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奴隷からはじまる下克上冒険  作者: 明石 遼太郎
アンディエル帝国編
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86/123

元奴隷VS“剣聖” その1

「ハァァァア!!」

「ウォォォオ!!」


 雄叫びと同時に、互いの剣が激しくぶつかった。

 甲高い音が鳴り響き、一歩も引かない鍔迫り合いが始まる。


 ノブナガが力を込めて押し込むと、それを待っていたとばかりにハルサーマンが力を抜いて受け流した。

 前回戦った時のノブナガは、これに体勢を崩されて背中を斬られたのだが、今のノブナガは違う。


 受け流され、ノブナガの体勢が少し不安定になる。

 そこに、ハルサーマンが剣を振り上げ、斬りつける。

 前回はここで“金剛”を使ったが、その必要はない。


 振るわれた剣は、ノブナガが一瞬に見せた足捌きと体捌きで体勢を立て直して受け止められたからだ。

 洗練された綺麗な剣術とは言えないが、“格闘術”や“歩法術”といった数々の武術とノブナガがこれまでに経験してきた戦闘の中で培ってきたもので作り出された、戦闘に特化した合理的な剣術。

 それが、ハルサーマンの洗練された剣術を受け止めさせたのだ。


「ハアッ!」


 受け止めた剣を振り払うように振り抜くノブナガ。

 その力に逆らおうとせず、後ろへと進む力へと変えたハルサーマンは一旦ノブナガから間合いを取る。


「強くなったな、少年。レベルだけじゃなく、並々ならぬ戦いをしてきたのだとわかる一合だった」

「それはどうもっ」


 それに応えるように、ノブナガは強く地面を蹴って加速する。

 隙らしい隙は相変わらずないので、ハルサーマンの体勢を崩す方向に切り替えたのだろう。


 ノブナガの黒剣が3閃煌めく。

 それを[+身体強化]を使って、同じく3閃振るって対応するハルサーマン。

 ノブナガの剣が見えない結界に阻まれたように弾かれるが、それでもノブナガは攻めの手を緩めない。


 ノブナガが剣を振るう最中、ハルサーマンはノブナガの剣を弾かずにしゃがんで回避した。

 思わぬところで空を斬り、驚愕するノブナガだったが、合理的な剣術はすぐさま剣線に修正が入れられ、しゃがんだハルサーマンを叩き斬る。


 が、その剣はわかっていたかのようにあっさりと防がれた。

 それどころか、急な修正なせいで無駄に力が入っていた剣を受け流されてしまう。

 ノブナガの剣がハルサーマンの1つ隣の地面へと突き刺さる。

 突き刺さった剣を抜くのに一瞬はかかる。


 が、ハルサーマンにとってその一瞬で十分だ。


 しゃがんだ状態のハルサーマンの剣が鮮やかに踊る。

 [+武器強化]の魔力を纏わせ胴抜きのようにノブナガの胴を薙ぎ、流れるような動きで背後を取ったハルサーマンはその背中に剣を振るう。

 2閃3閃と煌めき、ノブナガの背中に斬り傷を刻んだ。


 かのように思われた。


「ーー斬れなかったか」


 残心を解き、振り返るハルサーマン。

 ノブナガのその背中には、先程斬ったはずの斬り傷が1つもない。

 その代わりと言わんばかりに、ノブナガの背中と胴に魔力の鎧が纏われ、さらに旅服が鋼のようにテカテカしていた。


 “亀”のスキル“鋼鉄化”。

