未来への道
「--というのが、魔族の目的らしい」
あの後、良からぬ事を叫ぶザンを捕らえるも、時すでに遅しの状況だった。
廊下で叫んだせいで、リビングにいたらしい他の“奪還者”メンバーとここに住んでいるターサには丸聞こえ。
超特急で何事だっ!?と駆けつけて来るのも当たり前である。
その後、起きたっ、ノブナガが起きた!!となったのも当たり前である。
もうどういう感情なのかもわかない感じに騒ぎ立て、完全に落ち着くのに10分はかかった。
そこからリビングのテーブルに全員が腰を落ち着かせて、ザンの騒ぎを解決するのになんやかんやあって(主にノブナガとエリーナが恥ずかしくなってごにょごにょした)15分。
そして、吸血界でネルラから聞いた話をそのままして終わるのに5分。
これが現在の状況である。
「…………もう国を取り戻すとかの問題じゃないわね」
「すでに世界の危機だよ」
「急にスケールアップしたッス」
アリンカとザンとカレンが顔を痙攣らせながら呟いた。
ターサなんかは目と口を開いて、ずっと固まっている。
どうやら、余りの話の跳躍感に理解が追いついていないようだ。
「その“魔神”は、その日食?の時に現れるんですよね?」
「はい。ネルラの話だと、1ヶ月後に日食が来ると言ってました」
「それがこの世界のタイムリミット、って事?」
アリンカが生唾を呑みながら言った言葉に、ノブナガは静かに頷いて応えた。
この場の全員から唖然の感情が溢れ出す。
「ザン、スフィ。あのダンジョンについて……儀術式について知っているか?」
「儀術式っていう言葉は知ってるけど……詳しい事までは……」
「知ってる」
ザンは首を振り、スフィはデフォルト顔でコクリと頷いた。
「もともと、わたしたちはその為に来た」
「その為?儀術式の為ってどういう……」
「そのままの意味」
「そのままの意味って言われても……」
やはり、一言以上の言葉を話さないスフィ。
まったく意味がわからなかったので、全員が視線をザンに向けた。
視線を受けたザンはどう説明したものか悩む……否、本当に伝えるべきなのかを悩むように考え込んでいた。
予想外の反応に、全員が眉を顰める。
ザンには珍しい反応だったのも、眉を顰めた理由だろう。
なかなか話を切り出さないので、ノブナガは「まぁいい」と言って次の話に移った。
「それで、儀術式ってどういうものなんだ?」
「儀術式は龍脈を使った儀式で完成する術式」
「龍脈、って?」
「地表を流れる魔力」
「その儀式っていうのは?」
「定められた手順を踏む事」
端的に言うスフィの単語でわからないところをノブナガが突っ込み、またスフィが淡々と言う。
エリーナやアリンカはなんとか話に付いてきているが、カレンとターサなんかは首を傾げていた。
なぜかスフィの次に詳しいであろうザンも、ピンとした指で頭をグリグリしながら首を傾げていた。
様子からして、カレンたちよりも理解できていないようだ。
「その手順って、詳しくはどういうものなんだ?」
「龍脈の端々の4箇所に精霊を配置する。それだけ」
「え?それだけでいいの?」
つい声を漏らすアリンカ。
それにスフィがコクリと頷く。
「もともと、星の動きを操る事自体が儀術式にも不可能だった」
「それじゃあ、どうやって……?」
「龍脈の魔力を精霊が通力で強化する。そこに“人神”の力が加わる事で成功した」
「“人神”、万能かよ」
エリーナの声にさらっと答えたスフィの言葉に、ジト目になりながら言うノブナガ。
そんなノブナガの言葉に、全員からノブナガ以上のジト目を向けられる。
その目が「お前が言うな」と雄弁に語っていた。
すぐさま“無視”を発動し、ノブナガはすべての視線を受け流した。
「そうなると、もう一度儀術式を発動させるのは無理か」
「儀術式じゃなくても、ノブちゃんの魔法でどうにかならないの?」
「数十万キロ以上も離れている小惑星に干渉しろと?物を送り込むならまだしも、転移なんて事をするにはいくらレベルが上がっても足りない」
逆に送り込む事はできるのか、という言葉は呑み込んだ。
……もう慣れちゃったから。
ターサも、なんとなくその空気を読んで言わなかった。
「大丈夫。まだ問題ない」
「?問題ないって、何がッスか?」
「太陽と月が重なるだけじゃ、魔界に人間界への通ずる穴は開かれない」
「え、そうだっけ?」
ザンが呆けた顔で声を漏らす。
「あれ?」という言葉がピッタリの顔をしていた。
そんなザンに細くなった目を向けるノブナガ。
それに気づいたザンは、さっと視線を逸らした。
ザンが“無視”のスキルに目覚めようとする瞬間である。
「もともと、時空に穴が開く現象は魔界での儀術式」
「儀術式にそれほどの力があるのか?」
さっきスフィは、もともと儀術式に星の動きを操る力はないと言った。
同じ世界のものも操れないのに、別世界への穴なんて開ける事ができるのだろうか。
「魔界の龍脈は人間界と比べものにならない程の魔力がある」
「魔界が羨ましい」
人間界もそれぐらい龍脈の魔力が強ければ、再起動も簡単なのに。
「詳しい手順は不明」
「だから、その可能性があるものを封印した?」
「そう」
数千年前の推測をコクリと頷いて肯定するスフィ。
ここら辺は、剣として眠っていたザンにはわからないところだ。
「それじゃあ、今魔族たちは……その数千年前の事を再現しているんですか?」
「そう。人間族同士の争い、陽と月が重なる、空間の歪み」
「手順はその内の1つかもしれないし、もしかしたら全部かもしれないって事?」
