海に忍ぶもの
革命の女神、リリアン=フロイデとのいきなり!デート。
勇名は何を思うのでしょうか。
「ねぇねぇ、こっちは?」
「この教室は何に使うの?」
勇名は、リリアンのとめどない質問の嵐に一つ一つ丁寧に説明をする。
「ここは家庭科室で、料理、裁縫の実習をするための部屋です。中でも学徒にとっては毎日の制服・作業服のアイロンの練習ができる貴重な場になってます。ほら、あそこに練習用の制服・作業服がありますよね」
「それ、うちの兵士さんにも聞いたことがあるわ。一度間違った線をつけちゃうと、のちのち困るんでしょ」
「そうですね。兵士にとっては万国共通の悩みかもしれません」
「あれ? この階段の上は何?」
そう言ったリリアンが、階段を駆け上る。
「あっ、そこは……」
階段を昇りきったリリアンが、目の前の扉を開けようとするが、鍵がかかっているために扉は開かない。
「その向こうに行くには手順があって」
勇名は階段を昇りきると、扉の横にある古い机を移動させる。その上に窓があり、全開にすれば人ひとり充分に通ることができる。
机の上に昇った勇名は、左手を出してリリアンに微笑む。
リリアンを引っ張り上げると、今度は窓から外に出て、またリリアンの手を取り、窓から勢いよく降りたリリアンを抱きとめる。
「大丈夫ですか?」
「ええ。あなた、紳士なのね」
「いえ、そんな」
「わぁ、すごい!」
リリアンが屋上を駆ける。ここからは、学園要塞艦わだつみの前部甲板を一望できる。
「私、学園要塞艦に来たの初めてなの。こんなに大きな島が浮島で、しかも自力で航行できるなんて!」
「超古代文明の偉大さが、よくわかりますよね。あっちを見てください。八洲最大の空母でさえ、あんなに小さく見えるんですよ」
「ホントだ。要塞艦と比べれば、まるで玩具ね」
「空母を二隻係留できる港もあるし、大型の哨戒機や輸送機も艦載できるので、本当に動く統合基地そのものなんです」
「すごいわ。私なんて、革命の女神とか言われながら、基地に足を踏み入れたこともないのよ。こんな環境で学べば、きっと本当の意味で、兵士さん達が命を懸ける意味がわかるかもしれないのに」
勇名はリリアンの瞳をのぞき込む。そこには静かな焦燥感が見てとれる気がした。
「ねぇ、あなただったら、私を戦場に連れていってくれる?」
勇名は突然の質問に戸惑う。リリアンの質問が意図するものがわからなかった。
「誠実な子……」
リリアンの瞳が近づいてきて、目が閉じられる。気づけば、勇名の唇に柔らかいものが当たっていた。
「え!?」
リリアンの華奢な身体が勇名に寄りかかっている。細い肩を躊躇いながら優しく掴み、リリアンの重みを支える。
それが軽くなったと思うと、リリアンが勇名に満面の笑みを見せる。悪戯っぽい笑い声が聞こえた。
「おい、お姫様ごっこはそこまでにしろ。次に行くぞ」
屋上につながる扉が開いて、黒いスーツを着た長身で浅黒い肌の男が、鋭い眼光でリリアンと勇名を見ている。
その瞳は冷えきって寒さすら忘れたようであり、感情を読み取ることができない。
「あら、エイン。もう見つかっちゃった」
「急げ。他の国の大使も待っている」
「あなたが、そんなこと気にするの?」
「お前が気にしろと言った」
「そうだったかしら」
リリアンは勇名に背中を見せて、エインと呼んだ男の元に走っていく。しかし、ふと立ち止まり、振り返って勇名を見る。
「またね、ハザマイサナ!」
軽く手を振ってみせると、エインと共に校舎内に戻っていった。
「えっ、俺、名乗ってないはず」
「本当に面白そうな子ね」
勇名は知らない声に振り返るが、人の姿はない。
「なんだよ、なんなんだよ」
勇名は「狐につままれる」とはこういうことだろうかと思いながら、扉が壊れていないことを確かめる。