 名前の通り、鋼鉄へと変えるスキルなのだが、生物や植物といった有機物には使う事は出来ない。

 カメ男は自身の甲羅に使っていたが、あいにくとノブナガの身体は純有機物だ。

 変えられるものがない。

 だから、仕方なく纏っている服に“鋼鉄化”をかけているのだ。

 ただし、文字通り服を鋼鉄にしているので、なんの動作も出来なくなるというデメリットがあるが。


 とりあえず、“鋼鉄化”を解除したノブナガは背後にいるハルサーマンに向かい、振り向きざまに黒剣を振るう。

 一歩後ろに下がって躱したハルサーマン。


 もう一度踏み込み、ノブナガに斬撃を浴びせようとするハルサーマンだったが、一歩踏み込んだ瞬間にハッと目を剥くと同時に大きく跳び退いた。

 直後、先ほどまでハルサーマンがいた場所に鎌鼬(かまいたち)が発生する。

 大気を斬る音が鮮明に聞こえるほどの鋭さから、これが自然現象などではない事を証明している。


「チッ、あれ避けるのかよ……」


 その現象を起こした原因はもちろん、ノブナガである。

 ゴ…………黒いあんちくしょうの“風刃”、その派生スキル[+残置刃]だ。

 纏うわけでも飛ばすわけでもなく、大気に風の刃を設置するだけ。

 設置された風刃は、そこを通ったものを斬る。

 それだけのスキルだが、その刃が不可視というのが脅威だ。

 見えないせいでどこに設置されたのかも不明であるし、存在すら知らない者にとっては完全な初見殺しになる。


(のはずなのになぁ……なんで、あれが避けられるんだよ……)


 ハルサーマンの勘の良さには、次元の違うものを感じずにはいられないノブナガ。


 一度間合いを開けたハルサーマンは一瞬の停滞を見せた後、もう一度踏み込んだ。

 きっと“魔力探知”なんかを使って、他の[+残置刃]がないか探ったのだろう。

 設置するには斬り込みを入れる為の前置きが必要なので、設置できたのはさっきの1つだけだ。


 そうとわかったハルサーマンはノブナガに容赦なく斬撃を浴びせる。


 “剣術”の[+身体強化]を発動し、喰らい付くノブナガ。

 追いつけなくなると、すぐさまスキル“先読”を使ってハルサーマンの剣戟に付いていく。


 が、ノブナガが“先読”を使ったとわかると、ハルサーマンも“先読”を発動する。

 次の手に移るノブナガの動きを先読みし、それを縫うように斬撃を浴びせてくる。

 ここまで来ると、もうノブナガは攻撃の手に移る事が出来なくなる。


「やっぱりっ、あんたら“剣聖”だなっ」

「剣で負けては“剣聖”の恥だからな」


 必死になって斬撃を防ぐノブナガはやけくそ気味に言う。

 知覚能力を爆発的に高めるスキル、“蜂”の“複眼”の派生スキル[+知刹(ちせつ)]を発動してやっと攻めの手に移れる。


 しかし、それでもノブナガの剣がハルサーマンに届く事はない。


 間合いを開けようと斬撃を躱すも、追ってきては追撃を加えてくる。


 仕方なく、“放電”を発動。

 ノブナガを中心に放たれた紫電が、ハルサーマンを引き剥がす。

 少しはダメージを期待したが、魔力の唸りからスキルを察知してすぐさま後方へ跳び去ってしまった。


 20メートルほど間合いが開ける。


 互いに見つめ合い、剣を構える。


(さすがはアリンカのお父さん。剣で勝てる気がまったくしない……これは技(スキル)のゴリ押しで行くしかないな)


