革命の女神
今回、物語の核となる少女が登場します。
革命の女神・リリアン=フロイデ。
運命の歯車が少しずつ動き始めます!
「高校生の無邪気ないたずらには見えないな。俺の周りを嗅ぎ回って、どうするつもりだ」
早ヶ瀬三尉はそういうと、一人一人の顔をしっかり見た。
「……」
「言い訳くらい、考えておくもんだ。特に、羽佐間葵。士官候補生課程で尾行の研修があったはずだ。テストだけ優秀でも、いい指揮官にはなれんぞ」
「はい……、すみません」
「俺はこれから中道よりの獲真主義者の集まりに顔を出すつもりだ。一口に獲真主義といっても、組織や個人によりいろいろあるんだ。良い機会だから、ついてこい」
「え、ついて行っていいんですか?」
勇名が呆気にとられていると、早ヶ瀬三尉は当たり前のように頷いた。
「平和的獲真主義では、誰でも知る権利があり、議論する権利もある。反対意見を持った奴がいきなり来ても、拒んだりはしない」
車を出すから待てという早ヶ瀬三尉の言葉に従い、歩道で待つ。意外な展開に皆が動揺している。
「こ、これが罠なんてことはないわよね」
鈴殿下が目を白黒させながら呟く。
「お前が一番早ヶ瀬先生を信頼してたのに」
呆れた勇名がそう言うと、顔を真っ赤にして反論する。
「なんか色々とうまく行き過ぎるときには、落とし穴がないか慎重になるものなの!」
「殿下の仰ることはもっともだよ、イックン。気を抜いてはだめだからね」
「葵姉がいうなら、気をつけるよ」
「はー!? 八洲の皇太女より、葵さんの言うことを聞くの!?」
「学園に身分や門地による上下はないって宣誓したよな」
「し、したけど……」
「しっ、早ヶ瀬先生が来たよ」
民用の赤いセダンに乗った早ヶ瀬三尉が車を停める。
「ちょっと狭いけど、詰めて乗ってくれ」
「はい」
いち早く助手席を確保した鈴殿下に、勇名が文句を言う。
「一番ちっこい奴が助手席に乗りやがって」
「ちっこい言うな!」
勇名は螢と葵に挟まれる。螢と葵の引き締まっているが柔らかさも備えた身体に挟まれ、心拍が強くなってくる。
「あ、あのさ、永遠は俺の膝の上にでも乗れよ。そうすれば少しは広くなるだろ」
永遠は自分の質量をコントロールできる。幽霊のような状態になれば、重さは感じない。
「わかった」
良い返事で答えた永遠は、よっこらしょといった様子で勇名の膝の上に乗る。程よい重さと臀部の柔らかさが心地良い。
「って、なんで霊体にならずに俺に乗ってるんだよ」
「お兄ちゃん、霊体になれって言わなかったもん」
「くっ、せめて、葵姉、永遠がいた場所が空いたんだからズレてよ」
「え? なんか今のイックン可愛いからこのままでいいかなって」
「いや、でも、三雲だって狭くて嫌だろ」
「わ、私はこのままでも……」
螢はなぜか顔を赤くしている。
「何、鼻の下伸ばしてんの!? 勇名の変態!」
ゆったりした助手席から身を乗り出した鈴殿下が不機嫌そうに文句をいう。
「どうしろと? この状況で俺にどうしろと!?」
「羽佐間〜。お前モテんのな」
早ヶ瀬三尉が苦笑しつつ言う。
「誰か一人くらい俺をフォローしてくれ」
狭い車内に、勇名の絶望の声が響く。
自動車で艦尾方面に向かい、スロープで第二甲板(地下一階相当)まで降りる。駐車場に車を停め、そこから少し歩けば、貸し会議室の区画がある。
「八洲獲真主義研究会? ここなんですか?」
「ああ。正々堂々と会議室使用許可を取ってやってんだよ」
「こんな団体名で許可とれるんだ……」
早ヶ瀬三尉が扉を開けると、教壇に立っている男が嬉しそうな表情を見せる。
「さすが早ヶ瀬先生。若者たちを連れてきたんんだな! ささ、遠慮なく入って好きな席に座ってくれ」
壇上の男は学徒隊士官の作業服を着ており、肩章を見る限りは階級が一尉らしい。
周囲を見渡すと、一尉から三尉までの士官と、学生学徒と見られる下士官や上等学徒も多くいる。
