温めるように掴む。


「な、なんであんたたちそんなに親しい感じなの?」

 鈴が驚いた様子でリリアンに聞く。おそらく、八洲の外交ルートで鈴とリリアンには繋がりがあるようだ。


「勇名は私のボーイフレンドだよ。デートも楽しかったよね?」

「デート!? うん、まぁ……」

 あれがデートだったかどうか分からないが、リリアンがそういう以上、デートだったということでいいと勇名は思う。


「このスケベ勇名と、リリアンが、付き合ってる?」

 鈴が信じられないという表情だ。

「リリアン、こいつが、何なのかわかってるの?」

「知ってるわ。羽佐間勇名。羽佐間セイジュウロウの甥にして、青い死神の後継者」


 リリアンは挑発するような、思わせぶりな眼差しを勇名に向ける。

「お、俺のこと知ってたのかよ」

「事前に見てた写真より大人になってたから、はじめは確信してなかったんだよ。でも、いろいろ話してる間に確信に変わったの」


「私達はね、あなたに会いたくて、あの観艦式に出席したの。革命の精神を誤りなく伝えていくためには、青い死神の力が不可欠なの」

「お、俺は悪いけど、獲真主義の片棒は担げないからな」

「いいの、それでいいよ、今は」


 リリアンが勇名の左手を握る力が強くなる。そして、その豊かな胸に、勇名の左手が押し付けられる。

 勇名は真っ赤になって顔を伏せる。


「あなたはきっと、いつか私達を助けてくれる」

 また微笑んだリリアンが、立ち上がる。

「お邪魔したわね、今はまず、怪我を治してね」

 リリアンがウインクをする。勇名はそれを正視出来ない。


「それでは、ご機嫌よう」

 リリアンとエインが病室から出て行く。


「この、スケベ勇名!」

 なぜか鈴は不機嫌になっている。

「お前に怒られる筋合いはないだろ」

「信じらんない。バカ勇名!!」


 鈴は顔を真っ赤にして怒ったまま病室から出て行ってしまう。

「意味分かんねぇ」

「……羽佐間、お前……鈍……あ、いや、なんでも」

 早ヶ瀬はなぜか、呆れた顔で勇名を見るのだった。



◆◇◆◇◆



 八洲護衛艦隊の砲撃があった日、各国マスコミによって「血の観艦式」と名づけられた事件から一週間がたとうとしていた。

 学園要塞艦わだつみを中心としたわだつみ艦隊は大還流を離れ、北半球中緯度海域を航行している。


 羽佐間誠十郎一等学佐、野辺地勝正学将補による交渉むなしく、八洲自衛隊正規軍からも獲真主義急進派からも、なんの音沙汰もないようだった。


 わだつみはエリクシア交換反応機関を持っているため、補給がなくても航行に問題はない。しかし、随伴艦の給油や水・食料の自給自足は難しい。当面すぐに困ることではないとはいえ、早めに道筋をつけておかないと学徒達の士気に関わる。


 八洲をはじめ、各国が様子見を決め込んで交渉が成り立たない状況が長く続くのは、好ましいことではなかった。


「羽佐間臨時司令、ヴェリテリア海軍第七艦隊副司令、ユベール=オーモン中将からの通信です」

「ユベールか。繋げ」

「ハザマ、久しぶりだな。大変な目にあったのは聞いている。君が大変なことをしでかしたのもな」


「ああ。しでかした。そうでないと、収まるものも収まらないのでな。それで、嫌味をいうためにわざわざ連絡を寄越したのか」

「相変わらず冗談が通じなくてなによりだ。要件は、ヴェリテリアには君達に必要な補給を提供する意思があるということだ」


「条件は?」

「コーヴァングループに頼って貰う。補給も整備補助もな」

「偽装工作を兼ねて、コーヴァンと技術協力をしろということか」

「大正解だ。コーヴァンのおやっさんは未だに八洲の機甲神骸(アーミス)製造技術に憧れていてな。悪くない話だと思うが」

「乗らせてもらう」


「そうこなくちゃ。では、明日の夜、水上型機甲神骸を数機向かわせる。迎撃するふりしてコーヴァンのおやっさんを受け取ってくれ」

「なかなか面倒だな。だが、了解した」


「オペレーター、勇名と早ヶ瀬を呼び出してくれ」

 誠十郎は必要な指示を出しつつ、先の見えない状況にため息をついた。


次回は、癖の強いおじいちゃんが活躍する回です。

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