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潜航型用ブロック

叔父との確執が……

「で、お前らはどうしたい?」

 わだつみCICに押しかけた勇名と永遠に、誠十郎は冷たく言い放った。


「それは……」

 もし味方も潜航型を持っているなら、早めに展開して対潜戦を重視すべきだったとの勇名と永遠の発言に対し、誠十郎は眉ひとつ動かさなかった。


 考えてみれば、味方に潜航型がいるかどうかも機密情報であり、水上型機甲神骸のパイロットであっても、通常知ることはないのだ。


「お前らの権限で何も出来ないはずのことを、わざわざここまで入り込んで(のたま)うとは、ずいぶん偉くなったな」


 勇名も永遠も黙り込む。


「可哀想だし、教えてあげればいいんじゃないの? 羽佐間大佐」

 CICの隅で黙っていたリリアンが、軽い口調でそう言う。


「一緒に戦う仲間としては、彼のことを知っておいて欲しいわ」

 誠十郎がリリアンをちらりと見る。

「甘やかさないでくれといいたいところですが、大使の仰ることを無碍(むげ)にはできません。大使からお話いただけますか」


「わかりました。ミスター羽佐間」

 そう言ったリリアンは、ゆったりと勇名の前まで歩いてくる。

「私の護衛をしているエイン=ヘリャルは、水潜両用型機甲神骸のパイロットでもあるの。前の司令部の許可をとって、わだつみの船底に隠して置いたの」


「そんな、なぜそんなことを?」

「実は、先日の血の観艦式事件、予兆を感じて忠告をしに来たのよ、私」

「忠告?」

「ええ。八洲自衛隊内部の獲真主義組織からの連絡で、急進派の動きに疑念を覚えたの」


「疑念? あんたたちにとっては、味方なんじゃないのか?」

「勘違いされがちだけど、クバナ革命政府は穏健派が大多数を占めているの。アルビオンの支配が苛烈すぎて、穏健派まで動かざるを得なかったのがクバナ革命なの」


「で、旧司令部はあんたたちを受け入れた……、旧司令部は血の観艦式の予兆があることを知っていた?」

「そうよ。そして、あなたの予想通り、事なかれ主義でなんの対応もしていなかったの」


「私たちの存在を、旧司令部は隠した。だけど、私たちは頼りになるだろう同士に連絡をとったわ。ミスター羽佐間に」

「それで、この人はクーデターを……」


「ええ。頼りにならない旧司令部を拘禁して、刻々と変わる情勢に対応できる体制を作ったのよ」


 血の観艦式が起きる可能性を知りながら、事なかれ主義で黙殺した旧司令部と、その旧司令部を倒してまともな体制に変えた叔父のクーデターという構図。しかし、それを知らされていたなら、自分はもっと動けたはずだと、勇名は思う。


 何人もの仲間が、たくさんの同期が、命を落とさずに済んだのではないのか。


「勇名、お前がそれを知っていたら何か出来たと思うなら、とんだ思い上がりだ。お前は鈴殿下の学友に過ぎず、一機甲神骸のパイロットに過ぎない。我々は残念ながら戦場に放り込まれた。己の力を過信すると、死ぬぞ」


「まぁ。客人にはジェントルマンなのに、身内には取り付く島もないほどに厳しいのね。勇名君、ちょっとここを出ましょう?」

 リリアンが僕の腕を掴む。少し強引に引かれたので、逆らわずについていくことにする。

 永遠も黙ってついてくる。


 CICの扉が自動で閉まる音をききながら、リリアンにいわれたままについていく。艦内中央のブロックから出ると、リリアンが微笑む。


「ミスター羽佐間は上官としては正しくても、叔父さんとしては厳しさが過ぎるね。勇名君が逆らいたくなる気持ちはわかるわ」

「あの人は昔からそうでしたから。僕は別に、怒ってなんかいませんよ」


「勇名君、自分の気持ちを偽ることには賛成出来ないかな。あなたは怒っているし、怒っていいんだよ」

「怒ってる……のかな、俺」

「うん。怒ってると思うよ」


 話に集中している間に、第6甲板にたどり着き、また機密ブロックに入っていく。


 リリアンが隣を歩く勇名の手を取る。その温かさに、勇名は心にまで温もりが伝わってきたような気がする。

「お兄ちゃん、あたしも手を繋ぐ!」


 勇名とリリアンの間に割り込もうとした永遠の動きが、急に止まる。

「え!? どうして?」

「どうした? 永遠」

「やっと気づいたの?」


 背後からの声に顔を振り返ると、永遠にそっくりの、銀髪と赤い瞳の少女が立っていた。


「ヴァル、どうしてあなたがここに?」

 永遠が怯えたように、震えながら質問をする。その様子を見た勇名は、永遠の左肩に右手を置く。

「永遠、どうしたんだ?」

 永遠にヴァルと呼ばれた少女は、どこか楽しげに永遠の動揺する姿を眺めている。


「まぁ、ここにいちゃいけないみたいな言い方するのね。()()ちゃ()()。冷たいのね。この世界でたったひとりの姉妹、特別な語り部同士なのに」


「違う、あなたと姉妹なんかじゃない。だって、あなたはいつも戦争を呼んでくる」

「それは誤解よ。私が戦争に呼ばれてしまうの。皆、私のこと大好きなんだもの。転変の戦女神、ヴァル=キューレのことを」


「永遠、落ち着け。お前らしくないぞ」

 勇名が永遠の肩を抱く。少しでも落ち着かせようと、掌を動かしてトントンと身体を叩く。


「ヴァル=キューレ、君のことは永遠や叔父から聞いたことがある。君がどう感じているかわからないけれど、永遠は君を恐れているんだ。頼むから、永遠の前に現れないでくれないか」


