革命の授業
今回も戦闘はありません。
ゆったりモードです。
「私はヴェリテリア第七艦隊第六分隊第一小隊長のエドゥアール=セラ少佐です。航空訓練中に訓練機が海面に不時着、訓練機が水没し始めてしまったため、漂流していました。今回は仲間二人と共に助けていただき、ありがとうございます」
「いえ、遭難者の救助は国際法で定められた義務ですから。しかし、セラ少佐は日本語がお上手なんですね」
「はい。実は若い頃は、わだつみ勤務を希望していまして。日本語と英語を勉強してGOSTOの試験を何度も受けたんですが、残念ながら受からなくて。その代わりに、第七艦隊でわだつみの警護任務につけたときは大喜びしてたんです」
セラ少佐の日本語はよどみなく、警務隊が到着するまでの短い間にたくさんの会話を交わすことが出来た。
「ところで、セラ少佐。クレール=セラ三尉とは何かご関係が?」
「そうそう、妹なんです。彼女は優秀だから、大学に合格してわだつみの学徒隊士官になっているんです」
「そ、そうだったんですか……警務隊が到着したようですね」
「本当だ。それでは」
エドゥアール=セラ少佐は、爽やかな笑顔を見せて警務隊の方に自分から挨拶をしに行った。とても気さくな性格のようだ。他の二人の遭難者も、セラ少佐についていく。
「敵の罠を覚悟してたけど、大丈夫そうだな」
「でも、油断はダメだよ、お兄ちゃん」
「ああ。わかってる」
勇名も警務隊に詳細を聞かれるかも知れないと思い、近くの椅子に腰掛ける。
「面倒事にならないといいね」
「ああ。本当に」
◆◇◆◇◆
朝の哨戒任務の後始末が午前中で終わったため、勇名は午後、学校の授業に出ることにした。リリアンから特別講師を務めると特に誘われた授業だ。
リリアンは飛び級で地元クバナの大学を卒業したばかりで、しかも教員免許を持っているため、授業を受け持ちたいと誠十郎にずっとねだっていたらしい。
勇名は寮の部屋に戻り、真新しい制服に袖を通す。士官候補生用の制服を支給されたことで、クラスでただ一人この制服を着ることになる。また、最も階級が上の者が務めるクラスリーダーも、勇名がやることになる。
「そんな柄じゃないんだけどな……」
御旗学園の制度は、学徒隊の制度と密接に関わっている。授業料を家庭が負担している一部の金持ちの子供以外は、学徒隊で防衛任務に就くからだ。
着替えを素早く終えて、教室に向かう。すでにリリアンの授業が始まっているらしく、聞き覚えのある涼やかな声が廊下にまで響いている。
勇名がそっと扉の窓からのぞき込むと、すぐにリリアンと目が合った。彼女は自ら扉を開けて、勇名を迎え入れた。先任順の座席なので、一番前の右端に勇名の席がある。
勇名はリリアンとクラスメイトに敬礼をして、自分の座席につく。電子黒板を見ると、リリアンが獲真主義内の派閥について講義しているようだった。
「ここまでの説明で、改めてポイントになることはなんだと思う?」
数人の学生が挙手する。
「じゃ、あなた」
「はい! 同じ思想で集まったグループにせよ、元からあった派閥が思想化したにせよ、人間集団の行動原理は派閥の論理だということです」
「その通り。人間のグループがどんな経緯で作られたものにせよ、思想や宗教のロジックで動くのではなく、派閥原理で動くの。もっとシンプルに言ってしまえば、人間の権力欲が最大の行動原理になるわ。そこを理解しないと、過去、革命が起きる度に血で血を洗う権力闘争が発生することと、粛清の嵐が吹き荒れることを説明できないの」
学生たちの間から、ため息が漏れる。憧れの革命の女神に講義されたい内容ではなかったのかもしれない。
「それでは、さっき質問があった、クバナ革命ではどうだったかについてのお話をするわね。綺麗な革命が成功したんじゃないかって話」
そう語り出したリリアンは、とても物憂げで苦しそうに見えた。
「クバナ革命では、革命側がはじめから圧倒的優位に闘いを進めていたの。政治的にも、軍事的にも。余裕があったから、内部闘争と革命が同時に進行したと言っていいの。つまり、普通は体制側に勝ってから始まる仲間割れを、体制側との戦いの最中に済ませておいただけなの。昨日手を取り合って戦っていた仲間を、次の日には体制側と一緒くたにして殲滅したのよ」
教室の空気が凍りつく。クバナ革命は、獲真主義者であるかどうかに関わらず、若者にとって正義のある革命に映っている。それが、内幕では違ったのだと、当の革命の女神から聞かされるのは若者たちにとって残酷な話だった。
勇名は、なぜリリアンがそんな話をしたのか不思議に思う。クバナ革命政府の一員であるリリアンが、クバナ革命の負の一面を広めることにメリットがない。
