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コーヴァン北極基地

当面の目標が決まります。

 帰艦した勇名は簡易検査を受けた後、クレール=セラ三尉とダニエル=ハートマン三尉と一緒に、遅い昼食を()っていた。


「永遠三佐と早ヶ瀬三尉、大丈夫でしょうか」

 クレール三尉が心配そうに言う。

「叱責があるかもですね」

 ダニエル三尉も同じ事を心配しているようだ。


「確かに、さっきの永遠は、命令に対して明らかに不服そうな態度を取っていましたが。多分、叔父はそれを問題にしないと思います。それより、これからの方針を話し合うか、命令するかしてるんじゃないかと」


「なるほど、それが羽佐間誠十郎一佐の思考なんですね」

 ダニエル三尉が大きく頷きながら、感心している。ダニエル三尉は、アルビオン同君連合の出身で、羽佐間誠十郎に憧れて機甲神骸パイロットになったと明言している。叔父のことを絶対視する視線に、勇名はいつももどかしさを覚える。


 叔父が第二次全洋大戦で大活躍した人間なのは事実かもしれない。しかし、それが叔父の人間性の素晴らしさと関係があるかといえば、全くそんなことはない。


 羽佐間誠十郎がいうことだから正しいと盲目的に信じてしまう人を見ると、なんともいえない苛立ちを覚えるのだ。


「叔父は永遠に甘いんです。それだけのことですから」


 言ってしまってから、ダニエル三尉を否定してしまったような気がして、勇名は黙り込む。


「それにしても、私たち、これからどうなるのかしら」

「ああ。八洲(やしま)の内戦じみた戦いなのに、俺たちは学園と学徒隊の一員として戦わなくてはいけない」


 二人のやり取りを聞いて、勇名はなんとなく責められているような心地になる。自分が八洲人という自覚は薄いが、それでもクレール三尉とダニエル三尉に比べれば八洲との繋がりは明らかに深い。


「叔父がどう考えるか分かりませんが、きっと八洲人以外の学園関係者、学徒隊関係者の扱いについても今なにかしら検討していると思います」


「私は出て行けと言われなければ残るわ」

「俺も同じだ」

「どうしてですか?」

「例え八洲の内戦とはいえ、学園要塞艦の危機には違わないからね。出て行けという命令がなければ、学問の自由と世界の平等のために戦うさ」


「私も学徒隊にたくさんの友人がいるし、要塞艦のために戦えと言われれば、迷わず戦うつもり。今はちょっと、その点も曖昧だから不安だけど」


 勇名は立ち上がる。二人のような立場の生徒や隊員は多い。彼等のためにも、何のため戦うのか、どう戦っていくのか、はっきりさせないといけない。


 二人の視線を背中に感じながら、統合幕僚監部だった部屋に向かう。

 元いた幕僚たちは監視室に移され、拘禁されている。空いた統合幕僚監部は、会議室として利用されている。


 勇名は歩きながら、どう話を持っていくべきか考える。つい衝動で歩き出したはいいが、叔父との直前のやりとりでは自分が口出しすることを叔父が嫌がるだろうと予想出来るからだ。


 とりあえず、永遠と連絡を取って現在の会議室の状況が知りたい。


 元統合幕僚監部の近くまで移動すると、弐四式自動小銃を抱えた衛兵と目が合う。

「|誰何〈すいか〉」

「羽佐間一等学士です! 羽佐間一等学佐にお話があり参りました」


「貴官は羽佐間一等学佐の命令で、厳に立ち入り禁止とされている。自分の持ち場に帰るように」

「……はい」


 立ち入り禁止にされるのは想定内のことだったので、粘らずに少し通路を戻る。すると、期待していた通り、三雲(けい)が奥のパーティションの向こうから現れる。その中では、女皇陛下が治療を受けつつ休んでいる。


