初めての扇動
魔族軍が襲来した翌朝。
まだ抜け切れていない疲れを感じながらも、ノブナガは起床した。
ノブナガに宛行わられた客間を出て、昨日全員で話していた部屋にやって来ると、そこにはすでにザンやアリンカ、スフィ、それにハルサーマンがいた。
朝に弱いカレンも、珍しくちゃんと起床していたらしく、ザンたちに混ざって座っている。
それに若干驚きながらも、ノブナガはある事に気がつく。
「あれ、エリーナさんは?」
キッチンの方から良い匂いがしてくるので、マリーが朝食を作っているのはわかるが、この場にエリーナだけがいない事に気づいたのだ。
昨夜、ノブナガが帰ってきた時もアブリーの傍についていたので、もしかしたらまだ寝ているのかもと思いながらも聞いてみた。
「エリーナは……その」
ノブナガの問いかけに、アリンカは突然口ごもる。
隠しているというよりも、口に出していいものかと考えているのが伺える。
そのアリンカの意識が、天井である上の階に向いた事で、その反応を見ていたノブナガも察する事が出来た。
「あぁ。傍に付いてるのか……」
「さっき様子を伺いに行ったけど、ずっと傍に付いてて寝てないみたいなの。休むようには言ったんだけど……」
「そっか……俺、行ってくるよ」
「よろしくね」
昨日の夜から心配だったので、ノブナガも様子を見に行く事にした。
一旦部屋を出て、階段を上がってすぐの部屋の前に立つ。
3回ノックし、中にいるエリーナに声をかける。
「ノブナガです。入っていいですか?」
「どうぞ」
ノブナガが扉の向こう側に声を掛けると、エリーナから返事が返ってくる。
少し声が掠れている事に気付きながらも、扉を開けて中に入る。
部屋の中はまだ薄暗いが、アブリーが横たわっているベッドの傍にエリーナが座っているのを発見する。
「エリーナさん、大丈夫ですか?」
「はい……大丈夫です」
エリーナの顔を見て、ついそう声をかけたノブナガ。
エリーナは「大丈夫」と言ったが、エリーナの目の下には暗がりでも見えるぐらいの隈ができていた。
疲労も目に見えて溜まっているので、どっからどう見ても大丈夫ではなかった。
「寝てないんじゃないんですか?疲れは、ちゃんと取った方がいいですよ」
「そうですけど……今は、休むわけにはいかないんです」
「でも、エリーナさんまで倒れたら元も子もないないです」
見ていられないノブナガが休むように勧めるが、エリーナは頑として休もうとしなかった。
声にも力が入っていなし、疲れているのは明白だ。
今度は少し強めに、休むように勧めたノブナガ。
それでも、首を縦には振らないエリーナ。
「…………お母様は、亡くなりました。お父様は“魔王”に支配され続けて、今は寝たっきりです」
「……」
突然、エリーナがそう呟く。
その言葉に、ノブナガは何も言えなくなった。
どう声をかければいいのかわからなくなったのもそうだが、どうしてそう呟いたのかがわからなかったからだ。
「私だけなんです。苦しんでいないのは」
「そんな事ないです。エリーナさんは旅をして、今まで苦しい戦いをしてきたじゃないですか」
この3年間、エリーナは1人で旅をして、ノブナガと出会ってからもたくさんの苦しんできた。
戦えない自分にも苦しんだ。
ノブナガの言葉は、決して慰めなんて言葉ではない。
「違うんです……確かに、旅は辛い事がたくさんありました。でも……でもっ、楽しいと思ってしまってたんです!!」
感情が爆発したように叫ぶエリーナ。
普段のエリーナではあり得ない声の大きさに、ノブナガは唖然となってしまった。
「ノブナガさんと出会えてっ、今の仲間のみんなに出会えて……私は楽しいと思ってたんです!その間にもっ、お父様は心を痛めていたのに……!私だけが楽しい思いをしてたんです!!城を抜け出した時だって……きっと私は、ただ逃げただけなんです…………」
すべてを出し切ったのか、エリーナは力が抜けたように俯いた。
ノブナガも、そんな事を思い詰めていたなんて思わず、自然と視線が下がる。
それでも、さすがに言わなければならない事があるので、拳を握りしめながら口を開いた。
「楽しいと思っちゃダメなんですか……?」
“喜怒哀楽”という人の感情の基礎とも言われる中にもある感情だ。
思っちゃいけないわけがない。
「エリーナさんは、この国を取り戻したくて城を飛び出して来たんですよね?お母さんの愛した国を取り戻したくて、今まで旅をして来たんですよね?」
野盗に襲われ、魔族と戦い、軍隊とも立ち向かった。
苦しみは数え切れない程あったはずだ。
そんな中でも、たくさんの出会いと別れがあり、楽しい旅だったのは間違いない。