「少しいいか?」


 剣を構えた大勢のまま、ハルサーマンがそう切り出してくる。

 言葉が飛んでくると思っていなかったノブナガは、少し驚きながらも視線で頷いた。


「私の娘の事だ。アリンカを助けてくれたようだね」

「あー、そのお礼ならエリーナさんに言ってください。エリーナさんに頼られなきゃ、動こうともしませんでしたから」


 突然飛んできた言葉に、ノブナガはちょっと微妙な表情になりながら言う。

 あの時は特に仲間になるとは思っていなかったので、エリーナに頼られて舞い上がった拍子で行動した節(ふし)がある。

 父親から礼を言われるほどの事をした覚えがないのだろう。


 そんなノブナガの返答に、なぜかハルサーマンの口端が釣り上った。

 急に笑われた事に、ノブナガは眉を顰める。


「ああ、いや、すまない。別に笑ったわけではないんだ。ただ、君は謙虚だと思っただけだ」

「?謙虚?」


 それはそれで意味がわからん、と首を傾げる。


「君は助けたさ。エリーナ嬢様に頼まれなくてもな」

「?」


 やはり、よくわからん、と首を傾げ続けるノブナガ。


「自覚なし、か。少年も大概自分の事がわかっていないようだな」

「いや、結構マジでなにを言っているのかわからん」

「少年は頼まれ事に弱い性格だろう?聞いてしまったらどうにかしてあげたくて堪らなくなる」


 ちょっと当て嵌まる節があったのか、ノブナガは照れくさそうな顔になる。


「もちろん、敵に対しては冷徹で容赦はないだろうが、敵意や殺意のない人からの願いには応えたいと思ってしまう。私はそう思っているんだがね?」

「いや、まだ2回しか会ってない人にそう言われても……」

「1人の女の子の願いで国一つ相手取っている時点で、そう思うのが普通だと思うがね」


 大の年上からの評価に、気恥ずかしい顔になるノブナガ。

 なんか口をもぎょもぎょさせている。


 一頻(ひとしき)りもぎょもぎょした後、わざとらしく咳払い。


「んんっ。そう思うんなら、ここを通してくれてもいいと思うんですけど……--ハルサーマンさんだって、次期王の正体に気づいているんですよね?今の王の様子が変だと気づいた時、あなたが行動しなかったわけがない。このまま好き勝手にさせておくつもりですか?」

「--私もそうしたのは山々なのだがね。が、今の私にはそれができないのだ」

「……それは人質の事ですか?」

「ああ」

「----そうですか」


 ノブナガの目が鋭くハルサーマンを射抜く。

 先ほどまでの会話の雰囲気とは打って変わり、とてつもない敵意がハルサーマンを襲う。

 ハルサーマンも気持ちを切り替え、視線を鋭くして剣を構えた。


 睨み合う中、ノブナガは“電流感知”、その派生スキル[+集中感知]を発動する。

 電流を感知する“電流感知”だが、その[+集中感知]は1人に集中して電流を感知する事ができる。

 そうする事で、大雑把にしか電流を感知できなかったのが、それまでに感じられなかった生物の微弱な電流--伝達信号(インパルス)を読み取る事ができるようになる。


 伝達信号(インパルス)とは、人が動作を起こす際に脳から発せられる微弱な電気の事だ。

 伝達信号(インパルス)を読み取るという事は、その者の行動を掌握する事ができるという事。


 筋肉の強張りから相手の先を読む“先読”よりも、さらにその原点、伝達信号(インパルス)を読む“電流感知”の[+集中感知]の方が早い。


 感知するハルサーマンの脳から全身に走る電流を感知する。


 瞬間、ハルサーマンの身体が前に弾き出された。

 が、その前には行動に移っているノブナガ。


「“錬成”!!」


 素早くしゃがんだノブナガが、地面を“錬成”して勢いよく飛び出した柱で攻撃する。


「我が剣に宿れ光!その刃は一瞬に輝く月光の剣ーー“ライト・ソード”!!」


 襲いかかってくる土柱に対し、ハルサーマンは“属性付与”を唱えた。

 光を纏わせた剣を振るい、迫り来る柱を斬り払いながらノブナガとの間合いを詰めていく。


 斬り払われながらも“錬成”し続ける中、ノブナガは詠唱する。


「精神は揺らめくっ。魂が弾ける無音の衝撃よあれ!ーー“衝魂(マインドインパクト)”!!」


 無音、不可視、実体が無い。

 精神にのみ干渉する衝撃波は、例えわかっていたとしても回避は至難を極める。

 当たってからではないと知覚できず、当たった時には意識が堕ちているという、非殺傷にはぴったりな魔法だ。


 ま、“剣聖”には躱されたが。

 もう未来を予測するスキルでもあるのではないのかと疑うように、前に進んでいた身体を右へと跳んで回避した。

 勘が鋭い、なんて言葉では片付けられないレベルである。


「重力は加重するっ。すべてはここに押し潰される!ーー“重潰(グラビウス)”!!」


 やけくそ気味に重力魔法を詠唱!

 ストーンゴーレムすらぺっちゃんこにする超重力がハルサーマンを襲う。


 でも、さすが“剣聖”!

 前に跳び出して回避!!


「空間は開かれるっ。我が虚空の前に開門する!ーー“開空(ゲトナル)”!!」


 さらにやけくそな空間魔法!

 落とし穴のようにハルサーマンの足元に、後方30メートルへ転移する膜が開かれた。


 もちろん、“剣聖”は回避するぅ!

