救助
従姉の葵とデートです。
コーヴァン北極基地を目指すという当面の目標が定まってから四日、わだつみ艦内の雰囲気は少し明るくなった。
敵襲もなく、遅れている学校のカリキュラムを取り戻すため毎日授業が一コマ増えていることをのぞけば、皆が平和な日常を思い出すような時間が流れていた。
久々の休日、勇名は葵に誘われて汐汲坂まで買い物に出掛けていた。
「ねぇ、この服、いっくんなら似合うと思うな」
葵が店のマネキンと勇名を見比べながら、楽しそうに言う。
「俺なんかに似合うかな? それより、あっちに葵姉が似合いそうなのあったけど」
「私はいいの。一人で買えるから。いっくんは一人では自分の買わないでしょ。私が見立ててあげないと、いつまでも同じ服着てるんだから」
「だって制服や学校のジャージもあるし、学徒隊の作業服もあるんだよ。それでなんの不自由もないからさ」
「それじゃあ、女の子からデートのお誘いがあったときに着る服が困るでしょ」
――俺をデートに誘ってくれるのは、葵姉しかいないんだけど……。葵姉にとっては、従弟との単なる買い物かもしれないけど。
勇名はそう思いつつ、事件以降なかなか見られなかった葵の笑顔を見られてホッとする気分だった。
コーヴァン北極基地に向かうため、高緯度仕様の温かい服をある程度購入したところで、休憩のためカフェに入店する。
女子学生に人気のカフェで、勇名が学徒隊や学校で見たことのある女子が何人もいる。
いたるところからガールズトークが聞こえてくる中、勇名と葵は窓際のテーブル席に案内された。
「何にしようかなぁ」
葵がパフェのような見た目のコーヒーからどれにするか悩んでいる。メニューの写真に指をさして考えている葵を見ると、やはり普通の女の子なんだと、勇名は思わず笑みをこぼす。
葵は飛び級で大学四年の勉強をしつつ、三等学尉に任命されている期待の若手士官だ。しかし、年齢は勇名とふたつしか違わない。
参謀本部で仕事をしていたため、クーデターを起こした実の父・羽佐間誠十郎の判断で拘禁されるという事件もあった。
現在は新しい指導者となった誠十郎の手伝いをしているが、勇名は葵が複雑な想いを抱いているのに違いないと感じている。
「やっぱり、ヨーグルト&マンゴーフラッペドリンクに決めた!」
「了解。すいませーん」
すぐに来てくれたウェイトレスに注文をする。
葵のフラッペドリンクと勇名のアイスコーヒーが届くと、葵が勢いよくフラッペドリンクを吸い込む。
「ん〜、冷たいっ」
「葵姉、一気に飲みすぎだからだよ」
勇名が微笑む。
ふと視線を感じて窓を見ると、見たことのある顔が堂々とこちらを覗き込んでいた。
「す、鈴!?」
鈴の鼻息が窓を曇らせる。鈴は突然歩き出し、その後を追う螢の姿も見えた。
ふたりは店の入口を通り、勇名達の席に向けて迷いなく歩いてくる。
「勇名! 奇遇ね。あんたが頼むなら同席してあげなくもないんだけど、どうする?」
「鈴殿下、おはようございます。ぜひご一緒頂きたいですわ」
葵が気を使ってすぐに返事をする。
「じゃあ、螢、こっちに座りなよ」
勇名がそう言って自分の隣の椅子を後ろに引く。
「え!? そこは私が……」
鈴が慌てて勇名の席に座りかけの姿勢になる。
「ダメだよ。螢は店の入口が見える席じゃないと。護衛なんだから」
「ぬぐぐ……」
悔しそうな鈴が葵姉の隣に座る。
そして、螢が気まずそうに勇名の隣に腰掛ける。
「螢、こないだは、ありがとう。あのとき聞けなかったけど、怪我の具合は?」
「う、生まれつき丈夫なので、ほぼ完治しています。は、羽佐間殿の具合はどうですか?」
「ああ。おかげ様で少し痛いくらいかな。ほとんど大丈夫」
勇名は鈴の顔がすぐ近くにあることに気づき、驚く。
「な、なによ、こないだって。こないだ何があったの?」
「鈴、鼻息荒いって。ただ廊下で世間話しただけだよ」
「螢、報告がなかったわね」
「あ、本当に廊下での世間話ですが……」
「おい、鈴。よせよそういうの。パワハラだぞ」
「なによー、いちいちパワハラパワハラ騒いで」
「殿下もフラッペドリンクになさいますか?」
「そうね、そうします」
勇名は葵のナイスプレーだと、さりげない話題変更に感心する。鈴と螢で勇名が住む羽佐間誠十郎家に遊びに来るとき、葵が母親代わりとばかりに手作りお菓子など作ってもてなすことが多かった。そのため、鈴も螢も葵を姉のように慕っているようだ。
「螢ちゃんは、ケーキか何か頼む?」
「あっ、今は結構です」
「螢はダイエット中なの。胸ばかり大きくなるのが嫌なんだって……勇名、今、何と何を見比べたの?」