「それを逃げとは言わないと、俺は思います。エリーナさんはずっと戦ってきたじゃないですか。自分を責める必要なんてありません」
懸命に言葉を紡ぐノブナガ。
しかし、それでもエリーナが顔を上げる事はなかった。
ずっと俯いた体勢で、黙り込んでいた。
「とりあえず、今は休んでください。それじゃあ」
しばらく待ったが、結局エリーナが顔を縦に振る事はなかった。
今はこれ以上言ってもダメだと思ったノブナガは、とりあえず休むようにだけ伝え、部屋を後にした。
(今は自分が許せないだけだ。せめて、王様さえ目覚めてくれれば、まだ立ち直れると思うんだけど……)
階段を下りながら、ノブナガはエリーナの不安定な心情を心配する。
だけど、今はこれから始まる事を考え、ノブナガの心情も更に重くなるのであった。
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ハルサーマンの豪邸で朝食をとったノブナガは、エリーナ以外の“奪還者”メンバーを連れてハルサーマンへと付いて行く。
ハルサーマンが向かったのは、帝城から少し離れた広場だった。
昨日、単目の巨人が出現した場所という事もあって、近くの建物すべてが瓦礫へと変わっていた。
広場の中心には噴水だったぽい瓦礫と水溜りができている。
その広場に着いたノブナガたち。
すでに広場にはたくさんの騎士たちが集っており、広い空間を人で埋め尽くされていた。
ハルサーマンが近づいてくるのに気がついた騎士たちが、敬礼をしながら後退り、中心へと道を作る。
それに気づいた他の騎士も敬礼しながら道を作った。
それが伝染するなように行われ、ハルサーマンとその後ろを歩いているノブナガたちは集団に揉みくちゃにされる事なく、中心にたどり着いた。
誰が用意したのか、コンパクトな木製の台に乗るハルサーマン。
ほとんどの騎士が台に立つハルサーマンへと視線を向けているが、その側に並び立っているノブナガたちにも少なからずの視線が集まる。
が、ノブナガたちに集まる視線には、あまりいい感情は込められていなかった。
『なんか嫌な視線スね』
『仕方ないわよ。ここに集まってる人のほとんどが、ノブナガに湖に落とされた人でしょうから』
『なるほど。ノブちゃんが原因か』
『おい。俺のせいみたいな言い方はやめろ』
なんて会話を念話でしていると、ハルサーマンが口を開き始める。
「集まってもらったのは他でもない。昨日起きた騒ぎについてだ」
そのハルサーマンの言葉に、騎士一同が騒めき始める。
それと同時に、ノブナガに集められた視線に殺気が宿る。
「昨日騒ぎを起こしたのは、この者たちだ。その中には、私の娘も入っている。更に言えば、現帝王アブリー・アンディエル様の娘さんも入っている」
だが、その視線もハルサーマンの一言によって、すべての視線がハルサーマンへと集まる。
「しかし、それは訳あっての事だと理解してもらいたい。その訳も、これから話そう」
それから語られた話は、人間族では収まらないスケールだ。
内容的にも人間界だけでは語れないので、騎士たちは唖然騒然としていた。
特に、魔族が人間族よりも基礎ステータスが高く、その王と神が七千の軍勢を引き連れてやって来たと聞いた時は驚きを隠せないでいた。
「そして、現在に至る」
ハルサーマンが話をそう括ると、騎士たちが十人十色の表情を見せる。
絶望、恐怖、不安、そんな負の表情の中には、何かを察した者もいて、希望の顔や思考している者までいる。
そんな顔をしている者をチラホラ目にしたハルサーマンはニヤリッと笑い、さっきよりも大きな声をあげる。
「だがっ、絶望にはまだ早い!希望はあるっ!それがこの少年っ、ノブナガくんだ!!」
自分が台から降りると、隣にいるノブナガを台へと乗せるハルサーマン。
一応、ちょっとした打ち合わせはしていたので、台に上がる覚悟はしていたのだが、やはり大勢の人の前に立つと怖気てしまいそうになる。
そんな心を抑え、ノブナガは胸を張って言葉を紡ぐ。
「自分は“奪還者”のノブナガです。まず、ここにいる方々にケガを負わせてしまった事を謝罪します」
名乗りの次に謝罪を持ってくるノブナガ。
子供らしからぬ仕草に、大人の騎士も騒然とする。
しばしの間、頭を下げ続けてから顔を上げ、話を続ける。
「ハルサーマンの紹介に預かりましたが、正直1番の難敵である“魔神”に勝てる自信はありません。可能性があるだけです」
敢えて飾らず、ノブナガは本音を口にする。
「ですが、自分はその可能性に賭けたいと思っています。どうせ負ければ世界は滅びます。なら、俺は立ち向かう事を選択します」