「羽佐間殿。どうしたのですか?」

「螢。ちょっと叔父さんと話したかったんだけど、立ち入り禁止にされてて」

「そうなのですか……。許可するよう陛下にお願いしますか?」


「陛下のお手を患わせたくないから、それはいいや。永遠が様子を見に来てくれるといいんだけど」

「永遠殿は会議中では?」

「ああ。でも少し抜けても、永遠ならバレないだろうし」


すると、空中に小さな耳が現れる。

「お兄ちゃん、用事?」

狙い通り、廊下での会話を聞きつけたようだ。


突然現れた小さな耳に、衛兵が怯えながら小銃を構える。

「あ、これは語り部の特殊能力なんです。永遠三等学佐の耳なので、撃たないでください」


「語り部の、耳、ですか?」

「はい。――それで、永遠。八洲以外の国籍の学徒隊員をどうするか、議題には上がってるかな」

「今のところはないよ」


「じゃあ、もし議題に上がらなかったら、永遠から問題提起してほしいんだ。彼らの処遇や、帰国希望者をどうするか、とかさ」

「わかった。任せといて」

「頼むよ。会議中に悪かったな」

「うん、平気。じゃあね」


空中の小さな耳が消える。

「語り部って、すごく不思議な存在ですよね」

勇名が微笑みかけると、銃を構え銃口だけ下げていた衛兵が、構えを解く。

「あはは。初めて見たよ、あんなの」

小銃を担ぎ直した衛兵が愛想笑いをする。


「どうも、ありがとうございました。螢もサンキューな」

勇名が後ろを向いて帰っていくとき、衛兵のため息が聞こえた。



◆◇◆◇◆



 勇名が機甲神骸(アーミス)搭乗者控室の中の仮眠スペースで横になっていると、早ヶ瀬三尉が起こしに来た。


「これから、執行会議での議決事項など周知する。ブリーフィングルームに集合だ」

 勇名が重い頭をようやく持ち上げて上体を起こすと、早ヶ瀬三尉は静かに笑いながら大丈夫かと聞いてくる。

「大丈夫です」

「それじゃ、待ってるぞ」


 勇名は目を覚ますために控室の冷蔵庫から炭酸飲料を取り出し、コップに注いで飲む。清涼感が喉を通り抜けて、少しだけ頭がすっきりしたように思える。


 一度廊下に出て何歩か歩き扉を開けると、ブリーフィングルームには機甲神骸(アーミス)パイロット全員が揃っている。

「お待たせしました」


「お兄ちゃん、大丈夫? 顔色が良くないよ」

「ああ、寝起きすぐだからじゃないかな」

 勇名が笑顔で答える。実際には、ここのところ搭乗時間が長いからか、身体の重さに悩まされている。


 早ヶ瀬三尉が、ホワイトボードに「今後の方針」という文字を書き込む。

「ま、もうほぼ時間だから始めるか。羽佐間に限らず、体調が優れない者はすぐにいってくれ」

「はい」


「今から始めるのは、現・執行部で決めた今後の戦略だ。もちろん、我々にかけられた濡れ衣を晴らし、学園要塞艦としての通常活動に戻るのが目的だ」


 現在、学園要塞艦わだつみは、女皇陛下と皇太女殿下をさらい、観艦式でテロ行為を行ったテロリスト集団との濡れ衣をかけられている。


 それを覆すために公正な報道発表の機会を得ること、八洲自衛隊を牛耳っていると思われる真犯人を糾弾し、場合により軍事的に殲滅することが必要になる。


「具体的な目的地は大還流の外、北東部にあるコーヴァン北極基地とする。あそこなら、補給を受けつつ報道発表を実施することができる」


 ほとんどの国が北半球か南半球の大還流に流されているこの世界で、浮島でない大地はそう多くない。


 大陸はGOSTO共同で開発されつつあり、その周辺の動かない島は、大国の植民地や大企業の私有地になっている。


「ヴァルタザール=コーヴァン会長がこの艦にいることは周知の事実だが、会長自らの肝いりで北極基地への寄港と、補給、そこでの記者会見を手配してくれるそうだ」


「それは心強い」

 ダニエル三尉が頷きながらつぶやく。

 一方で、クレール三尉は複雑な表情をしている。


「クレール三尉は少し不安があるようだな。何が気になるか、発言してくれ」

「はい……。学園要塞艦運用規則類に従うならば、特定企業グループとの癒着(ゆちゃく)が疑われる行為は避けるべきかと」


「その懸念はもっともだ。一方で、八洲自衛隊正規軍を敵に回して、我々の現有戦力だけでいつまでも戦えないのは目に見えている。我々をテロリストと決めつけた世論を打ち破るには、八洲の女皇陛下と鈴殿下の身柄をこちらで確保しておく必要がある。そのための万全の戦力を得るには、会長が我々の立場を理解してくれているコーヴァンに、一時的にしろ力を借りる他ないというのが現執行部の判断だ」


「理解しました」

「よかった」

「ところで、八洲以外の出身者の処遇はどうなっているでしょうか」


「ああ、その件は、本人の希望があればコーヴァン北極基地で降りられることになった。八洲同士の争いに巻き込まれたと感じているなら、戦いを強制出来ないからな。ただし、あくまで我々は学園要塞艦として、この艦を守り、学問の自由と成果物の平等な分配のために戦っている」


「それはよかったです」

クレール・ダニエル両三尉はホッとした表情になった。今の戦いが学園要塞艦の通常運用だとわかって安心したのだろう。


「他に質問がある人はいるか?」

 早ヶ瀬三尉が周囲を確認する。質問よりも、当面の目標が定まった安心感が部屋の雰囲気を作っているように見える。


 早ヶ瀬三尉が通達を終えようとした瞬間、永遠が遮って話し始める。

「早ヶ瀬三尉は来春二尉に上がる予定でしたが、ここ最近の前線指揮官としての功績をもって、本日付けで二尉に特進しました」


 室内で拍手の音が響く。

「まあ、半年早くなっただけだがな」

 もともと、パイロットの三尉の中では一番の先任だったわけだが、改めて永遠のサポートをする副官という立場が強調されることになる。


「それから、羽佐間勇名一等学徒も、パイロット候補生として学曹長に任命されました」

「えっ?」

 周囲の拍手の音を聞きながら、勇名は戸惑いを隠せない。早ヶ瀬二尉が笑顔になる。


「まあ、そもそも永遠三佐の補佐とか微妙な言い訳をして、一等学徒が実質的なパイロットをしてた訳だ。機甲神骸(アーミス)を操縦する以上、本来ならパイロット候補生の学曹長以下の階級なんて、有り得なかった。それを正しただけだ。正規の士官候補生訓練に行けるようになる前は、俺がOJTで指導することになる。改めてよろしくな」


 機甲神骸のパイロットは、通常士官でなくてはいけない。一等学徒が実質的にパイロットをしていることを気にする人がいたのだろう。

「はい、よろしくお願いします……」


 ブリーフィングはそこまでで終わる。

「もう少し寝るか?」

 早ヶ瀬二尉が勇名に話しかける。

「いえ、もう寝られなさそうです」

「そうか。なら、早速OJTを始めるか?」

「お願いします」


 自分が士官候補生の立場になると考えると、勇名は強い緊張感を覚えた。

「なに、難しいことはないから安心しろ」

 早ヶ瀬二尉の笑顔に、勇名は少しだけ表情を和らげる。

「頑張ってみます」


次回からは、少し平和な日を過ごせそうです。

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