「私が何故そんな自国の悪口をいうか疑問に思ってる人もいるよね。それはね、みんなが今戦っている獲真主義急進派をはっきり敵であると思ってもらいたいから。もしあなたたちが学園要塞艦クルーとしての役割に疑問を感じてしまうと、その迷いが命取りになるし、後悔に繋がるから」
リリアンの言葉に熱がこもる。
「獲真主義者にしろ、違う主義主張を持つものにせよ、結局は権力を獲得して独占しようとする過程の現れに過ぎないわ。そんなものに騙されないで。みんなのうち、大半は学徒隊としてこの艦を守る任務についている。どんな思想より、みんなが守っている学園要塞艦の理想の方がよほど美しいし、尊いと思う」
リリアンが教室を見渡す。重苦しい沈黙を破って、女子学生が挙手をする。
「どうぞ」
「学園要塞艦の理想が尊いとおっしゃいましたが、学園要塞艦の現在のオーナーであるGOSTOは、実質的に七賢帝国が中小国を緩やかな支配下におく役割を果たしています。そして、学園要塞艦の由来から見ても、このわだつみを除けば元々七賢帝国のものでした。そして、ほとんど元々の持ち主によって護衛されている。このような現状では、学問の自由も、成果物の平等な分配も本当には保障されないと思うのですが」
「あなたのいっていることは、わかっているつもりよ。だから私は、学園要塞艦の中立性・独立性を担保するための改革をGOSTOで提言している。でも、私だけがそれを騒いでも世界は変わらないの。あなたや、他の誰かのように考え方が似ている若者たちが立ち上がる必要があるわ」
重苦しかった教室の空気が一変する。勇名はそっと目を閉じると、革命の女神が新たな革命の種を世界中に広めようとしている様子がイメージされる。リリアンはそのために、学園での講義を行いたいと言っていたのだろうか。
「学問の自由は、超古代文明の遺産を特定の政治思想で解釈することを防ぐために重要で、成果物の平等な分配は、無益な争いを防ぐために重要なの。それを守るあなたたちの仕事はとても大切なものなのよ」
「ありがとうございました」
質問をした女子学生が、緊張の残る固い表情で席につく。
「あの、すみません」
勇名の友人の達彦が、珍しく挙手をしている。
「どうぞ」
「リリアンさんは、羽佐間と付き合ってるんですか? 一緒にいるのを、何度かみかけたもので」
勇名は驚いて咳き込んでしまう。
「そうねぇ、彼は大切なボーイフレンドよ」
リリアンの答えに、クラス中からどよめきが走る。そして、鈴が不機嫌そうに勇名を睨みつける。
しばらくしても騒ぎが収まらないため、早ヶ瀬先生が前に出て、声をかけて鎮める。
「深刻な質問だったな。羽佐間勇名は、機甲神骸のパイロットとして何回かリリアンさんに用事があったみたいだ。恐らく、ボーイフレンドという言葉に深い意味はないと思うぞ」
「マジで? 俺もパイロットになりたいな」
誰のものかわからないその声が、多くの男子生徒の希望を代弁しているようだった。
自然、一人だけ士官候補生の制服を着ている勇名に注目が集まる。勇名が六式のパイロットであることは、今は秘密事項ではなく広く知られている。
「ああ、だから嫌だったんだ……」
軍人としてはまだひよっこもいいところなのに、永遠と六式を誠十郎に押し付けられて育ったせいでこんなことになったのだ。
「おいおい、羽佐間をうらやんでも何にもならんぞ。さあ、もうすぐリリアン先生の授業が終わる時間だぞ。何か質問がある奴はいないか?」
早ヶ瀬先生が司会役になり、質疑応答が数分続いた。授業終了のラッパがなり、挨拶を済ませて休憩時間になると、リリアンが俺にウインクをする。
俺は小さく頷く。
勇名は、おそらく今日の学校が終わったあとリリアンから呼び出しがかかるのだろうと考える。
――それにしても、どうして人のいるところで、勘違いされるようなことばかりやるのだろうか。
今のウインクだけでも、何人かの女子生徒が目撃しただろう。彼女達のコソコソ話が耳につく。勇名はこういう状況は好きではない。
リリアンから無茶な頼みごとなどをされないか心配になりつつ、勇名は午後の授業を受けたのだった。
◆◇◆◇◆
放課後になり、勇名は案の定、リリアンから呼び出しを受ける。学校の放送設備を使って、本人から呼び出されたのだ。そのせいで、また男子生徒からの針のような視線を浴びなければならなかった。
勇名は、今度こそ抗議してやると心に定めて、鼻息を荒くしながら談話室の扉を開く。
「第二十三分隊、羽佐間勇名、入ります」
勇名はどうなってしまうのか!?
いやいや、命の危険はありません。