殺すか救うかは決まっていないが、立ち向かわなければならない事に変わりはない。
少し熱が入ってしまい、一人称が『俺』に戻ってしまったが、気にする事なく続ける。
「しかし、それをするには圧倒的に数が足りません。だから、みなさんの力を貸してください」
担当直入に言葉を述べた。
「俺のアーティファクトをフル量産し、みなさんの戦力を増強します。魔族軍にどれぐらい対抗できるかはわかりませんが、死人が出ないようにだけはします。だから、力を貸してください。お願いします!!」
ノブナガの懇願の言葉が、広場全体に響き渡る。
正直、ノブナガの言葉が素直に受け入れられるとは思っていない。
なぜなら、昨日までこの国の反逆者だったのだ。
しかも、一度剣を交えた者たちだっている。
簡単に受け入れられるわけがない。
それでも懇願するのは、この国をこれ以上荒らさない為。
エリーナが好きな国をこれ以上好き勝手されるのは、ノブナガにとって許し難い事なのだ。
さすがのノブナガも、7千の軍勢をどうにかするには相当なMPが必要になる。
多大なMPを消費した状態で“魔神”に挑めば、それこそ勝てる可能性など0に等しい。
だから、軍や警備の騎士たちにも協力して欲しいのだ。
しばらく、頭を下げた状態のノブナガが続く。
騎士たちから返ってくるのは静寂ばかりで、どういう反応をされているのかも伺えない。
(さすがに無茶な頼み事だったか……)
内心、そう呟いて諦めた。
その瞬間、
ドンッ、ドンッ、ドンッ
そんな鈍い音が、静寂を破った。
下げていた頭を跳ね上げ、音の発生源に目を向けると、そこには槍を手にしている30代半ばぐらいの男がいた。
その男は、手にしている槍で地面を殴り、打ち鳴らしていたのだ。
更にそれに共鳴するように、他の場所でも打ち鳴らした音が聞こえてくる。
視線を動かせば、20代後半ぐらいの女が杖で打ち鳴らしている。
更に共鳴し、打ち鳴らす音が増えていく。
打ち鳴らす者が増え、地震が起きているのでないかという程地面が揺れる。
気がつけば、広場にいた全員の騎士が各々の武器を打ち鳴らしていた。
まるで心臓の鼓動のように打ち鳴らされた音が、天を衝くように響き渡った。
その光景に、ノブナガはつい嬉笑してしまう。
旅をして、たくさんの人と出会ってきたノブナガだからわかったのだ。
ここに集った騎士たちが、騎士としての誇りを持った騎士なのだと。
この国は、まだ腐り切ってはいなかったのだと、わかったからだ。
つい笑顔になった顔を真剣なものに戻し、引き締めた声で言う。
「これよりっ、この帝都すべてが戦場だ!みなさんの指揮は全軍隊を仕切る軍将っ、ハルサーマンさんにしてもらう!これからはハルサーマンさんの指示のもと動いてもらう!!異論がある騎士はいるか!?」
なぜ口調が変わったのかはノブナガ自身もわかないが、こっちの方が指揮が高まりそうと思ったから。
ノブナガの言葉を聞くように打ち鳴らすのをやめた騎士たちは、さっきのが嘘だったように静かになる。
それを見届けたノブナガは、また言葉を紡いだ。
「敵は人外、文字通りの魔の者たちだ。“魔王”も3人いて、しかも7千もの軍勢を率いている」
ゆっくりと口が開かれ、不安な部分を静かに紡いでいく。
「でも、それだけだ。ただ強いだけだ」
そんな中、ノブナガは断言するように言い切った。
敵は『強い』しか持っていないと。
「敵には、想いがない。この世界を滅ぼす為の想いがない。必死になって滅ぼそうとする理由なんて、奴らにはない」
そう、目的を果たす為の想い。
“魔王”たちと対峙したノブナガは、自分たちが当たり前に持っていて魔族たちにはなかったものを感じ取ったのだ。
「俺たち人間族には、想いがある。顔も知らない人の為とか、ましてや世界の為に戦えなんて言わない。友人の為、恋人の為、妻や夫の為、息子や娘の為……誰だっていい。誰か大切な人を守る為に戦うも良し。生きる為、ただ気に食わない為に戦ったっていい。その理由に、重さはない」
ノブナガが紡いだ言葉は、すでに子供の言葉ではなかった。
ずっしりとした重みを感じる言葉は、人を動かす力を持っていた。
それを証明するように、騎士たちの目に闘志が宿る。
「一生に一度、奮い立つ時があるとすれば、今この時がそうだ!魂を燃やせ!想いを叫べ!その想いを胸に戦っている俺たちはっ、絶対に負けない!!この戦いーー」
我慢できなかった騎士たちが雄叫びをあげる。
自然とこみ上げてくる胸の高鳴りが、喉を通って吐き出されていくのだ。
そんな無数の雄叫びの中、ノブナガは最後に一言。
「勝つぞ」
その言葉を最後に、騎士たちの咆哮が帝都へと響き渡った。