「どうやって開けたんだ? ……いや、考えてもわからなさそうだな」
扉を閉じた勇名は、クラスの仲間に早く合流しなければと階段を早足に駆け下りる。
勇名は運動場に人気がないのをみて、クラスに戻った。ちょうど勇名を捜そうかとクラスメイトが心配し始めた頃だったが、早ヶ瀬に簡単に報告し、事なきを得た。
案内した来賓がリリアン=フロイデだったことは、クラスメイトには言わないことにした。達彦あたりがうるさそうだと思ったからだ。
◆◇◆◇◆
リリアン=フロイデとの出会いから二日、勇名と早ヶ瀬はわだつみ周辺海域の対潜哨戒(敵潜航型機甲神骸を捜すこと)に駆り出されていた。
ここ数日の間に、潜航型の反応が出たり消えたりすることが続いているのだ。
襲撃事件のときにはソナーマンに裏切りが出て不用意に上陸を許してしまったものの、国際観艦式を前に体制を一新して、わだつみへの乗艦が安全であることを示す必要があった。
水上型機甲神骸には最高で十個のソノブイ(投下式ソナー)を積むことができ、そこから得られる音を対潜駆逐艦などと連携することができる。
対潜哨戒機や、対潜哨戒ヘリなども同じことができるが、敵が潜航水上両用型だった場合などに対処できるよう、水上型機甲神骸も同時に出撃することがセオリーになっている。
「羽佐間、最近夜間の出撃が多いが、体調は大丈夫か?」
「はい。お蔭様で体力も根性も成長したので」
「頼もしいな」
御旗学園高校に学徒生徒として入学、入隊して以来、一年半みっちり鍛えて貰ったという実感が勇名にはある。
特に、クラス担任であり、部隊での教育係でもある早ヶ瀬のおかげで様々なことを学び、身につけてきた。
「先生が獲真主義者でなくてよかった」
通信が切れていることを確認し、勇名は呟いた。
早ヶ瀬はただの勉強会だと思って参加していただけであり、あのとき会議室にいた連中に騙されていたのだと、勇名は考えている。
「お兄ちゃん、音がするよ」
「何? 潜航型か?」
「わからない。人魚かもしれない」
この世界には、超古代文明人が考えていたよりも非常に大きくて化け物じみた人魚がいる。上半身は神骸とほとんど変わらず、下半身は魚類のようにヒレがあり、それで泳ぐ。潜航型機甲神骸とよく似た音を立てるので、大変紛らわしい。
「人魚を下手に刺激すると、暴れるかもしれないんだよな」
「うん。基本的に穏やかな生き物だけど、怒らせると厄介な相手だよ」
「それだけに、潜航型か人魚かの判断は慎重にやるのか」
「うん。まだ決め手がないから、手を出せないよ」
より精度の高い音を捉えるため、駆逐艦が曳航型ソナーを垂らして音源に近づいていく。確信が得られれば、アスロックなどの魚雷系兵器で攻撃を開始する。
「音源ロスト。また隠れられた」
「幽霊みたいなやつだな。毎回これじゃ、来賓に不安を与えてしまいそうだ」
「案外、それが目的なのかも。多数のソナーマンが裏切ったことも噂になってしまってるし、全員を捕まえきれてないこともバレバレになっちゃってる」
「でも、そんなことをしてメリットがあるのは誰なんだろう」
「そこだね。全くわからないよ」
管制塔Bから帰還命令が出て、早ヶ瀬のA-14Sと勇名の六式、A-11Sの部隊が撤収する。
「相手が隠れんぼをするだけで、こっちは対潜哨戒でクタクタになるんだ。単純に、それが目的だったりするのかな」
「私たちを疲弊させて、どんな得があるの?」
「そうなんだよな。戦争中でもあるまいし」
「ちゃちゃっと検査を終わらせて、ゆっくり休んでね。学校はどうして公休にしてくれないんだろ」
「学徒なら当直や夜間訓練があるのが当たり前だからな。俺だけ特別扱いにできないんじゃないか」
「私はお兄ちゃんの身体が心配だよ」