「これはな、七賢帝体制と学園要塞艦制度の関わりと、アンチとしての獲真主義について勉強・研究をしている集まりなんだ。だから、ここにいるからと言って獲真主義者ということもないし、逆に言えば獲真主義を批判する立場の者も受け入れる場所なんだよ」
勇名たちが手近な席に座るなり話し始めた壇上の男は、そのまま話を終わるつもりはないらしい。
「七賢帝体制というのがどういうものか、君たちは知っているだろうか? なあ、そこの男の子、わかるかい?」
「はい。賢帝と呼ばれる君主の血筋を守る七つの大国が中心になる世界の統治体制をいいます」
「優等生だな。我々の直接の雇い主であるGOSTOもまた、いや、七賢帝国が互いに争わなくなっただけ余計に七賢帝の影響力が増した体制になっている。では、獲真主義が何かについては知っているかい?」
「はい。レーゲン=フロイデが提唱した思想で、七賢帝だけが独占している世界の真実を明らかにして、民衆が自ら真実と向き合い、未来を獲得していくべきとの考えです」
「いいぞ、優等生。七賢帝だけが、世界の真実につながる秘密を知っていることは、おそらく事実だ。それを明らかにして、民衆が自ら道を切り開いていくべきといいだしたのが獲真主義のスタートだ。その真実の獲得のために闘争せよという考えが、彼らが起こす騒動の裏にはある」
「講釈はそこまでだ。全員手を挙げろ」
突然の声に勇名が目をやると、対人戦フル装備の男たちが十数人、廊下からこちらに銃を向けている。
――しまった!
勇名は罠にはめられたと思い、懐のホルダーに入っている拳銃をどうすれば気づかれずに取り出せるかを考える。
敵の目標は、鈴殿下か、永遠か、それとも両方か。
壇上の男や、元から部屋にいた者も手を挙げているのを見ると、八洲獲真主義研究会ではない別の組織が襲撃してきたようだった。
「おいおい、こちらは上官の許可をとって集まっているんだぞ。警務隊に銃を向けられるようなことは一切していないんだが」
「ふざけるな。ならば、どうして八洲皇国皇太女殿下に獲真主義思想を吹き込もうとしている」
「何? 皇太女殿下? 何のことだ」
「ここにいらっしゃる白河鈴皇太女殿下のことだ」
「何? その子が?」
「とぼけても無駄だ。学園規則七条1項の、重要人物の子弟に特定思想の教育を施してはならない、というルールに明白に違反している」
「その子が八洲の皇太女とは知らなかったんだ。大体、うちでは偏った知識なんて扱ってないぞ」
「話は取調室で聞くさ。大人しくお縄につけ」
廊下で銃を構えていた警務隊員が次々部屋に入ってきて、部屋にいた人たちに手錠をかけていく。あっという間に、壇上の男と元から部屋にいた人々が全員連れて行かれる。
「早ヶ瀬先生、お手柄だな。皇太女殿下と学友の皆もお疲れさま」
そう言い残して去ろうとする警務隊のリーダーに、早ヶ瀬三尉が食ってかかる。
「待てよ。なんで俺は逮捕しない」
「協力者を逮捕するほど、愚鈍な人間ではないのでね」
「協力者……俺が……どういう意味だ」
「お家でゆっくり考えな。取り調べが忙しくなるから、これでお暇する」
そう言った警務隊員は、笑い声をあげながら部屋を出て行く。
後には、茫然自失の早ヶ瀬三尉と勇名たちが残された。これが叔父のしたかったことなのだろうか、勇名には全く状況が理解できなかった。
◆◇◆◇◆
学園要塞艦わだつみの外周は、およそ25㎞である。
その第一甲板(地表に相当)の外延に沿ってジョギングコースが設置されており、早ヶ瀬が外周1周といえば、25㎞走であり、2周といえば50㎞走を意味する。
勇名と達彦は、早ヶ瀬が事も無げに言った外周2周という言葉によって、50㎞走にチャレンジさせられている。
「2周って……マラソンより長いじゃないかよ。今日は時間があるからって、軽いノリでさ」
達彦が既に30㎞を走り終えた青白い顔でそう言う。
「自分のペースで走れる分、マシだろ」
ペースを合わせて、大声で歌いながら走らされるよりはマシだと、勇名はそう考えている。