「あら、勇名君に早速嫌われてしまったわ。お姉ちゃんたら、狡い。でも、私をいないことには出来ないのよ」

 ヴァルが扉に目をやる。そこから、リリアンの護衛、エイン=ヘリャルが姿を現す。


 扉を後ろ手に閉めたエインは、値踏みするように状況を眺めている。

「エイン、お姉ちゃんにいじめられちゃったわ。勇名君に私の悪口を吹き込んでいるのよ」


「俺には関係ない」

「ぷっ、つれなーい。何その他人事な感じ。まぁいい、紹介するわ。私とペアを組んでるエイン=ヘリャルよ。皆ご存知の世界最強の傭兵。ブリュンヒルデのパイロットなの。今日もお姉ちゃんたちのお手伝いをさせてもらったわ」


 ブリュンヒルデ、かつてアルビオン同君連合が開発した水潜両用型機甲神骸だ。六式と同じように特別な語り部を擁しており、水上航行でも潜航でも高い機動力を誇る機体だ。


「エインヘリャル……死せる戦士のこと……どうして彼がエインヘリャルなんだ?」


 勇名は日本経由で知っている北欧神話の伝承を思い出す。エインの名を聞いただけでは思い出せなかった。死ぬときまで勇敢だった戦士が女神ヴァルキューレに見出されてなる死せる戦士こそがエインヘリャルなのだ。


「俺は一度死んだ。そして、こいつに拾われた」

 エインが無表情のままそう言う。

「彼はね、世界の火薬庫と呼ばれるシナイ島の少年兵で、19号とのみ呼ばれていた。だから、私が名付けたの。誇り高き戦士の名を」


「悪趣味だ」

 俺がそう言うと、ヴァルは不機嫌そうにこちらを睨んだ。

「勇名君って、もっと優しい人だと思ったのに」


「俺は優しい人間なんかじゃない。お前の名付けのセンスが良くないのと同じだ」

「ほらー、お姉ちゃんのせいで勇名君が冷たいー」

「永遠は関係ない」


「お二人さん、喧嘩しないで。折角だから、ブリュンヒルデを見ていってね」

 リリアンが扉を開く。そこは潜航型の基地だと噂されていたブロックで、勇名も初めて訪れる場所だった。


「こんなところに俺を入れていいのか」

「ええ。このブロックのことは全て一任されたわ。誰を連れ込むかも私の自由にしていいって。そのうち、ミスターコーヴァンにも来てもらうつもりよ。そういう思い切った判断が出来るのは、あなたの叔父さんの良さだと思うわ」


 しばらく歩くと、全身が濃いグレーに統一された機甲神骸が目に入る。

「これがブリュンヒルデ。これが死神の名すらつかない幻の殺人機械よ」


 死神の名すらつかない……、これを見た者は必ず死ぬとされる伝説の機体だ。目撃者が全員死んでしまうから異名すらないということだ。

 その点、数々の目撃者がその恐怖を語る青い死神とは別の恐れられ方だ。


「両用型だけど、今わだつみにある唯一の潜航可能な機体よ。対潜作戦には、潜航型の力が必要。だから、ミスター羽佐間がこの場所を使わせてくれたの。事なかれ主義で、船底の岩に固定させられていた旧司令部とは全く違う対応よ」

 リリアンがどこか諭すような言い方をする。


「俺は……、叔父さんの凄さを認めてない訳じゃない。だけど、あの人は任務のために自分だけでなく、誰も彼もを犠牲にして省みない冷たさがある。それが嫌なんだ」


「勇名君は優しいものね」

「そんな、人をよく知らずに優しいと決めつけるなよ」

「ごめん、怒った?」

「これは怒ってるんじゃない。本当に。ただ、俺を決めつけて欲しくないだけだ」


「わかった。そうだね。もっと勇名君のことを知りたいし」

「俺を知りたいのと、羽佐間誠十郎の甥を知りたいのと、どっちなんだか」

「勇名君のことを知りたいのよ。だって、あなた、とても面白いもの」


「どうだかなぁ」

 勇名とリリアンの会話を、エインとヴァルと、ブリュンヒルデが表情なく見ている。彼らにはなんの関心もないくだらない会話なんだろうと、勇名は思う。


「お兄ちゃん、そろそろ帰ろ」

 暗い表情の永遠が勇名の袖を掴む。

「そうだな。――潜航型があることはわかった。ここに連れてきてくれたことは感謝するよ。あと、エイン、あんたが仲間を守ってくれたことに感謝する。ありがとう」


「リリアンの命令に従っただけだ」

 エインはつまらなさそうに返事をした。


 俺と永遠は潜航型用のエリアから出て、エレベーターに乗る。ヴァルが現れる少し前から続いていた小さな震えが少しずつ収まっていく。

「永遠、大丈夫か」

「うん。落ち着いてきた」


 語り部が存在する神話体(神骸)は、六式とブリュンヒルデだけではない。しかし、永遠とヴァルは髪と瞳の色以外はそっくりだった。そして、ヴァルは永遠のことをお姉ちゃんと呼んでいた。


 結局、難しいことは何もわかっていない。神話体も語り部も、使い方は知っていても、それがなんなのか、どんな目的で作られたのか、答えを知っているのは七賢帝だけだ。


「お兄ちゃん、手を握ってもいい?」

「ああ、いいよ」

 勇名が微笑むと、永遠が微笑み返す。今はこれでいい。勇名はそう呟いた。


シナイ島で死にかけていた19号を、ヴァルが助けてエインと名づけました。


エインッと名づけました。


……

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