「永遠が浸食をコントロールしてくれてるから、俺は大丈夫だ」
「えへへ」
永遠と話すうち、あっという間に第三港湾ブロック近くに来ていた。順番を待って上陸した勇名は、軽くシャワーを浴びて検査に臨むのだった。
◆◇◆◇◆
暗い海の底、視覚以外の感覚を研ぎ澄まして身を潜める。軍艦の音、ソノブイが波に揺れる音、時折響くのが、機甲神骸が海面を滑る音。
音が自分を取り巻く世界を教えてくれる。男は、慣れた素振りで姿勢制御して、潜航型機甲神骸を前に進ませる。
あえて出す、微かなエンジン音。軍艦の曳航型ソナーで拾えるか、拾えないかという程度の音。
「お前たちの獲物はここだぞ」
そう呟いた男は、すぐにエンジンを止め、慣性を使って水の中を進む。
体勢をひっくり返して、海面を見上げると、小さな太陽がかろうじて光のカーテンを下ろしていた。
しかし、しばらくすると、光のカーテンを真っ黒な闇が覆い尽くす。
わずかな動作と加速で浮上を始める。
そっと非常に大きな岩に取り憑く。学園要塞艦に乗り込む間、機甲神骸が流れてしまわないように。
◆◇◆◇◆
「かし〜ら〜、右!」
超古代文明国家日本の「軍艦」という行進曲に合わせ、学徒隊が行進練習をしている。「頭右」の号令で、GOSTO軍第7方面司令、八洲女皇陛下ら来賓たちに敬意を示すための動作も確認する
「なおれっ」
勇名もまた、この行進の列に入っている。普段はあどけなさを残している若い学徒も、日頃の訓練の成果で勇ましく強い動作で、一糸乱れず歩くことができる。
いよいよ明日となった国際観艦式に備え、最終調整をしているのだ。
この日に備えて日頃から練習を行っていた同期の一部が、先日の襲撃事件で亡くなっている。彼らの分も合わせてより素晴らしい行進を見せられるようにと、学徒たちの士気は高い。
行進を終え、学徒隊一同が広場に集まる姿は壮観である。学園要塞艦としてのわだつみを安全に運行するために必要な人数はそれぞれの持ち場にいるままだが、それでも三千人近い人数が揃っているらしい。
御旗学園理事兼わだつみ艦長の野辺地勝正学将補は、大学院生から高校1年生まで揃った学徒たちを前に、笑顔を見せた。
「諸君は、世界に名だたる学園要塞艦わだつみのクルーとして、御旗学園の学生生徒として、実に素晴らしいものを見せてくれた。悲劇を乗り越え、より強くなり、世界に誇る優秀な学徒たちよ。明日も、いつも通り訓練の成果を発揮してくれたまえ」
野辺地学将が降壇したのちは、教官たちによる微調整や、より完成度を高めるための指導が入る。
その後は、本番同様、行進で広場から出て、解散。国際観艦式の日の持ち場に向かう。勇名は早ヶ瀬三尉と一緒に士官専用通路を使って第二港湾ブロックに行く。本来、機甲神骸のパイロットは士官待遇のはずで、一等学徒である勇名が間に合うためには、早ヶ瀬に同行するより他にないのだ。
何度か、訓練として士官用通路以外のルートを試したことがあるが、複雑かつ大回りになり、定刻までに到着できなかった。
今は隣を走っている早ヶ瀬三尉が、勇名の表情を見たのか話し掛けてくる。
「曲芸滑走のこと、心配してるのか。対潜哨戒であまり練習できてはないが、俺は羽佐間の腕を信用してるぞ。お前なら絶対問題なくできる!」
「ありがとうございます」
第二次全洋大戦で伝説となった機体、六式のパイロットとしては、ミスが許されない。
世界中の人々が集まる国際観艦式に向けて、勇名の心は揺れていた。
お読みいただき、ありがとうございました!
迫る国際観艦式、そして、不気味な影。
学徒隊の若者たちは、観艦式を無事に終わらせられるのでしょうか。
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