「空港二つ、港三つ、陸戦群と艦艇群の司令部それぞれ一つ、高校と大学があって、更にVSL(垂直型ミサイル発射装置)セルとCIWS(対空機関砲)SeaRAM(短距離防空ミサイル)が無数に備えられた広大な要塞艦で、1周とか2周とか簡単に言っていい言葉じゃないよ!」
御旗学園高校の保健体育系科目には、体育とは別に体力錬成というものがある。その怪しい名前の通り、一番鍛えられるのが精神力というひどい科目だ。
「くそっ、なんで女子は楽しくバスケなんだよ! 俺だって揺れるおっぱいを見たい」
「女子は時間割が体育だから、仕方ないだろ」
「なんで女子だけ体育だよ、ずるいよ」
「来賓に見せるなら、ただ走るよりか青春っぽいやつが良かったんじゃないか」
「来賓になって三雲さんのおっぱいを見たい!って、あれ!! 来てるぞ、革命の女神が」
勇名は達彦の視線を追い、革命の女神に目をやる。
そこにはサラサラの長い金髪をなびかせた色白の少女がいて、バスケを観戦している。本物の革命の女神、リリアン=フロイデに間違いはなかった。
獲真主義思想の父、レーゲン=フロイデの娘で、クバナで獲真主義革命を成し遂げた正に革命の女神だ。クバナ新政権もGOSTOの一員として認められたため、明後日の国際観艦式に招待されている。
「やっぱ、べらぼうに美人だな。年齢は俺たちと一つしか違わないのに、すごい色っぽいよ」
「達彦、お前、中学までは大人しいオタクだったのに、高校になってスケベになってないか」
「三雲さんのおっぱいと共に、俺も大人に成長したんだよ」
「最近のお前、言うことがちょいちょいキモいんだよな……」
達彦と話しながら走るうち、リリアンの姿が見えなくなった。
「革命の女神、か」
50㎞走を終えた勇名たちは、水を飲んだり、トイレに行ったりとそれぞれに時間を過ごす。
学徒隊に参加していない生徒は体力的に走りきれないことが多いため、ほどほどのところで教官に止められ、車に回収される。それが済むまでは、自分の体調管理に使っていい時間になる。
学徒隊の中でも特に元気あふれる連中が、ミニサッカーをしている。これもクーリングダウンの一環として認められている。
勇名は混んでいる外トイレを避けて、第一甲板校舎内にある男子トイレで用を済ませる。
「あのー、誰かいますか?」
手を洗っていると、女性の声が聞こえる。
「はい? なにか?」
手を洗い終えたところで、勇名は少し急いでトイレを出る。もし来賓がはぐれてしまったときには丁寧に道案内をするよう命令されている。
「お待たせしまし……た」
男子トイレの外で待っていた女性を見て、勇名が凍りつく。
腰まである金色の長い髪が特徴的な女性は、間違いなくリリアン=フロイデだった。
「良かった。この学校広いから迷子になっちゃって。案内してくださらない?」
「はい……、あの、日本語……」
「ああ、専属のメイドが八洲人だったの。二人きりの会話をしたくて、教えて貰ったのよ」
「そうなんですか。とてもお上手ですね」
「ありがとう。ドイツ語の次にうまいのが日本語なのよ。英語より得意なの」
「では、正面玄関までご案内し……」
リリアンに手をとられ、引っ張られる。
「あ、玄関は反対ですよ」
「いいの! せっかくだから日本風の学校をもっと見たいの」
「え、あの……」
「私、八洲と日本の少女マンガやアニメが大好きなの。ここも、日本風の高校になってるんでしょ? お願い、案内して!」
勇名は、リリアンの細い腕、細く長い指には似合わない、強い力に驚く。
「僕、授業中なんです。勝手にいなくなるわけには……」
「後で私が上官さんに謝ってあげる。だから、ね、お願い」
リリアンが自然なウインクをする。
勇名は顔が赤くなる。本当に女神のようなウインクだと思った。
「八洲の高校の男の子って、可愛いのね!」
リリアンの笑顔にほだされるように、勇名は抵抗ができなくなってしまった。
「ほら、こっち。何があるのかしら?」
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