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ヴァルタザール=コーヴァン

エネルギッシュなおじいさんの登場です。

 退院して久々に戻った学校では、学徒生徒は戦闘訓練、一般生徒は避難訓練と護身術訓練と、クラスが別れて授業が行われていた。


「こんなことになったのに、一般生徒のやつらは遠足気分で楽しそうにしてやがるんだよ」

 達彦は実に不満そうに言う。

「明日戦闘に巻き込まれて死ぬかもしれないなんて、あいつらに言えないだろ、パニック起こしちまう」


 一般生徒は裕福な家庭の子どもが、非常に高い学費を払って入学してくる。出自から、自分たちがエリートだと思っているふしがある。


 兵隊をしなければ御旗(みはた)学園に通えない学徒生徒を馬鹿にしている上、学徒隊が自分たち一般生徒の命を優先するのは当然だと思っている。


 潜航型機甲神骸侵入事件や血の観艦式で行われた戦闘により、任務についていた多くの学徒生徒が亡くなったことも、他人事のように感じている連中も多い。


 二つの事件で一般生徒の被害が出なかったのは偶然に過ぎないのだが、自分たちも危険だったとは思いたくないのだ。


 身近な同級生が戦死しているのに自分の身を危険だと思えないのは、八洲二十年の平和の悪い影響なのかもしれない。


「次、第4匍匐(ほふく)。前へ」

「すみません、抜けてよろしいでしょうか」

「よろしい。こっちで見学しろ」


 俺が肋骨骨折を理由に抜けようとすると、達彦が恨めしそうにこちらを見上げる。

「裏切り者」

「早く治すには無理できないからしかたないだろ?」

 小声でやりとりしてから、早ヶ瀬の隣に移動する。


「第4になるとまだ痛むか」

「はい。胸が圧迫されると痛いです」

「今夜の任務、大丈夫か?」

「痛いでしょうけど、叔父がやれというのは絶対ですから」

「そうか……」


 今夜、ヴェリテリア海軍の水上型機甲神骸とエンゲージしなければならない。戦闘のふりまでは不要だが、出撃する時点で多大な負荷がかかる。そのGにより肋骨は痛むだろう。

 痛むだけで悪化しなければ幸運だとさえいえる。


「逆らったことはないのか」

「葵姉と永遠のことなら……」

「なんだ、人のためなら逆らうのか。正義のヒーローみたいなやつだな」

 そういう早ヶ瀬もまた、人のために命をかけられる人だと勇名は知っている。


「俺は正義のヒーローなんかじゃ……。早ヶ瀬先生の方が似合ってますよ」

「そうか? じゃあ、なんで俺には彼女が出来なくて、お前は革命の女神とイチャイチャ出来るんだ」

「知りませんよ、そんなこと。イテテ」

 軽く笑ってしまい、肋骨が痛む。

「すまん、すまん」



◆◇◆◇◆



 その夜、2343(ふたさんよんさん)(午後11時43分)。

「滑空準備よろし」

「コントロールB(ブラボー)了解。滑空を許可する」

「永遠・羽佐間機、出ます」


 カタパルトが蒸気の力で動き始める。地面効果翼と姿勢制御のバーニアが更なる加速を生み出す。

「イテテテテテ……」

 勇名は肋骨の痛みに顔を歪める。


 六式が膝を伸ばすと、足がカタパルトから離れ、滑空が始まる。夜空と海の境目を見ながら、海面との距離を確かめていく。肋骨の痛みに耐えて、充分な加速をした状態で海面に着水する。


 少し乱れた姿勢を正すと、水しぶきが小さくなり、効率的な滑走が出来る。

「六式、着水成功」

ご武運を(グッドラック)

 先に着水していた早ヶ瀬三尉のA-14Sと合流し、予定のエンゲージポイントへ向かう。


 今回警告出撃のふりをする相手は、ヴェリテリア海軍だ。ヴェリテリアは超古代文明国家フランスの言語や文化を受け継いでおり、八洲と日本に関心が強く、現在最大の友好国になっている。