 [+身体強化]された脚力で膜を跳び越えたぁ!!


 さすがのノブナガさんも心が折れそうである。


 が、まだ心を折るには早い。

 伝達信号(インパルス)からハルサーマンが回避する事ぐらい簡単に読めている。

 慣れる為の魔法の荒撃ちだった、もう問題はない。


 剣の間合いに入り、ハルサーマンが鋭い斬撃を放つ。

 大気が斬れる音を置き去りするほどの斬撃は、ノブナガの[+集中感知]によって筒抜けだ。

 [+知刹]の知覚能力を持ってすれば、次の動作だって手に取るようにわかる。


 連続で放たれる斬撃を簡単に防ぎ続けるノブナガ。

 さっきまで防ぐのに一杯一杯だった様子にも関わらず、自身の剣を冷静で確実に防いでいる事に眉を顰める。

 とりあえず、剣速のギアを上げるハルサーマン。


 目に見えて速まる斬撃を、ノブナガは防ぎ続ける。

 側からすれば速くなっただけのように見えるが、その鋭さや重さもさらに増していた。

 受け続けるノブナガにしかわからない事だが、そのノブナガが飄々と防いでいるのでそう見えないのだろう。


(突然少年の動きが速く……いや、私の動きを先読みしているのか。いったいどうやって……)


 防ぎ続けられているハルサーマンはノブナガを観察し、持ち前の戦闘経験から看破した。

 が、魔族のスキルであるがゆえにその理由まではわからないようだ。


 不覚にも、ハルサーマンは目の前の戦闘よりもそちらに意識を向けてしまった。

 それが一瞬だったとしても、剣士同士の戦いでは命取りになるには十分な時間だ。


 その一瞬で緩んだハルサーマンの剣。

 それを強く弾き上げ、ハルサーマンの体勢を大きく崩した。


「ハァアアッ!!」

「ッ!?くっ!!」


 無防備となったハルサーマンの胴に、ノブナガの袈裟斬りが炸裂する。

 どうにか“金剛”を纏ったものの、その衝撃は冗談のように強烈だ。

 踏ん張りを効かす事もできず、ハルサーマンは後方へと飛んで行った。


 地面に何度かバウンドしながらも、身体を捻って体勢を立て直して素早く立ち上がった。

 流れるような素早い動きは、さすがは“剣聖”というべきか。


「闇・凝固・球弾ーー“ブラック・バレット”!!」

「ーーッ!?光・散弾・撃ち抜けーー“フォトン・バレット”!!」


 顔を上げた瞬間、ノブナガが放った黒球に気がつき、ハルサーマンも光の散弾を放って迎撃する。

 互いの中間位置で魔法が衝突し合い、相殺した。

 爆発で煙が発生し、両者とも間合いを開けて睨み合った。


(ちょっとは混乱してくれるかと思ったけど、やっぱりダメか。判断と対処が早過ぎる)


 どこまで上にいるハルサーマンに、ノブナガは脱帽せざるおえないようだ。

 正攻法で勝てる、というビジョンがまるで見えない。


(ま、その為に今俺たちが動いてくれているんだけどな)


 もちろん、最初から正攻法で勝とうだなんて思っちゃいない。

 やるなら技による数の暴力が、分身体による数の暴力。

 結局数に頼らなくてはハルサーマンを倒す事は出来ない。

 だから、そのどちらでもない方法の為に、今分身体たちは動いているのだ。


「はぁぁぁーー」


 一瞬の思考を終えた後、ノブナガは現実に戻される。

 ハルサーマンを見れば、精神統一をするように深呼吸をし全身から途轍もない覇気を放ち始めた。

 目に見てない圧力が、ノブナガを襲う。


「これはあまり使いたくなかったのだが……致し方ないーー」


 そう呟かれると同時、否、その少し前にハルサーマンから動き出しの伝達信号(インパルス)を感知したノブナガ。


 そう感知した瞬間だった。


 気づいた時には、ハルサーマンがノブナガの背後に立って剣を振り抜いた構えで残心を取っていた。


「えーー」



 さらに気づいた刹那ーー


 ーーノブナガの胴体から紅い血が弾け出た。

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