「(コクリ)」
スフィがデフォルト顔で頷く。
場が重たい空気になっていく中、ノブナガだけは納得のいかないように眉を顰めていた。
それに気づいたエリーナ。
「どうかしたんですか?ノブナガさん」
「え?あ、いえ。ずっとわからない事があって……」
「わからない事?」
「ああ。なんで、そんな事を知ってるんだ?」
今の話を聞いている中……否、吸血界でネルラの話を聞いている時からずっと疑問に思っていたのだ。
なぜ、随分と前の、しかも人間界の事情を魔族たち--“魔神”が知っているのか。
人間族でも知っている人はほとんどいない、ちょっとしたお伽話ぐらいの話が残っている程度の遥か昔の事をどうして知っているのか。
「魔族が自力で世界を渡る力を持っていない。なら、その封印の事もわかるはずがない。どうやって知ったんだ?」
「……」
この疑問に、スフィは答えない。
今まで何でも答えてくれたスフィが何も言わないという事は、きっと知らないのだろう。
まるで大きな壁にぶつかったような疑問に、全員が揃って頭を捻る。
だが、いくら考えても答えは出ない。
「ま、それは置いておこう。今はこれからどうするかだ」
特に必要な疑問でもないと割り切ったノブナガは、気分を入れ替えるように声を弾ませて言う。
内容が暗めなのは変わらないが……
「タイムリミットは1ヶ月。これまでの期間をどう使うかよね」
「とりあえず、武器たちは整え直さないとだね。この前のでみんなのボロボロだしー」
「自分っ、もっとレベルを上げたいッス!!」
ザンとカレンが元気良く手を挙げて言う。
声にはしていないが、エリーナもアリンカもザンたちの言葉に力強く頷いていた。
きっと4人の魔族と“魔王”サランに追い込まれたのが悔しかったのだろう。
目が闘志でボウボウと燃えていた。
若干怖い。
その視線からさっと離したノブナガは、そう思っていたのも事実なので「そうだな」と頷いておく。
「あの、ノブナガ」
そこで、今までじっと話を聞いていたターサが口を開いた。
呼ばれたノブナガはターサの方を向く。
「大丈夫、なのよね?」
何が、とは言わなかった。
だけど、それだけでターサの言いたい事は理解した。
他のメンバーも、理解していた。
ターサと同じ想いを胸にしていたがゆえに。
ノブナガは少し考えた後に、
「まだ“魔神”と戦うのはちょっと怖いよ」
そう言った。
きっと数時間前のノブナガなら、「大丈夫」と何も心配に思わず言う事が出来ただろう。
周りの仲間たちの心配も考えず、言えただろう。
だから--
「でも、守りたいものがあるんだ。義務なんて押し付けられたものでも、大義なんて決められたものでもない。俺が心の底から守りたいと思うから、引く事が出来ないから、俺は--戦うよ。みんなで、仲間たちと一緒に」
紛れもない、ノブナガの本心。
人と言葉を交え、その想いを受け止めてきたノブナガだからこそ培われてきた、ノブナガの想い。
エリーナが嬉しそうに笑う。
ザンが楽しそうに笑う。
カレンが元気いっぱいに笑う。
アリンカが照れるように笑う。
スフィはデフォルト顔。
そんな女子陣を見たターサは、なんとも言えない気持ちになる。
息子を危険な事をさせるわけにはいかないと思う反面、それ以上の思いが息子の背中を押してあげたいと思っているだ。
苦悩はあった。
でも、すでにターサの考えは決まったいたのだ。
「うん。無茶だけはしないでね」
「わかってる。エリーナさんに殴られるのは嫌だしね」
ノブナガには珍しいお茶目な笑顔で言う。
こうして、ノブナガは打倒“魔神”(出来れば“魔王”止まりで)を掲げ、村に滞在する2週間のほとんどを部屋の中で過ごしたのだった。
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ノブナガ一行がセインズ村に帰ってきてから2週間が経過した。
ノブナガはアーティファクトの製作に勤しみ、エリーナたちはレベルアップに励んだ。
が、60までは順調に上がっていったレベルも、村周辺の魔物程度では思うように上がらなかった。
その分、アーティファクトがやたら凶力になったので問題ないだろう。
そして、今は村の出入り口。
そこには帝都へ向かう“奪還者”メンバーとターサ、それにベリンとチヨがいた。
クレハは村の人たちと農作の仕事に励んでいるので、今はいない。
「いつも見送りありがとうございます、ベリンさん、チヨさん。ロクに顔も出さずにすいません」
「突然大ケガをして帰って来た時は何事かと思えば、突然目覚めてばたばたと作業していたからな。君はいつも忙しそうだな」
「ベリンの事は気にしなくていいさ。ただノブナガと話が出来なくて拗ねてるだけさね」
「むっ、私は拗ねてなど……」
「はいはい、わかったよ。それよりほら。ポーションの餞別だよ」
「ありがとうございます」
チヨから渡された麦藁のカゴを受け取りながらお礼を言うノブナガ。
未だに恨めしそうにチヨを見ているベリンを余所に、ノブナガはターサへと視線を向ける。
互いに晴れやかな笑顔を見せる。
これから死闘に向かうとは思えない、不釣り合いな笑顔。
「いってきます」
ただ一言。
出掛ける息子が玄関まで見送りに来た母親に言うかの如く。
それに対する母親の言葉はもちろん、
「いってらっしゃい」
出掛ける息子に告げる母親のような言葉。
踵を返し、歩み出したノブナガ一行。
これから先、ノブナガたちの運命はどう転ぶのか。
それは、神すらも知らない神話の物語。