 しかし、血の観艦式事件以降は互いにどう受け止めてよいか姿勢が決まらず、様子見をしていた。


 それを、今回八洲好きな財閥の老人を預かることで味方になってくれるという。

 若い割にいろいろな人間を見てきた勇名も、財閥の当主などに会ったことはない。気難しい人でなければいいなと思うのだった。


 やがて、水平線の向こうに夜空より更に暗い影が現れる。水上レーダーの位置とも完全に一致するので、ヴェリテリア海軍の水上型機甲神骸に間違いない。


 彼らの後ろに回りこみ、警告、警告射撃まで行ってから、1機に近づき手に乗っている老人を受け取る作戦だ。

 早ヶ瀬三尉が警告、警告射撃を行う。いよいよ、勇名と永遠がヴェリテリアの機甲神骸に近寄っていく。すると、1機が手のひらにしがみついている老人を見せてくる。


「永遠、相対速度の調整頼む」

「了解」

「並ぶぞ」

 六式とヴェリテリアの機甲神骸が並ぶ。手のひらを合わせると、老人がこちらに飛び乗ってくる。


 ヴェリテリア機が警告を理解した体で、海域からなはれていく。勇名はコックピットを開き、老人を招き入れる。

老人が入って蓋を閉じると、勇名はヘルメットを抜ぐ。


「羽佐間勇名です。よろしくお願いします」

 老人もヘルメットを脱ぐ。

「ヴァルタザール=コーヴァンだ。いやあ、すごいなぁ、これが青い死神の内部か、そして、あなたは語り部の?」


「永遠よ」

「ほおおぉ、噂に違わぬ美少女だ! そして、第二次全洋大戦の頃の機械がまだ生きていたり、新しい計器類と換装していたり。いやぁ、興味深い。実に興味深いぞお」


 勇名はヘルメットを被りなおして、コーヴァンに声をかける。

「コーヴァンさん、危ないので、ヘルメットをつけてこの辺りのスペースに座ってもらえませんか」


「うむ。うむ。そうだな。お行儀よくしないとな、あはは」

 コーヴァンは言われた通りにヘルメットを被り、座る。

「それにしても、あの青い死神に乗ることが出来るとは……。長生きはするものだなぁ」


「俺たちの艦隊に補給を約束してくださって、ありがとうございます。港について、通常の点検を終えたら、もっといろいろ触っていただけますので、しばらくお待ちください」


「おう、待つとも、待つとも。これまで何十年も恋焦がれてきたのだ。数時間待つくらい、なんてことはない」

 コーヴァンはそう言いながら、キョロキョロとせわしなく視線を動かしている。


「あと、補給の件、少なくともコーヴァングループは全力を挙げて君たちを支援するからな。安心してくれ」

「ありがとうございます」


 世界で五本の指に入る巨大コングロマリットの会長がそういうのだから、安心できる。ヴェリテリアが保証するよりも、こちらの方が信用出来る。


「もうじき、収容用の港につきます」

「おう、了解だ。手すりにつかまっておくよ」

「助かります」


 第三港湾ブロックで六式をメカニックに預けた勇名と永遠は、コーヴァンを伴って艦長室に向かう。そこに、叔父・誠十郎と野辺地艦長が待っているはずだった。


「コーヴァンさん、お久しぶりです。A-14Sの納入以来でしたか」

「そうですなぁ。おそらく。羽佐間さん、左手や左足の加減はどうですか」

「ええ。教えていただいた方法でリハビリしたら、姿勢保持力が格段に回復しましたよ。その節はありがとうございました」

「それはめでたい。紹介したかいがありましたよ」


「今回は我々の学園要塞艦隊を支援してくださるとのこと、心からお礼申し上げます」

「いや、あんな理不尽な事件のせいで若者たちが困窮するのを見たくないのでね。出来る限りのことはやらせてもらいますよ」

「ありがたい」


 コーヴァンとの会話を終えた誠十郎は、勇名を一目みて次の命令を伝える。

「この後、コーヴァン氏を乗せて六式の動作をもっとみていただきなさい。いいな」

「限界搭乗時間はよろしいのですか」


 勇名は、念のため叔父に確認する。六式に限らず、長時間の機甲神骸搭乗は感覚障害を引き起こす確率が高くなる。

「その様子なら問題ないと判断した。違うか?」

「大丈夫です。念のため確認しただけです」

「変な理屈っぽさが葵に似てきたな」

「……」


 野辺地艦長との会話を楽しんでいたコーヴァンは、話が済んだところで勇名と永遠に案内されて第二港湾ブロックに到着した。

「勇名君、君は学校もあるのだろう。こんな明け方近くまで付き合わされて大丈夫なのか」

「幼い頃からなので、すっかり慣れています」


「噂は聞いていたが……。私はまだまだ長くこの艦に滞在するのだから、今日これからでなくて大丈夫だよ」

「今、艦隊の責任者は叔父です。私は命令に従うのみです」

「そうか……。無理はしないでくれよ」

「ありがとうございます」


 コーヴァンを乗せて滑空、滑走し、様々な姿勢をとったり、いろいろな兵器を実際に使用してみたりする。コーヴァン自身で操作できるところは操作させてもみる。


「いや、実に勉強になった」

 第三港湾ブロックについたあと、コーヴァンは満足そうにそう言った。

「さっそく、工場に発注をかけるつもりだ」

「発注? 六式のコピーでも作るんですか?」


「なんだ、聞いてないのか。今回、コーヴァングループで六式の現代化改修を受注することになったんだよ。受注といっても、予算はすべてうちが持つがな。我々には史上最強と呼ばれた機体を実際に触れられるメリットもあるからな」


「そうなんですか……永遠は知ってた?」

「うん。知らされた訳じゃなくて、通信が聞こえちゃっただけだけど」

「そうか、知らされてなかったのか。まぁ、いいだろう。ところで、操縦系統は、コンピュータを使った補佐はない今の形がいいんだろう?」


「はい。僕と永遠が分担するなら、操縦系は全部マニュアルの方が都合がいいんです」

「そうだな。まぁ、今はそうだろう。君たちの意見は最大限尊重するよ」


「ありがとうございます」

「ところで、本当に今日も学校に行くのかい?」

「はい。あっ、そろそろ支度を始めないと」

「私は運転手付きの車を宛がわれてるから、学校まで送ろう。ついでに少し見学をしてもいいかな」


「応えられるご要望は応えるよう言われています。歓迎します」

「そうか。ありがたい。学園要塞艦の学校を視察したことがなくてな」

 コーヴァンは人懐こい笑顔を見せる。

「きっとみんな喜びますよ」

 そう言いながら、勇名は達彦の顔を思い浮かべていた。


コーヴァンさんはコングロマリット(複合企業)の会長ですが、本質は職人気質の技術屋さんです。

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