「い、いや何もっ」
「イヤラシイこと考えてたでしょ」
「そ、そんなことねぇよ」
「あら、じゃあ、鈴ちゃんのサイズ見てみるね」
「あ、葵さん!?」
「うーん。服装で隠れてるけど、Bはあるわね。鈴ちゃん、着やせするんだね」
鈴は真っ赤になって葵が胸をまさぐるのを耐えている。
「あ、葵さん……恥ずかしいよぉ」
「これならいっくんがちょっとエッチな目で見ても仕方ないかな」
「そ、そうなの、勇名?」
「お、俺はイヤラシイ目で見たりしてないから!」
勇名は気まずくて、とにかくごまかそうと店員に声をかける。
「注文いいですか?」
少しして店員が来て、注文をとってカウンターに入っていく。
「今日は陛下の付き添い、大丈夫なのか?」
「ええ。混乱の中で合流出来てなかった侍従たちが戻って来たし、お母様の体調も安定したから」
「それはよかった」
「勇名、あなたのお陰よ。ありがとう……って、なんで空を見るのよ」
「いや、槍でも降ってくるんじゃないかと」
「わ、私だってお礼くらい言うわよ!」
獲真主義者による砲撃で、女皇陛下は全身に火傷をおい、重体となった。その上、ヘリで本土まで連れ去られそうになったところを、螢が命がけで救い出したのだ。
「礼なら螢に言うべきだしさ。俺は何も出来なかった」
「勇名が螢を受け止めてくれたわ。そうでなかったら、私の一番の友人がいなくなってしまうところだった」
「羽佐間殿、私からも改めてお礼を申し上げます」
「い、いいって。堅苦しいのはやめようぜ」
そう言って勇名が螢に微笑むと、螢は恥ずかしそうに俯く。
その様子を見た鈴が、またなにか気に入らなさそうな、不機嫌な顔になる。しかし、勇名と螢に気づかれまいとしてか、顔を俯けて上げようとしない。ちらりと様子を見た勇名は、鈴も不機嫌を隠すことがあるのかと感心した。
全員がドリンクを飲み終えたあと、四人で汐汲坂周辺をウィンドウショッピングしながら散策する。勇名は葵とのデートが邪魔されたようで少し残念に思うが、それは顔に出すまいといつも以上にニコニコ笑って過ごすのだった。
もし、コーヴァン北極基地への寄港という計画がバレれば、到着させまいとする八洲自衛隊と大規模な戦闘になるだろう。そんなことが予想される今だからこそ、久しぶりの日常を心から楽しんでいたかった。
◆◇◆◇◆
「お兄ちゃん、八洲自衛隊がこちらの動きを察知したらしいの。多分、大規模な攻勢があると思う」
永遠が申し訳なさそうにいう。哨戒任務で出撃したときに通信をオフラインにして警告したのだった。
「そうか。残念だけど、やり合わなきゃいけないんだな」
「学園要塞艦は、もう八洲のものではなくなってるからね。強引に取り戻そうとするなら、私たちが守るしかないの」
「そうだな。学問の自由と、成果物の平等な分配のために。念入りに哨戒する必要があるな」
「お兄ちゃん、水上レーダーに要救助者反応あり。救命ボートひとつに生体反応3だよ」
「了解。――六式より管制塔B、水上レーダーに要救助者反応。救命ボート一、生体反応3」
「管制塔B了解。罠に気をつけて、接近観察せよ」
「六式了解」
救助者対象のいる海域まで進み、目視確認する。
オレンジ色の救命ボートに、男3人が乗っているのが確認できる。
「ヴェリテリア人かな。それなら大丈夫かな」
「お兄ちゃん、油断は禁物だよ。ヴェリテリアは八洲との同盟関係があるからね。コーヴァンがこちらについてくれてるのは、会長本人の考えによるもの。一般のヴェリテリア人は敵の可能性を否定できないよ」
「でも、海戦法規から見捨てる訳にもいかないでしょ」
「取りあえず、武器も爆薬も持ってなさそうだから、救助しましょ。でも、油断はダメ。わかった?」
「わかった、わかった」
「こちら学園要塞艦わだつみ所属の機甲神骸で、搭乗者は羽佐間勇名曹長だ。今から貴方達を保護する。国際法規・規範に則って行動することを誓ってください」
「誓います。来てくれたことに感謝します」
「では、機甲神骸の左手を差し伸べるので、そこに乗ってください」
六式の速度を落とし、余勢で救命ボートに近づく。機体は少しずつ沈んでいき、六式の左手を救命ボートに近づける。男3人が危なげなく機甲神骸の掌に乗る。
「永遠、再加速いくぞ」
「了解」
滑走が始まったところで、速度を控えめにして、わだつみに向かう。
「救助感謝します」
見たところリーダー格の男が、大声で感謝を伝えてくる。美しい金髪を持つ男だった。
救助した人たちは本当に味方!?




